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36. 運命だと思った
〈 暁登視点 〉
「今度は俺の話…をしてもいいだろうか」
奏音が寝てしまい、大人2人の静かな時間。
俺の一言が静寂を破る。
そして、言ってすぐに後悔した。
今日玲は、いなくなった奏音を捜してあちこち走り回っていた。既に10時を過ぎている。疲れていないわけがない。
「すまない。今日は疲れているよな。配慮が足りなかった。コーヒーを飲んだら、今夜はもう休もうか。
俺の話はもし良ければ後日…」
「…話…聞きます…」
俺の言葉を遮るように玲が言った。その視線は俺にではなく、彼が持つカップに注がれていたが。
「だ…たが……」
「話してください。俺は貴方の事を何も知らない。貴方の名前、肩書き、そして今日、貴方が両性愛者だという事を知りました。
俺は…話せる事だけでいいから、貴方の事が知りたい…」
「……………」
想う相手に『貴方の事が知りたい』と請われた今のこの感情を、どう表現したらいいのだろう?
玲は俺の方は向いていなかったけれど、俺は大きく頷き、どこから話そうか…と思いながら、改めて口を開いた。
「俺の家族…父と母、それから兄は、俺が両性愛者だという事を知っている」
俺が両親と兄に自身の性的指向をカミングアウトしたのは高校を卒業してすぐのこと。カミングアウトを決意するまでにはそれなりに葛藤があった。兄はともかく、両親の年代だと性的マイノリティは忌避されるのではないか、と…。実際に家族に性的指向を告白して絶縁されたという同類の知人もいたから、自分もそうなるかも知れない。それでもカミングアウトを選んだのは、自分を偽る事なく生きたかったから。絶縁されるかも知れない覚悟はしていた。
けれど、両親は拍子抜けするくらいあっさりと受け入れてくれた。「暁登は暁登だから」と、「貴方が貴方らしく生きられるのが一番だから」と。兄は兄で、何となく気付いていたらしい。この両親の子供で…この兄の弟で良かった…と心から思った。
肩の荷が下りた俺は、進学した大学で経営学を学びながら、いずれ父の会社を継ぐ為の準備をしていた。兄は幼い頃の夢であるパティシエになる為に、フランスへと旅立った。父は「世襲制ではないのだから暁登も自分の好きな道へ…」と言ったが、会社経営に興味があった俺は、迷わず会社を継ぐ道を選んだ。ただ、「俺は結婚はしないから、俺の後は俺の子供に譲れないけど…」と申し訳なく思いながら言った俺に、父は「構わん。お前が見極めて優秀な人材に委ねれば良い」と言ってくれた。
大学生の頃は同性の恋人がいたが在学中に別れ、卒業後は父の会社に一社員として就職して仕事中心の生活で、恋人がいた事は一度もない。ただ、欲を発散する為のセフレはいた事も包み隠さず話した。
だが、玲に出逢い、一目で恋に堕ちた後、セフレとは手を切った。名前は知っていても連絡先は知らない。また会えるとも分からない。けれど、もしもまた何処かで会えた時、想いを伝える時の為に、誠実でありたい…と思ったから。再び会えるかどうかなんて分からないのに、それでも、誠実で身綺麗な自分でいたかったから…。
そして…。
俺は玲と再会を果たした。陳腐な言い方だが、『運命』だと思った。
既婚者で子供がいるという事実に衝撃を受けた事は否定しない。シングルだと言われたが、子供がいるのなら諦めるしかないだろうと思った。俺は本能で玲が同類だと思い込んでいたが、子供がいるのなら違うのだろう。本能も当てにならないな…と思った。
玲が指摘したとおり、下心ありきで近付いたのは否定しない。出来ない。異性愛者でも、一緒に過ごす時間が2人の距離を近付けてくれるかも知れない。そんな打算的な思いがあったことも…。
けれど、そんな思いはいつしか形を変えていた。玲への想いを成就するよりも、玲と奏音と共に過ごす時間を…烏滸がましくも『家族』として過ごす時間を失くしたくない。そう思うようになっていた。
玲と想いを交わせたら…という気持ちは消えた訳ではないが、3人で過ごす時間が幸せで心地良く、そんな時間を失うくらいなら、想いは胸に秘めたまま2人の傍にいたい。傍にいる事を許してほしいと願った。
そして、上手く隠せていると思っていた。
『あの日』、玲に、
「貴方は俺の事が好きなんですか?」
と訊かれるまではーー。
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