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3. 転機
〈 玲視点 〉
高校卒業と同時に施設を出た俺は、早く自立したくて進学を選ばず就職を選んだ。奨学金制度というものがあるのは知っていたけれど、そこまでして進学したいとは思えなかった。それよりも、早く自立したかったんだ。
最初からプログラマーを目指していた訳ではなく…というか、そもそも選択肢としてすら考えておらず、就職先に選んだのは、小さな運送会社。そこで事務員として働き始めた。身寄りもなく、自力で生きていくしかない俺には、職種を選べる余裕など無かった。生活の為には働かなければならない。高卒…というよりも施設育ち…という背景を持つ俺を、雇ってもらえただけでも有り難いと思わなければいけない。それでも俺も、嫌々働いていた訳じゃない。社長も他の従業員の人達も、俺の育ちなんか気にせず優しくしてくれたから。持っていたほうが良い…と社長に言われ、働きながら教習所に通い、車の免許も取得した。教習所に入学する時に一括で払わなければならないお金は社長が立て替えてくれて、俺は毎月の給料から少しずつ返済した。
この時の俺は出世欲などは欠片もなく、このまま普通に働ける内は働くつもりだった。1人で静かに生きていけるだけの稼ぎがあれば十分だ、と19歳でそんな枯れた事を思っていた。
そんな俺に思いがけず転機が訪れたのは20歳の秋ー。
高校の時の2つ上の瀬尾佑真先輩に再会したのが切っ掛けだった。
施設出身なのを隠していなかったからか、入学当時から友人が出来ず1人でいる事が多かった俺に、ある日、声を掛けてくれたのが佑真先輩だった。共に過ごせた学校生活はたった1年だったけれど、ずっと俺の事を気に掛けてくれて…。佑真先輩は地元から離れた大学に進学したから自然と疎遠になっていたのだけれど、ばったりとたまたま帰省していた彼と、街中で再会したのである。
3年半振りの再会を喜び合い、近くの喫茶店に入って、疎遠になっていた空白の時間を埋めるように語り合った。先輩は何と、大学3年生の時に大学で出会った友人と企業し、青年実業家になっていた。半年後の卒業を機に地元に戻ってきて小さいながらも社屋を構え、本格的に経営を始めるのだと言う。
一頻り、互いの近況を語り合った後だった。何を思ったのか、先輩がいきなり俺を「今の会社に執着がないのなら、来年から俺の会社で働かないか」とスカウトしたんだ。「無理です」と速攻断った俺。先輩の会社はIT企業。先輩が俺にどんな仕事を任せようとしているのかは判らなかったけれど、今は小さな運送会社のしがない事務員でしかない俺に出来る仕事があるとは思えなかったから。
けれど、何故か先輩は諦めなかった。「玲の趣味はプログラミングだろう?」と言われ、反応に困った。確かに俺の趣味はプログラミングだ。高校で佑真先輩に誘われて入った『パソコン部』。そこで初めて触れたパソコンに魅了された。義務ではないのに毎日部室に顔を出してはパソコンを使った。部活として許される範囲でプログラミングをしたり、簡単なゲームを作ったりした。当たり前だが卒業したら学校のパソコンは使えないから、初めての給料で中古のパソコンを買った俺だ。とにかく、先輩は俺の趣味が今も変わらない…と確信してスカウトしたのだろうけれど…。仕事と趣味は違うだろうと思う。
そう思ったのに……。
トドメとばかりに先輩が言った、「一度きりの人生、挑戦してみないか」の言葉に、俺の心は揺さぶられた。「挑戦してみたい!」と思ってしまった。今の仕事に不満なんてない。誰にも迷惑を掛けず無難に生きる事ばかり考えていたけれど…。確かに一度切りの人生。好きな事を仕事に出来るなんて素敵じゃない? 必ず成功するとは限らないけれど、始める前から諦めるより、挑戦してみてもし失敗したら、その時に考えればいい、と思ってしまった。
声に出さずとも顔に出ていたのだろう。先輩は俺に向かって手を差し出した。握手を求めて。俺は先輩の顔を見据えてしっかりと頷き、俺よりも大きな手を握り返した。
翌年の4月ー。
心機一転、俺は新たな道を歩きだしたー。
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