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10. 思い掛けない場所で
〈 玲視点 〉
7月のある日ー。
週に2回の買い出し日、俺は奏音を連れて自宅から少し離れたショッピングモールに来ていた。
ちなみに買い出し日は水曜日と日曜日で、水曜日は近くのスーパーに行くけれど、自宅近くには遊具が充実した公園が無い為、日曜日は少し足を伸ばして、室内遊園地があるこのショッピングモールに来る。奏音を思いっきり遊ばせてあげられて、買い物も出来て、一石二鳥じゃない? 遊園地の側には休憩スペースがあるから、コーヒーを飲みながら奏音の遊ぶ様子を見守れるのも嬉しいポイントだ。
この日もいつもと変わらない日曜日の午後…になる筈だったのに…。
時折、俺の存在を確認するようにこっちを見て手を振る奏音に手を振り返していた時、俺は不意に声を掛けられた。
「葉月くん?」
「…え?」
声がした方を向く。そこに立っていたのは…。
「やっぱり君だったか。似ている子がいるなと思って声を掛けたんだが、人違いじゃなくて良かった」
「鹿嶋社長……」
声の主は鹿嶋暁登社長だった。
あまりに突然の登場に反射的に立ち上がろうとした俺を、鹿嶋社長が止める。
「今日はプライベートで来てるんだ。畏まらないでくれると嬉しい。同席しても良いかな?」
「あ、はい」
鹿嶋社長が俺の向かいの椅子に座る。
「まさかこんな所で会えるとは思わなかったな」
「お…ぼ…僕もです…」
こんな所…どころか、俺はもう会うつもりは無かったから、戸惑いしかない。驚き過ぎて、うっかり素で話すとこだった。
「ああ、『俺』でいい。普段はそうなんだろう? 今はプライベートだから、私も『俺』にさせてもらうよ」
俺の戸惑いを余所に、そんな事をさらりと言われた。
じゃあ、敬語を外すのは無理だけれど一人称は『俺』にさせてもらおう。
「今日は買い物?」
「あ、はい。買い出しに来たんですけど、その前にこの遊園地で子供を遊ばせてて…」
「は? こ…子供…?」
俺の言葉に被せるように鹿嶋社長…もとい鹿嶋さんが声を上げた。
「? はい。あそこの滑り台の所で遊んでる、緑の服を着た子です」
俺は指で奏音を指し示す。彼もそちらを向く。
「…君は確か26歳だったね…」
「え? はい。26ですけど、それが何か…」
「い…いや、随分大きな子供がいるな…と…。
あ、いや、失礼…」
「よく言われるので、気にしていません」
そう。本当によく言われる。俺が童顔なのもあるだろうけれど、敢えて年齢を伝えても言われる。26歳で4歳の子供がいたっておかしくないと思うけれど…。
「鹿嶋さんもお買い物ですか?」
話題を逸らす為に訊く。
「ああ。ベビーコーナーに…」
「ベビーコーナー…ですか」
「ああ。兄の所に2人目が生まれてね。その出産祝いの品を買いに。上の子の時は母に頼んだんだが、その母も脚を悪くしてしまって頼めなく…。っと、こんな話を聞かされても困るよな」
と言う鹿嶋さんのほうが困り顔をしていて、思わず笑ってしまう。
「大丈夫ですよ。あ、ベビーコーナーはすぐそこです」
今度は、休憩スペースの目と鼻の先にあるベビーコーナーを指し示す。
「あ、いや、場所はすぐ判ったんだが…。なんか、入り難くないか? 大の男が1人でベビーコーナー…」
「………。ふふ…」
彼の言葉に、俺は声を洩らして笑ってしまう。初対面の時とのギャップが何だか可愛く見えて…。あ、それこそ失礼かな。自分より歳上の男性に可愛いなんて。
「あ、ごめんなさい。でも、1人で買いに来るパパさんもいますし、男性1人で来店しても問題ないですよ?
もし良ければ、ご一緒しましょうか?」
あ……。
言ってしまってから「しまった!」と思ったけれど、遅かった。もう会わないと決めたのに…。会ってしまったのがイレギュラーだったとしても、このまま別れる事も出来たのに…。自分から関わりを持つ切っ掛けを作ってしまった…。けれど、言ってしまった言葉は取り消せない。
何より…、
「良いのか? 助かる」
と言われてしまえば、今更無かった事には出来ない。
「あ、でも、勝手に決めてしまって大丈夫だろうか。奥さんに許可を…」
「…あ……」
言われて気付いた。休日のショッピングモール、『家族』で来ていると思うのが普通だ。鹿嶋さんは俺がシングルだと知らないから。
まあ、隠す事でもないしな。
「大丈夫です。俺、シングルなので」
理由までは言わなくてもいいだろう。
「そうなのか…」
「はい。だから、気にしなくていいです。
少し待ってて下さい。息子、呼びますね」
「あ、いや、慌てなくていい。急がないから、もう少し遊ばせてやっても…」
「もう1時間は遊んでいますし、そろそろ水分補給もさせたいので…」
俺は座っていた椅子から立ち上がり、奏音を呼ぶ。
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