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第29話「冬木と通話」

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「どう少しは落ち着けた?」
「ごめん」
「だからダメって言ったじゃん」

 ベッドに寝かせると、ようやく買ってきたものをテーブルに並べられた。

「これだけあれば結構色々作れるかな」

 あとうちにあるものでなにか使えるものがあるといいんだけど。
 なにかあるかなと冷蔵庫の中を探していると、またカシュッという音が聞こえた。

「ねーなに飲んでるの」
「チェイサー」

 ならいいかな?

「ってビールじゃん!」
「なんか、美味いのないかなって思って」
「飲みなれてない人はビールをチェイサーにしちゃだめだよ、こういう時も健康とか気にしようよ」

「こっちにしなよ」と飲みかけのペットボトルを差し出す。
 まるで味を確かめているかのように水とビールを交互に飲むと、言った。

冬木ふゆき
「なに?」
「苦い」
「そういう飲み物だからね」

 甘いのとかなら口直しになるかな。
 水だけだと飽きちゃいそうだし。

「サイダーとか飲めそう?」

 コップを差し出すと、被りを振った。
 見ると手で口を押さえ、苦しそうにしている。

「またトイレ行く?」
「大丈夫、これ以上あんな姿見せたら冬木にも嫌われる」

 そんなこと絶対ないんだけどな……。

「大丈夫だよ、私はどんな達也たつやクンでも嫌わないよ」
「けど……」
「吐きたいときは吐かなきゃだめ、ほら行こう」

再度便器を抱えさせると、さっき吐いたとは思えないくらいの量が口からあふれてきた。
実は胃がホワイトホールと直結してたりするのだろうか。

「全部吐けた?」
「多分、大丈夫」
「ならまた横になってよう、起きてると負担かかるし」

 起きた時また飲まない様に全部片づけちゃわないとな。
 冷蔵庫に全部入るといいけど……。

 一通り片付けが終わって彼を見ると、いつの間にかスースーと寝息を立てた。
 疲れてたもんね。
 お疲れ様。
 悪い夢とか見ないといいな。
 そっと頭を撫でるがそんなことが気にならないくらい熟睡じゅくすいしていた。

 ふとテーブルの隅に置かれたスマホが目に入る。
 ブーっという音と共に小刻みに震え、今にも落ちそうになっていた。
 通話かな?
 誰だろう。
 悪いと思いながらも画面を見ると、あかねと表示されていた。
 あああいつか。
 トイレで見た、あの目を腫らした女が鮮明せんめいに思い出される。

「ごめんちょっと話してくるね」

 家の外まで出ると、覚悟を決めて通話を取った。

「はい」
『あれ、達也じゃない?』
「元カノさんですよね?私達也クンの友達の冬木真帆まほって言います」
『達也に変わってください』
「無理です」

 誰がこんな女の声なんか聞かせるものか。

『なら話したいからせめてLINEを読んでほしいと伝えてください』
「そんなこと言える資格があると思ってるんですか?」
『資格って、そんなの必要なわけ』
「当たり前でしょ、達也クンがどんなに傷ついたかもしれないくせに被害者ぶらないでよ! 嫌ってから振ってよ!」

 いつの間にかあふれ出る涙のせいで視界がゆがんでいた。

『ごめんなさい』
「謝るくらいならもう連絡とろうとしないで。そっとしてあげてよ……」
『ごめんなさい』

 それだけ言うと少しの沈黙ちんもくの後彼女は一方的に通話を終わりにした。

「こんな泣いてたら達也クンに会わせる顔がないな……。私のがつらくないはずなのに……」

 茫然自失ぼうぜんじしつのままふらふらと彷徨さまようと、一件のコンビニを見つけた。
 まるで誘蛾灯ゆうがとうに誘われるかのように足を踏み入れる。

「いらっしゃいませー」

 不自然に間延びした挨拶を聞きながら店内を見渡すとタバコが目に飛び込んできた。
 ああ、いいかもしれない。
 今日という日を忘れないように。
 彼への恋心を忘れないように。
 あの女への憎しみを忘れないように。

「タバコください、5番で」
「780円です」

 ライターとタバコってそんなもんなのか。

 店を出てすぐ一本くわえてみるがうまく火が着かない。
 色々と試行錯誤しこうさくごしていると、吸いながらつけるとうまく着けられた。

 あの独特の臭いが口内を焼く。
 慣れてないせいだろうか、息ができないほどの咳が何分も続く。
 ただこれはこのくらいじゃないと困る。
 これはいましめであり罰だ。
 もっとちゃんとしていれば傷つくことはなかった。
 勇気を出して告白していれば泣くこともなかった。

 部屋に戻ると相変わらず達也クンは夢の中に居た。
 よかった、まだ起きてないか。

 そういえば、この中にあの女の写真とか入ってるんだよね。
 そっと彼の指をホームボタンに合わせる。
 思ったよりあっさりと開くんだな。

 ああ、あった。
 そこには楽しそうに笑う彼とあの女が写っていた。
 なんで振ったのよ……。
 その写真を眺めていると口いっぱいに鉄の味が広がる。

 そういえばLINEを見てって言ってたっけ。
 たしかプレビューだと既読着けなくても読めたはず。
 そこには、「連絡ください」や「まだ好きです」など身勝手なメッセージが大量に残っていた。

「こんな女私の達也クンにはふさわしくない……」

 初めから私が付きあえばよかったんだ。
 ごめんね、もう見失わないようにするから。

「ここら辺のフォルダなら入れてもバレないかな」

 無料の盗聴、GPSアプリを入れると、普段見ていなそうなフォルダに隠す。
 

「冬木?」

 布団がめくれる音と共に達也クンの声が聞こえてきた。
 慌ててスマホを元の位置に戻す。

「おはよう達也クン、よく眠れた?」
「眠れたよ、ありがとう」

 よかった。
 あの死人のような顔も少しはましになってる。

「大丈夫? あの女のこと忘れられそう?」
「どうだろうね、忘れられたらいいんだけど……」

 少し困ったような笑顔になると、そう答えた。

「ねえ辛い記憶は全部私で埋めちゃおう」
「どういうこと?」
「茜のことは私が忘れさせるから、付き合ってください」

 少し悩んだ素振りを見せると、ゆっくりと口を開いた。

「ごめんね、冬木のことは友達だと思ってたんだ……。それにまだ茜のことがわすれられないから」
「わかった。恋人は無理でも友達としてなら仲良くしてくれる?」
「それは俺の方からもお願いしたいかな」
「ならこれからもよろしく」

 そっかー。
 まだあの女に未練があるんだ。
 達也クンはあの女の本性知らないもんね。
 あんな自己中女に囚われてて可哀そう。
 ケド大丈夫ダヨ。
 私ガ守ルカラ。
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