ミヤコワスレを君に

五十鈴りく

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*5*始まりの月曜日

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 そして月曜日。
 一週間の始まりだ。

 僕は毎日十五分かけて学校へ歩いていく。荷物が多い日や雨の日は車に乗せてほしいのが本音だけれど、それを母さんにしてもらうと母さんが仕事に遅れる。したがって、最初から車っていう選択肢はないに等しい。
 教師の父さんが学校まで車で送ってくれるはずもなく、僕が寝坊したら僕が遅刻するだけの話だ。だから、いつもほんわかとした母さんが、僕を起こす朝の時間だけは鬼の形相になる。

 さっさと行けと放り出され、僕は渋々学校へと向かう。潮風を感じながらアスファルトの道を歩いていると、野球部の後輩二人と隣のクラスの田所たどころに会った。白澤とは会わなかった。
 学校が嫌だと言っていたけれど、公園ではしゃいでいた笑顔から、もう大丈夫な気がした。登校拒否なんてしないと思うけれど――

 なだらかな坂道を上がり、小高い丘にある校舎を見据える。今日も退屈な一日になるのかな。
 靴を上履きに替え、僕は二階の教室へと向かった。

「おはよう、名塚くん」

 光の差し込む階段で振り返ると、中川がいた。身だしなみには気をつけているのか、ショートボブの髪はいつも内向きに綺麗に整っている。

「おはよ」

 僕は眠たさの残る顔で曖昧な笑顔を振り撒いた。それが可笑しかったのか、少し笑われた。
 教室の戸を潜ると、席は半分ほど埋まっていた。智哉ももう来ている。白澤の机は――無人だった。
 来るよね?

 この時になって急に不安になった。
 雨に打たれて座り込んでいた姿、楽しげに笑っていた姿。どっちも同じ白澤なのに、僕はどっちをわかった気になっているんだろう。

 ドキドキ、心拍数が無駄に上がって、僕は自分の机に荷物を下すとぼうっとしてしまった。こんな時、携帯があれば、『学校来るよね?』って気軽にメールの一本くらいできるのに。
 ないものを頼ったって仕方ないのに、取り留めもなく考えてしまう。

「基輝、どうした?」

 智哉の手が僕の頭に載った。僕はそれを振り払うでもなく、うん、とだけつぶやいた。

「体調悪いのか? 無理すんなよ」

 体調不良と捉えられたみたいで、智哉は心配してくれた。
 でも、そうじゃないんだ。心配事が僕をそうさせるだけで。

「そうじゃないよ。大丈夫」

 そう返しながらも、しょんぼりと席に着く僕。
 そうじゃないんだってちゃんと言ったけれど、気がかりな様子の智哉が席に戻ってからも何度か僕を振り返った。

 そんな時、始業ギリギリになって白澤がやってきた。
 金曜日に雨で濡れたブレザーを乾かすには十分な時間があった。制服が乾かないから遅れたわけじゃない。

 土砂降りの金曜日のこと、その次の日のことが嘘みたいに、白澤は隙のない様子で歩いている。誰も、おはようと声はかけなかった。今まで挨拶をして一度も返ってきたことがないからだ。
 白澤は一度だけ僕の方を真顔で見た。でも、話している時間はない。すぐに一限目が始まってしまった。

 でも、いいんだ。ちゃんと来てくれたから。
 やっと息をつけた僕の気持ちなんて、きっと白澤はちっともわかってない。
 一限目の国語も僕はうわの空で、もどかしい気持ちを抱えながら受けた。内容は少しも残っていない。

 そしてようやく授業の合間の休憩時間だ。僕は白澤の方に顔を向けた。でも、白澤はそんな僕からサッと目をそらした。
 ――なんだろう、あの反応。
 昨日は連絡先を交換しようって言ってくれたし、笑って別れたのに。なんで今日は機嫌が悪いんだろう?

 少しもわからないけど、わかることはひとつ。近づくなと。
 白澤は相変わらず、近づくなというオーラをまとっている。それは僕に対しても同じで、他のみんなと区別してはもらえていない。
 なんだろう、これ。なんでだろう。

 モヤモヤとした気分のまま、それでも確かめることができない。そうして、二限目が始まった。
 結局僕はその日、学校で白澤に声をかける隙がなかった。
 いや、隙がなかったっていうのはちょっと違うかもしれない。思いきればいつだって声はかけられた。
 でも、声をかけて迷惑そうにされると傷つく。そんなことを思ってためらった。それだけの話なんだ――


 いろんなことを考えないように、僕はひたすら部活に打ち込んだ。練習だっていうのに、高く打ち上がったボールに食らいついて走った。そうしたら、顧問の武田先生に褒められた。
 本来なら喜んでもいいところのはずが、ふと白澤にも同じようなことを言われた、なんてことを思い出して複雑だった。

 部活を終えて、帰り道にはよくわからない白澤のことを考えながらとぼとぼと歩いた。疲れて足取りは重たい。
 そうして家まであと少しの距離まで来ると、夕焼けの中、海辺で座り込んでいる人影があった。

 まただ。また、あそこにいる。
 帰りたくないとか、学校はもう嫌だとか、性懲りもなく言うんだろうか。
 僕はため息をつきながらガードレール下の階段を使い、道路から海辺へ下りる。岩場に座り込む白澤のそばへと近づいた。荷物があるからそこまで行くのにもひと苦労だ。

 海を眺めていた白澤は僕が立てた足音に振り返った。そうして、僕が来たことを認めると、どういうわけだかほっとしたように表情をゆるめた。
 それは、教室では見せない柔らかさだった。
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