ミヤコワスレを君に

五十鈴りく

文字の大きさ
22 / 26

*22*後悔しないように

しおりを挟む
 僕は時々言葉に詰まりながら白澤に兄ちゃんのことを語った。五年も経ったのに、まだ平然と話せるようにはなっていない。
 白澤は終始、相槌さえ打てずに戸惑いを浮かべていた。僕の感情を共有させるみたいで、そのことを悪いと思う反面、白澤には知っていてもらいたい気持ちになったんだ。
 白澤は写真を両手で大事そうに持ちながらぽつりと零した。

「……ぼよぼよなんて言ってごめん。大事なボールだったのに」

 あんまりにも深刻に言うから、僕の方が噴き出した。その途端、体のこわばりが一気に解れた。

「ぼよぼよって――ああ、そんなことも言ってたな」

 でも、白澤は笑わなかった。切ない目をした横顔は僕の気持ちを思い遣ってくれている。綺麗だなって少し見とれた。

「お兄さんの形見だから、あんなに必死に追いかけたんだね」

 ああ、公園で――あの時は夢中で、トラックの前に飛び出しそうになったっけ。ボールを追いかけたところで兄ちゃんが戻ってくるわけじゃないのに。
 それどころか僕までトラックに轢かれていたら、父さんや母さんをひたすら悲しませることになった。
 それでも、あの時は兄ちゃんとの思い出がボールと一緒に潰れてしまうような気がしたのかもしれない。

「うん。ずっと部屋に転がしてあったけど、白澤のおかげで久々に本来の使い方ができた」
「あたし、何も知らなかったから、名塚に無神経なことたくさん言ったよね……」
「そんなことないよ。僕もあえて今まで言わなかったんだから、いいんだ」

 知ってほしいと思ったけれど、兄ちゃんの話だけを今、白澤にしようと思ったわけじゃない。今、僕が白澤としなくちゃいけない話はこの先にあるんだ。
 気持ちを落ち着け、僕は白澤に心を込めて言葉を贈る。

「なあ、白澤。……白澤がこの先選ぶ道が東京の方にあるんだとしても、僕は白澤に会えてよかったよ。一緒に楽しい時間を過ごせてると思うから。先のことを心配して今を大事にしないのは勿体なくない?」

 白澤が潤んだ目を向ける。僕はやっぱり、そんな白澤が好きなんだ。
 ぎこちないと思うけど、それでも僕はなんとか笑おうとした。

「それから、二年先も繋がりを切らないで。会いに行くから。僕は――白澤のことが好きなんだ」

 ハッと目を見開いた白澤。肩が軽く震えた。

「僕は、兄ちゃんのことがあってから、その人と過ごせる時間はずっと続くわけじゃないって知ったから。だから、後悔しないように気持ちは伝える。一緒にいられる時間を大切にする。それだけはずっと前に決めたんだ」

 ――ただ、それは僕の言い分。
 どんな経緯があって僕がそう思ったとしても、それは白澤に押しつけられることじゃない。それはわかっているつもりだ。
 僕の気持ちは白澤にとって迷惑なのかもしれない。白澤の負担を増やして、余計に学校に行きたくない理由を作ってしまっただけなのかな。

 それでも、一度口にした言葉は取り消せない。
 白澤の返答を、心臓が潰れそうな思いで待つ。白澤は無言のまま、写真を僕にそっと返した。僕はああ、とつぶやいて写真を緩慢な仕草でカバンに仕舞う。そうしたら、白澤は風で乱れた髪を耳にかけた。その仕草がすごく女の子らしく思えた。

 心臓が痛い。もう、答えなんてなんでもいいから何か言ってほしい。
 半ば諦めかけた僕に、白澤は海を見つめたままつぶやいた。

「返事、待ってくれる?」

 その途端、ダッと何の汗なんだかよくわからない汗がいろんなところから噴き出すのを感じた。体中の筋肉が自分のものじゃないみたいに、へなりと脱力していく。

「も、もちろん。……ごめん」

 耐えられなくなって謝った僕に、白澤は髪を乱して首を振った。

「名塚は何も悪くないから。ありがとう」

 赤い顔をしてそれだけを言って、白澤は一目散に駆けていった。僕は悪くないなんて、まるで僕の心を読み取ったみたいなことを言う。

 僕は――追いかけて送っていくとはとても言えなかった。
 返事は保留。だけど、その場で断らなかったのはなんでだろう?
 謎がひとつ。その謎が唯一の希望?

 僕には、白澤の気持ちはわからない。でも、ほんの少し、希望を持ってもいいのかなって、あの赤い顔を思い出しながら思った。
 明日は土曜日。月曜日に学校で顔を合わせる。その時には返事をくれるんだろうか。
 僕は――この町の、白澤にとっての未練になれるかな?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...