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*24*支えたい
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僕たちはそれから休憩を取る。
足を投げ出して壁にもたれかかっていた僕に、有紀子さんはスポーツドリンクを差し出してくれた。そうしてそのまま、有紀子さんは僕の隣に座った。にっこりと笑っている。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
有紀子さんもスポーツドリンクを飲みつつ、ふぅとひとつ息をついた。
「今日、理沙ちゃんが一緒じゃない理由、なんとなく予測がついちゃうんだけど」
そのひと言に、僕はスポーツドリンクを噴き出しそうになった。涙を流しながらゲホゲホとむせる僕の背中を、有紀子さんは優しく摩ってくれた。
「あらら、ごめん。大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
幸い、他のみんなはチラッとこっちに目を向けただけで細かいことを突っ込んではこなかった。それぞれが和気あいあいと話し込んでいる。
そんな中、僕は早く話題を変えたくなって咳が治まると言った。
「そういえば、有紀子さんって、高校生の頃は髪の毛長かったんですね」
すると、有紀子さんは瞬きながらサラサラのショートカットに指を入れた。
「ああ、うん、そうよ。どうしたの、急に?」
「兄ちゃんの部屋に飾ってあった写真に写ってたんです。今までは兄ちゃんと陽介さんしか見てなかったから気づかなかったけど……」
「あたしは覚えてるわよ。光毅の小さな弟が観戦に来るたびに嬉しそうにはしゃいでたのを」
そう言われると、少し照れ臭いような気もする。曖昧に笑った僕に、有紀子さんは軽くうなずいてみせた。
「あの小さかった子が高校生になって、好きな子がいて、青春してるんだから、光毅も嬉しいだろうね」
そっと、有紀子さんは優しく笑う。――って、好きな子って言った?
僕、そんなにわかりやすかった?
「えっ、そ、そう……」
ひどく動揺してろくに言葉を返せない僕に、有紀子さんはさらに声を立てて笑った。
「可愛いなぁ、もう。ねえ、基輝くん、あたしの話も聞いてもらっていい? 基輝くんになら話したいなって思うから」
僕に?
大人の有紀子さんの話が、僕みたいな子供に受け止められることなのかどうかわからないけれど、本人が聞いてほしいというなら僕は聞こうと思う。
「わかりました。僕でよければどうぞ」
なるべく柔らかい表情を作りながら返すと、有紀子さんは一度目を閉じてうなずいた。それから、静かな声で穏やかな表情を浮かべながら語り出す。
「あたしね、ずっと陽介のことが好きだったの。中学の頃からずっとね」
えっ、と声を上げてしまいそうになったのを寸前で堪えた。その先をただ黙って待つ。
有紀子さんは昔を懐かしむようにして語った。
「だから、本当は体を動かす方が好きなのに、選手になれないのを承知でバスケ部のマネージャーになったわけ」
そうだったんだ?
有紀子さんは美人だし、陽介さんとはすごくお似合いだと思う。
「それ、陽介さんは知ってるんですか?」
「もちろん。しつこいくらいに言ったから」
しつこいくらいに。僕は一回言っただけでもう二度と言える気がしないのに。有紀子さんってすごくパワフルだ。
でも、陽介さんは――
「あたしは友達の一人だって。すごく押したんだけど、全然駄目。それで……そんなことをしてるうちにあの事故があって、それからは苦しそうな陽介を見てると何も言えなくなっちゃった」
有紀子さんは寂しそうにつぶやいた。
あの頃の陽介さんは本当に苦しそうで、有紀子さんが自分の気持ちを押しつけられないと感じたのも無理はなかったと思う。有紀子さんに限らず、もういない兄ちゃん以外に陽介さんを救うことはできなかったんじゃないかな。
そこで有紀子さんはふぅ、とため息をつく。
「……まだ、駄目なのかな?」
有紀子さんは僕に語りかけるというよりも、独り言のようにしてそう言った。
「いつまでも引きずるのは仕方ないってわかってる。でも、そういう陽介を支えたいと思うのも迷惑なのかな……?」
乾ききらない傷を抱えた陽介さん。その傷口が塞がるのを、有紀子さんは陽介さんのそばで待っている?
だとしたら、正直な気持ちとして僕は嬉しいと思う。あんなにも苦しむ陽介さんに救いはひとつでも多い方がいい。
僕は有紀子さんに顔を向け、首を横に振った。
「僕も陽介さんには幸せになってほしいから、有紀子さんみたいな人がそばにいてくれたらいいなって思います」
そう答えたら、その途端に有紀子さんの目が潤んだ。有紀子さんも陽介さんを見守るしかなくて、ずっとつらかったんだろう。
「ありがとう、基輝くん」
お礼を言われるようなことは何もないけど、でも有紀子さんの頑張りに陽介さんが折れてほしい。そう願いたくなった。
それからすぐ、陽介さんが体育館にやってきた。遅れてきたものの、それでも急いだんだってわかる。
「悪い、思ったより長引いて」
駆けつけた陽介さんからは僅かながらに煙草と線香の匂いがした。
「法事なんだから仕方ないわよ」
なんて、有紀子さんはさっきまでの涙を隠していつも通りに振る舞った。陽介さんはそんな有紀子さんの努力にまるで気づかない。
彼女なんていない、そういうのは似合わない。そんなことばっかり言って、有紀子さんに向き合ってあげないんだから。
「基輝も来てたんだな。理沙ちゃんは一緒じゃないのか?」
「……ないよ。うん、今日は僕だけ」
僕はぼそっとそれだけ言うと、みんなに向けて言った。
「僕、そろそろ帰ります。今日はありがとうございました!」
「ああ、一人でも二人でも、また来いよ」
匠さんがそんなことを言ってくれた。
陽介さんは、せっかく合流したばかりなのにもう帰るのかというような表情になる。僕はそんな陽介さんににっこりと笑って近づいた。
「陽介さん、僕、もう帰るから」
「うん、気をつけてな」
「ね、そこまで見送ってよ」
僕は陽介さんの手をつかんで引っ張った。小さな子供みたいな僕の言動に、陽介さんはちょっとびっくりしながらも抵抗しなかった。
有紀子さんが少し焦っていた。僕が陽介さんに何を言うのかが心配なのかもしれない。でも、ついてくることはなかった。陽介さんの拒絶が目に見えるようで、さすがの有紀子さんも怖かったのかな。
足を投げ出して壁にもたれかかっていた僕に、有紀子さんはスポーツドリンクを差し出してくれた。そうしてそのまま、有紀子さんは僕の隣に座った。にっこりと笑っている。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
有紀子さんもスポーツドリンクを飲みつつ、ふぅとひとつ息をついた。
「今日、理沙ちゃんが一緒じゃない理由、なんとなく予測がついちゃうんだけど」
そのひと言に、僕はスポーツドリンクを噴き出しそうになった。涙を流しながらゲホゲホとむせる僕の背中を、有紀子さんは優しく摩ってくれた。
「あらら、ごめん。大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
幸い、他のみんなはチラッとこっちに目を向けただけで細かいことを突っ込んではこなかった。それぞれが和気あいあいと話し込んでいる。
そんな中、僕は早く話題を変えたくなって咳が治まると言った。
「そういえば、有紀子さんって、高校生の頃は髪の毛長かったんですね」
すると、有紀子さんは瞬きながらサラサラのショートカットに指を入れた。
「ああ、うん、そうよ。どうしたの、急に?」
「兄ちゃんの部屋に飾ってあった写真に写ってたんです。今までは兄ちゃんと陽介さんしか見てなかったから気づかなかったけど……」
「あたしは覚えてるわよ。光毅の小さな弟が観戦に来るたびに嬉しそうにはしゃいでたのを」
そう言われると、少し照れ臭いような気もする。曖昧に笑った僕に、有紀子さんは軽くうなずいてみせた。
「あの小さかった子が高校生になって、好きな子がいて、青春してるんだから、光毅も嬉しいだろうね」
そっと、有紀子さんは優しく笑う。――って、好きな子って言った?
僕、そんなにわかりやすかった?
「えっ、そ、そう……」
ひどく動揺してろくに言葉を返せない僕に、有紀子さんはさらに声を立てて笑った。
「可愛いなぁ、もう。ねえ、基輝くん、あたしの話も聞いてもらっていい? 基輝くんになら話したいなって思うから」
僕に?
大人の有紀子さんの話が、僕みたいな子供に受け止められることなのかどうかわからないけれど、本人が聞いてほしいというなら僕は聞こうと思う。
「わかりました。僕でよければどうぞ」
なるべく柔らかい表情を作りながら返すと、有紀子さんは一度目を閉じてうなずいた。それから、静かな声で穏やかな表情を浮かべながら語り出す。
「あたしね、ずっと陽介のことが好きだったの。中学の頃からずっとね」
えっ、と声を上げてしまいそうになったのを寸前で堪えた。その先をただ黙って待つ。
有紀子さんは昔を懐かしむようにして語った。
「だから、本当は体を動かす方が好きなのに、選手になれないのを承知でバスケ部のマネージャーになったわけ」
そうだったんだ?
有紀子さんは美人だし、陽介さんとはすごくお似合いだと思う。
「それ、陽介さんは知ってるんですか?」
「もちろん。しつこいくらいに言ったから」
しつこいくらいに。僕は一回言っただけでもう二度と言える気がしないのに。有紀子さんってすごくパワフルだ。
でも、陽介さんは――
「あたしは友達の一人だって。すごく押したんだけど、全然駄目。それで……そんなことをしてるうちにあの事故があって、それからは苦しそうな陽介を見てると何も言えなくなっちゃった」
有紀子さんは寂しそうにつぶやいた。
あの頃の陽介さんは本当に苦しそうで、有紀子さんが自分の気持ちを押しつけられないと感じたのも無理はなかったと思う。有紀子さんに限らず、もういない兄ちゃん以外に陽介さんを救うことはできなかったんじゃないかな。
そこで有紀子さんはふぅ、とため息をつく。
「……まだ、駄目なのかな?」
有紀子さんは僕に語りかけるというよりも、独り言のようにしてそう言った。
「いつまでも引きずるのは仕方ないってわかってる。でも、そういう陽介を支えたいと思うのも迷惑なのかな……?」
乾ききらない傷を抱えた陽介さん。その傷口が塞がるのを、有紀子さんは陽介さんのそばで待っている?
だとしたら、正直な気持ちとして僕は嬉しいと思う。あんなにも苦しむ陽介さんに救いはひとつでも多い方がいい。
僕は有紀子さんに顔を向け、首を横に振った。
「僕も陽介さんには幸せになってほしいから、有紀子さんみたいな人がそばにいてくれたらいいなって思います」
そう答えたら、その途端に有紀子さんの目が潤んだ。有紀子さんも陽介さんを見守るしかなくて、ずっとつらかったんだろう。
「ありがとう、基輝くん」
お礼を言われるようなことは何もないけど、でも有紀子さんの頑張りに陽介さんが折れてほしい。そう願いたくなった。
それからすぐ、陽介さんが体育館にやってきた。遅れてきたものの、それでも急いだんだってわかる。
「悪い、思ったより長引いて」
駆けつけた陽介さんからは僅かながらに煙草と線香の匂いがした。
「法事なんだから仕方ないわよ」
なんて、有紀子さんはさっきまでの涙を隠していつも通りに振る舞った。陽介さんはそんな有紀子さんの努力にまるで気づかない。
彼女なんていない、そういうのは似合わない。そんなことばっかり言って、有紀子さんに向き合ってあげないんだから。
「基輝も来てたんだな。理沙ちゃんは一緒じゃないのか?」
「……ないよ。うん、今日は僕だけ」
僕はぼそっとそれだけ言うと、みんなに向けて言った。
「僕、そろそろ帰ります。今日はありがとうございました!」
「ああ、一人でも二人でも、また来いよ」
匠さんがそんなことを言ってくれた。
陽介さんは、せっかく合流したばかりなのにもう帰るのかというような表情になる。僕はそんな陽介さんににっこりと笑って近づいた。
「陽介さん、僕、もう帰るから」
「うん、気をつけてな」
「ね、そこまで見送ってよ」
僕は陽介さんの手をつかんで引っ張った。小さな子供みたいな僕の言動に、陽介さんはちょっとびっくりしながらも抵抗しなかった。
有紀子さんが少し焦っていた。僕が陽介さんに何を言うのかが心配なのかもしれない。でも、ついてくることはなかった。陽介さんの拒絶が目に見えるようで、さすがの有紀子さんも怖かったのかな。
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