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五十鈴りく

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4◆美猫のサンゴ

◆4

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 そうして、サンゴはハルナさんのところで成長していった。
 ハルナさんは仕事に行かなくてはいけないから、独りの時間は長かったけれど、なるべくそういう時間に昼寝をして、ハルナさんが帰ってきたら飛び跳ねて玄関まで迎えに行ったそうだ。

 留守の間も、ハルナさんは暑い日や寒い日にサンゴがバテてしまわないように気を配ってあれこれと対策を練ってくれていたってさ。決して閉じ込めてほったらかしというのではなかった。いつだってサンゴのことを一番に考えて大事にしてくれているのがわかった。

 家にいる時、サンゴとハルナさんは常にべったりくっついていた。体のどこか一部がくっついていると安心だった。心地よかったって。

 サンゴにとって、ハルナさんは世界のすべて。
 大好きな大好きなヒトだったそうだ。

 そんなに好きなハルナさんのところに帰りたくないって、どういう――ああ、ごめん。話を急かしたね。順を追って話さないとね。それで?


 ハルナさんは、仕事から帰ってくると、サンゴを相手にいろんな話をしたらしい。
 今日はこんなことがあったとか、誰それがこんなことを言っていて面白かったとか。時にはしょんぼりとしながら、失敗して怒られた、なんて言っている日もある。

 その言葉から具体的なことはまったくわからないサンゴだったけど、それでもハルナさんに頭を擦りつけて一生懸命慰めたんだって。ハルナさんも、そうしているとしまいには笑顔になってくれていたそうだ。

 お互いが、お互いを必要としていた。いつだってそれを強く感じていたって。
 サンゴはハルナさんの一方的な話を聞くのが好きだった。ハルナさんの声は柔らかくて優しい。

「ねえ、今日、北見きたみ先輩と喋れたんだけど、今までで多分最長だと思う! 三分は喋った!」

 なんてことを言いながら、ハルナさんはサンゴをギュウッと抱き締めて頬ずりした。よくわからないけれど、ハルナさんが『北見先輩』とやらの話をする時は決まってこうなるのだそうだ。

 北見先輩は、ハルナさんが不慣れだった頃、さりげなくフォローしてくれたことがあったそうだ。ただ、北見先輩はそんなこと、まるで覚えていないのだという。きっと誰にでも優しくしているからいちいち覚えていないんだと思うとのこと。
 そんなことを言いながらも、時折しょんぼりつぶやく。

「先輩、あたしに興味がないだけかなぁ」

 先輩、先輩。
 一日に何回この名前を聞いただろう。

 それくらい、ハルナさんはこのヒトのことを口に出していたって。



 それからしばらくして、ハルナさんが先輩、と口にする回数はもっともっと増えたんだそうだ。

「あのね、サンゴ、聞いて!」

 目をキラキラと輝かせ、頬をほんのりと染めてハルナさんは言った。

 にゃあ。
 なぁに? 嬉しそうね。

 ハルナさんが嬉しそうにしていたら、もちろんサンゴも嬉しかった。だから、微笑ましい気持ちでハルナさんの話を待ったって。
 いつもみたいにギュウッと抱き締めて、サンゴを揺さぶりながらハルナさんは喜びのわけを語った。

「今日も話す機会があったし、周りに誰もいなかったから、思いきって昔のことを話してみたの。新入社員の時、助けてもらって嬉しかったって。そしたらね、先輩、覚えていてくれたの! きっと忘れてると思ったのに、覚えていてくれて、あの時、あたしが一生懸命だったのがわかったからフォローしなくちゃと思ったって言ってくれたの!」

 興奮のあまり早口でまくし立てるから、サンゴはちんぷんかんぷんだった。
 ただわかるのは、ハルナさんがとても嬉しいんだってこと。それから、その先輩のことが好きなんだってこと。

 この時に感じた『好き』を、サンゴは深く考えていなかった。サンゴ自身がよくわからない感情だったからだ。
 でも、その『好き』はサンゴが思う以上に強いものだった。


 毎日、先輩の話が出る。
 その日は仕事に行かない日だったはずなのに、先輩の話になる。ハルナさんは、大事なスマホなるものを耳に当て、それでサンゴを膝に載せて撫でながら喋り続ける。それは明らかにサンゴではない誰かに向けて喋っていた。

 なんだか、寂しくなった。
 ハルナさんはここにいるのに、サンゴ以外にも気を取られていたから。

 そうは言っても、ハルナさんはスマホを置くと、それからサンゴに向き直って構ってくれたから、そんな小さな不満はただの贅沢だって思ったそうだ。
 それくらいはいいんだって、軽く流すことにしていた。


 そんなある日、ハルナさんとサンゴの部屋に人間の男がやってきたのだそうだ。この家に人が来るのは、ほとんどが若い女のヒトだった。男のヒトが来たのは初めてで、サンゴはびっくりして大きなクッションの陰に隠れたのだそうだ。
 けれど、ハルナさんは逃げたサンゴを引っ張り出し、落ち着けるように撫でてから男のヒトに言った。

「先輩、この子がうちのサンゴです!」

 先輩。
 このヒトがか――

 とても大きなヒトだった。頭をどこかにぶつけてしまうんじゃないかと思うくらい大きい。ただし、顔つきは大人しそうに見えた。ふと笑顔を見せる。

「そっか、ハルナご自慢のサンゴちゃん。本当だ、真っ白で綺麗だね」

 サンゴを綺麗だと先輩は褒めてくれた。でも、なんだか嬉しくなかったそうだ。
 それなのに、ハルナさんは飛び上らんばかりにはしゃいでいたって。

「そうなんです、うちのサンゴはとびっきりの美猫なんです! ああ、先輩に会わせたくって仕方なかったのがやっと会わせられました!」

 なんて、目を潤ませて言う。
 その時のハルナさんは周りが見えていなかったって?
 サンゴにはわかったんだそうだ。先輩はサンゴを警戒しているって。

「お茶をいれますから、座っててくださいね」

 上機嫌のハルナさん。でも、背中を向けたハルナさんが知らないだけで、座った先輩の膝に下されたサンゴは、先輩が身動き取れずに固まってしまっているのがよくわかったそうだ。とても撫でたり抱き上げたりなんてできない。
 当然、サンゴも先輩のゴツゴツした膝の上なんて気持ちよくなかったのでサッと下りた。

 振り向いたハルナさんは、先輩とサンゴとの距離を不審に思わなかったらしい。
 ハルナはちょっと鈍いところがあるって? あはは、可愛いけどね。

 それから、ハルナさんと先輩はお喋りを続けていたそうだ。それをサンゴは少し離れてじっと見ていたって。先輩は喋りながらも多分、サンゴのことを気にしていた。

 戦ったら勝てそうもない相手だ。喧嘩を売ろうとは思わない。
 ふと、先輩の大きな手を見遣ると、何故だか少しところどころが赤くなっているような気がした。さっきはあんなじゃなかったって。
 ――アレルギーかな、もしかして。

 先輩はしばらくすると帰っていった。ただ、去り際にハルナさんにとても優しい笑顔を向けていたそうだ。
 先輩はサンゴのことが苦手。それはすぐにわかった。でも、ハルナさんのことは大好きで、大事なんだって思えたって。

 サンゴのことは撫でなかったけれど、ハルナさんの頭を撫でて、そうして帰ったって。


「ねえ、サンゴ。サンゴは先輩のことどう思った? 背が高いからびっくりしてたよね。でも、優しい人だったでしょ?」

 どこまでも嬉しそうで、幸せいっぱいのハルナさん。
 サンゴはとても否定的なことは言えなかったそうだ。

 にゃあ。
 うん、優しそうだったねって、言ってあげた。
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