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5◆子猫のモカ
◆6
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その晩、僕は布団を敷いた。
いつも、チキは僕の布団にもぐって寝る。トラさんとハチさんはそれぞれ、布団と僕を下敷きにして寝る。
とはいっても、最初だけでひと晩ずっとじゃないけど。
でも、その日はちょっと違ったんだ。
チキも布団の外にいて、三匹がモカを囲むようにして寝た。モカは常に誰かにくっついていて、それでも案外すやすやと眠っていた。寝顔は穏やかだな。
なんて油断していると、時々起き出して僕の顔を踏みに来るんだけど。
なんだかんだ言いつつ、そんな日が続いた。
三日ほど経ってみると――
チキのフサフサの毛に、まるでクライミングをするかのようにモカが爪を引っかけて登っている。チキは毛足が長いから痛くはないみたいだけど、されるがままだ。チキの背中に上ると、モカは寝そべって、まるでフカフカのベッドにいるみたいな気分なんだろうか。
チキ、頑張れ……
尻尾が色々と物語ってる。
でもまあ、子猫だから遊び疲れるとすぐに寝ちゃう。
チキの背中から転がり落ちた後は、チキのおなかの辺りで昼寝をしていた。僕はそんな様子を眺めつつ皆に小声で訊ねる。
「ねえ、モカの様子をどう思う?」
ちょっとずつだけど慣れてきたとは思う。でも、人見知りの激しい子だから、猫カフェはストレスになるかもしれない。そんな心配もある。
すると、ハチさんがにゃあと言った。
ある日、いきなり姉ちゃんがいなくなったって言っていたって?
それから、と続ける。
次の日には兄ちゃんが。妹が。
いきなり、フッといなくなった。皆、人間にもらわれていった。本当にいきなりで、どんなに呼んでももう会えなくて、とても悲しかったって。
……たくさんは飼えない。それは人間の都合で、引き離される猫たちが納得してのことじゃない。
仲のいい兄妹たちと引き離されて、モカは寂しくて悲しくて、怒りが込み上げてきたんだ。
その鬱憤をぶつけるべきところが探せない。幼さも手伝って、上手く言えずにただ腹立たしくてイライラしてしまっていたようだ。
「そうだね、僕だってある日いきなり家族が減ったらびっくりするし、悲しい。当たり前のことなんだけど、僕らは人間だから、そんな猫の気持ちには気づいてやれなかったのかも……」
そのことを今さらながらに反省する。
当のモカはというと、よく寝ている。ひっくり返っておなか丸出し。少なくとも、ここに敵はいないってわかってくれたのかなぁ。
モカは、目に見えて毛を逆立てることがなくなった。
やんちゃなのは相変わらずだけど、いけないことをしたらトラさんやハチさんがまず叱ってくれる。しょんぼりしたらチキが慰める。ナイスコンビネーション。
皆の協力もあって、モカは猫社会というものを学び始めたんだろう。
それでも、最初に比べると伸び伸びとしているように見えたんだ。
僕は約束の一週間後の前日、土曜日の夜に皆の前でモカに訊ねた。
「モカ、明日は君の生まれた家に連れていく日だ。お母さんや飼い主の佐田さんにまた会えるよ。それで、しばらく過ごしてみて、僕やここの皆とやっていけそうだと思ったらここに残ってほしいし、どうしても帰りたいと思えばそれも仕方がない。引き留めたりしないよ。明日にはどちらかを選んでくれ。モカの選択を僕は尊重したいと思うんだ」
モカは、踏んずけていたチキの尻尾から小さな手をどけた。その手をペロペロと舐め、そうしてそのまま固まってしまった。
悩んでいる。
僕はそれを見て嬉しかった。だって、最初の頃なら悩みもせずに、帰りたいに決まってるじゃない! 当たり前でしょ! って言ったと思う。悩むだけ進歩なんだ。
にゃっ……
モカ、あのね……って口を開きかけたチキを、ハチさんが黙らせた。
チキ、これはモカが選ぶことだ。我々が口を挟んではいけない。自分で選ばなければ後で後悔してしまうからな――なんて言った。
まあね、すべて自分で選んで生きてきた元野良のハチさんだからこそかな。
チキは何も言えず、グッとこらえて畳に目を向けた。トラさんはというと、何も言わない。目を閉じて尻尾だけをゆらゆらと動かしている。
モカはにゃぁ、とらしくないくらい小さく鳴いた。
あたしは……あたしは……
耳が情けないくらいに下がる。僕はそんなモカに言った。
「明日、佐田さんの家に着くギリギリまでは答えが出せなくてもいい。今晩ゆっくり考えてから答えを出してくれればそれでいいんだ」
僕はモカの狭い額を撫でた。
せっかく早瀬さんがモカって名前をつけてくれたけれど、もし佐田さんの家に帰るのなら、その名前もなかったことになるのかも。他の飼い主が現れたら新しい名前をつけるだろうし。そうしたら、モカはモカじゃなくなる。
それはちょっと寂しいな。
モカの幸せが一番だって思うから、どんな答えも受け入れるつもりではあるけど。
いつも、チキは僕の布団にもぐって寝る。トラさんとハチさんはそれぞれ、布団と僕を下敷きにして寝る。
とはいっても、最初だけでひと晩ずっとじゃないけど。
でも、その日はちょっと違ったんだ。
チキも布団の外にいて、三匹がモカを囲むようにして寝た。モカは常に誰かにくっついていて、それでも案外すやすやと眠っていた。寝顔は穏やかだな。
なんて油断していると、時々起き出して僕の顔を踏みに来るんだけど。
なんだかんだ言いつつ、そんな日が続いた。
三日ほど経ってみると――
チキのフサフサの毛に、まるでクライミングをするかのようにモカが爪を引っかけて登っている。チキは毛足が長いから痛くはないみたいだけど、されるがままだ。チキの背中に上ると、モカは寝そべって、まるでフカフカのベッドにいるみたいな気分なんだろうか。
チキ、頑張れ……
尻尾が色々と物語ってる。
でもまあ、子猫だから遊び疲れるとすぐに寝ちゃう。
チキの背中から転がり落ちた後は、チキのおなかの辺りで昼寝をしていた。僕はそんな様子を眺めつつ皆に小声で訊ねる。
「ねえ、モカの様子をどう思う?」
ちょっとずつだけど慣れてきたとは思う。でも、人見知りの激しい子だから、猫カフェはストレスになるかもしれない。そんな心配もある。
すると、ハチさんがにゃあと言った。
ある日、いきなり姉ちゃんがいなくなったって言っていたって?
それから、と続ける。
次の日には兄ちゃんが。妹が。
いきなり、フッといなくなった。皆、人間にもらわれていった。本当にいきなりで、どんなに呼んでももう会えなくて、とても悲しかったって。
……たくさんは飼えない。それは人間の都合で、引き離される猫たちが納得してのことじゃない。
仲のいい兄妹たちと引き離されて、モカは寂しくて悲しくて、怒りが込み上げてきたんだ。
その鬱憤をぶつけるべきところが探せない。幼さも手伝って、上手く言えずにただ腹立たしくてイライラしてしまっていたようだ。
「そうだね、僕だってある日いきなり家族が減ったらびっくりするし、悲しい。当たり前のことなんだけど、僕らは人間だから、そんな猫の気持ちには気づいてやれなかったのかも……」
そのことを今さらながらに反省する。
当のモカはというと、よく寝ている。ひっくり返っておなか丸出し。少なくとも、ここに敵はいないってわかってくれたのかなぁ。
モカは、目に見えて毛を逆立てることがなくなった。
やんちゃなのは相変わらずだけど、いけないことをしたらトラさんやハチさんがまず叱ってくれる。しょんぼりしたらチキが慰める。ナイスコンビネーション。
皆の協力もあって、モカは猫社会というものを学び始めたんだろう。
それでも、最初に比べると伸び伸びとしているように見えたんだ。
僕は約束の一週間後の前日、土曜日の夜に皆の前でモカに訊ねた。
「モカ、明日は君の生まれた家に連れていく日だ。お母さんや飼い主の佐田さんにまた会えるよ。それで、しばらく過ごしてみて、僕やここの皆とやっていけそうだと思ったらここに残ってほしいし、どうしても帰りたいと思えばそれも仕方がない。引き留めたりしないよ。明日にはどちらかを選んでくれ。モカの選択を僕は尊重したいと思うんだ」
モカは、踏んずけていたチキの尻尾から小さな手をどけた。その手をペロペロと舐め、そうしてそのまま固まってしまった。
悩んでいる。
僕はそれを見て嬉しかった。だって、最初の頃なら悩みもせずに、帰りたいに決まってるじゃない! 当たり前でしょ! って言ったと思う。悩むだけ進歩なんだ。
にゃっ……
モカ、あのね……って口を開きかけたチキを、ハチさんが黙らせた。
チキ、これはモカが選ぶことだ。我々が口を挟んではいけない。自分で選ばなければ後で後悔してしまうからな――なんて言った。
まあね、すべて自分で選んで生きてきた元野良のハチさんだからこそかな。
チキは何も言えず、グッとこらえて畳に目を向けた。トラさんはというと、何も言わない。目を閉じて尻尾だけをゆらゆらと動かしている。
モカはにゃぁ、とらしくないくらい小さく鳴いた。
あたしは……あたしは……
耳が情けないくらいに下がる。僕はそんなモカに言った。
「明日、佐田さんの家に着くギリギリまでは答えが出せなくてもいい。今晩ゆっくり考えてから答えを出してくれればそれでいいんだ」
僕はモカの狭い額を撫でた。
せっかく早瀬さんがモカって名前をつけてくれたけれど、もし佐田さんの家に帰るのなら、その名前もなかったことになるのかも。他の飼い主が現れたら新しい名前をつけるだろうし。そうしたら、モカはモカじゃなくなる。
それはちょっと寂しいな。
モカの幸せが一番だって思うから、どんな答えも受け入れるつもりではあるけど。
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