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第一章
第二話【夢みたいな話】
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文久三年、冬。
江戸に座する剣術道場・試衛館に、耳寄りな情報が入った。
「『浪士組』?」
道場主が厳しい顔を一層寄せて、呆けた返答をした。
それに対して門徒の一人が紙切れを押し付ける。
「近々将軍様が上洛遊ばれるんだってよ。それの護衛を募ってるんだとさ」
「にしてもまた、何故浪士を……」
「幕府は人手不足だと聞いておりますが」また一人、今度は別の門徒が口を開いた。
「十年前のメリケン来航から、日ノ本は大きく変化致しましたからね。異国との外交問題、不満を募らせる各藩への対応に追われているのでしょう」
「そうそう! んでもって俺達の出番なんだってよ、近藤さん!」
「何が『んでもって』だ。話が読めん」
近藤、と呼ばれた道場主は呆れたように溜息を吐いた。そうして、傍らに居ず待っている馴染みに声をかける。
「歳はどう思う?」
「……良い機会じゃねぇか」
「歳」と呼ばれた男が片頬だけを上げてニヤリと笑った。
「お前らだって散々嘆いてたろうが、剣の使い道がねぇって。俺ァ絶好の機会だと思うがな」
「お、わかってるねぇ土方さん! 俺もいつかこの腕を何かに役立てたいって思ってたんだ! 将軍様の護衛のためにこの剣が使えるなんて夢見てぇな……まるで『武士』みてぇな話じゃねぇか!」
武士、という単語を耳にして、初めて道場主は大きく目を見開いた。
そして何かを決意したように、真っ直ぐ眼前を見据える。
「皆、聞いてくれ──」
◆◇◇
「ちょっとちょっとちょっとみんな! 聞いてない聞いてないっ!」
ドタバタと廊下を走る音が響く。
あどけない少年の面影を残したまま背丈だけは成長した青年が息急き切らしながら土方の前に現れた。腰には木刀を携えている。
「上洛?! なんで?! 例の浪士組に参加するの? なら勿論私も行っていいですよね、だってもう天然理心流を免許皆伝して、剣だって誰にも負けない──」
「駄目だ」
早口でまくし立てる青年に向かって、土方がきっぱりと言った。
「な、なんで!」
「子供の遊びじゃねぇんだから連れて行けるわけねぇだろ。それに、お前は試衛館の塾頭だ。いずれ道場を継いでもらわなきゃならん。……道場を畳むわけにはいかねぇだろ」
「で、でも!」
「でもだかなんでだか知らねぇが駄目なもんは駄目だ」
そうやって駄々をこねる自身の師匠を、蒼次郎は黙って見ていたのだった。
何やら今朝から騒々しいとは思っていたが、聞く限り事態はかなりの危険性を持っている。少なくとも、蒼次郎はそう思った。
道場を畳むとか継ぐとか、上洛するとか置いていくとか、何やら大きな事が動いているらしい。
「なんで皆、私を置いていくんですか! 酷い!」
「ああもううるせぇな! 何遍も言ってんだろうが! 浪士組は子供の遊びじゃねぇんだ! それにお前は近藤さんを継いで試衛館を守ってもらわなきゃなんねぇ、わかったか!」
「私は子供じゃない!!」
心の底からの、師匠の叫びだった。
「総司……」
「私が今まで何のために稽古していたのか知りもしないで! 土方さんは本当に酷い人だ!」
「んだとてめぇ!」
「……なんだなんだ、喧嘩か?」
隣部屋で暇を持て余していた食客の原田が見世物見物にやってきた。
いつもの飄々とした調子で宥める原田を他所に、青年は見たこともない剣幕で踵を返す。
「お、おい総司!」
「放っておけ」
土方も呆れたように溜息を吐いた。
◆◇◇
「師匠」
庭先の縁側で蹲る師匠を──沖田総司を見つけて、蒼次郎は迷うことなく呼び掛けた。
「……『師匠』っていうのはやめなよ。むずかゆいな」
「良いんです、私に稽古をつけてくれるのは師匠じゃないですか」
そうしてなんの躊躇もなく、沖田の隣に腰掛けた。
「師匠、ひとつ訊いていいですか」
「……なに」
「師匠はどうして剣の道を選ぶんですか」
それは純粋な疑問だった。
「……私は」沖田が呟く。「私は、皆と共に生きたいんだ」
「小さい頃に近藤さんに拾われて、剣を教えてもらって、気づいたら大切な人が増えてたんだ。守りたいって思うのは当然でしょう?」
皆と一緒にいなきゃ守れないじゃないか。沖田は後半、投げやりに言い捨てた。
師匠らしいですね。
そう言おうとしたけれど、その言葉は第三者の言葉によってかき消されてしまったのだった。
「総司! 道場破りがきた!」
江戸に座する剣術道場・試衛館に、耳寄りな情報が入った。
「『浪士組』?」
道場主が厳しい顔を一層寄せて、呆けた返答をした。
それに対して門徒の一人が紙切れを押し付ける。
「近々将軍様が上洛遊ばれるんだってよ。それの護衛を募ってるんだとさ」
「にしてもまた、何故浪士を……」
「幕府は人手不足だと聞いておりますが」また一人、今度は別の門徒が口を開いた。
「十年前のメリケン来航から、日ノ本は大きく変化致しましたからね。異国との外交問題、不満を募らせる各藩への対応に追われているのでしょう」
「そうそう! んでもって俺達の出番なんだってよ、近藤さん!」
「何が『んでもって』だ。話が読めん」
近藤、と呼ばれた道場主は呆れたように溜息を吐いた。そうして、傍らに居ず待っている馴染みに声をかける。
「歳はどう思う?」
「……良い機会じゃねぇか」
「歳」と呼ばれた男が片頬だけを上げてニヤリと笑った。
「お前らだって散々嘆いてたろうが、剣の使い道がねぇって。俺ァ絶好の機会だと思うがな」
「お、わかってるねぇ土方さん! 俺もいつかこの腕を何かに役立てたいって思ってたんだ! 将軍様の護衛のためにこの剣が使えるなんて夢見てぇな……まるで『武士』みてぇな話じゃねぇか!」
武士、という単語を耳にして、初めて道場主は大きく目を見開いた。
そして何かを決意したように、真っ直ぐ眼前を見据える。
「皆、聞いてくれ──」
◆◇◇
「ちょっとちょっとちょっとみんな! 聞いてない聞いてないっ!」
ドタバタと廊下を走る音が響く。
あどけない少年の面影を残したまま背丈だけは成長した青年が息急き切らしながら土方の前に現れた。腰には木刀を携えている。
「上洛?! なんで?! 例の浪士組に参加するの? なら勿論私も行っていいですよね、だってもう天然理心流を免許皆伝して、剣だって誰にも負けない──」
「駄目だ」
早口でまくし立てる青年に向かって、土方がきっぱりと言った。
「な、なんで!」
「子供の遊びじゃねぇんだから連れて行けるわけねぇだろ。それに、お前は試衛館の塾頭だ。いずれ道場を継いでもらわなきゃならん。……道場を畳むわけにはいかねぇだろ」
「で、でも!」
「でもだかなんでだか知らねぇが駄目なもんは駄目だ」
そうやって駄々をこねる自身の師匠を、蒼次郎は黙って見ていたのだった。
何やら今朝から騒々しいとは思っていたが、聞く限り事態はかなりの危険性を持っている。少なくとも、蒼次郎はそう思った。
道場を畳むとか継ぐとか、上洛するとか置いていくとか、何やら大きな事が動いているらしい。
「なんで皆、私を置いていくんですか! 酷い!」
「ああもううるせぇな! 何遍も言ってんだろうが! 浪士組は子供の遊びじゃねぇんだ! それにお前は近藤さんを継いで試衛館を守ってもらわなきゃなんねぇ、わかったか!」
「私は子供じゃない!!」
心の底からの、師匠の叫びだった。
「総司……」
「私が今まで何のために稽古していたのか知りもしないで! 土方さんは本当に酷い人だ!」
「んだとてめぇ!」
「……なんだなんだ、喧嘩か?」
隣部屋で暇を持て余していた食客の原田が見世物見物にやってきた。
いつもの飄々とした調子で宥める原田を他所に、青年は見たこともない剣幕で踵を返す。
「お、おい総司!」
「放っておけ」
土方も呆れたように溜息を吐いた。
◆◇◇
「師匠」
庭先の縁側で蹲る師匠を──沖田総司を見つけて、蒼次郎は迷うことなく呼び掛けた。
「……『師匠』っていうのはやめなよ。むずかゆいな」
「良いんです、私に稽古をつけてくれるのは師匠じゃないですか」
そうしてなんの躊躇もなく、沖田の隣に腰掛けた。
「師匠、ひとつ訊いていいですか」
「……なに」
「師匠はどうして剣の道を選ぶんですか」
それは純粋な疑問だった。
「……私は」沖田が呟く。「私は、皆と共に生きたいんだ」
「小さい頃に近藤さんに拾われて、剣を教えてもらって、気づいたら大切な人が増えてたんだ。守りたいって思うのは当然でしょう?」
皆と一緒にいなきゃ守れないじゃないか。沖田は後半、投げやりに言い捨てた。
師匠らしいですね。
そう言おうとしたけれど、その言葉は第三者の言葉によってかき消されてしまったのだった。
「総司! 道場破りがきた!」
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