短編集

喜岡 せん

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ペンギン急便の四荷さん

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「貴方、殺したい相手がいますね?」

 私宛の荷物を抱えた宅急便のお兄さんがニヤリと笑った。
 は? と素っ頓狂な返事をすると、お兄さんは肩で笑ってポケットから名刺を取り出した。

 ペンギン急便。配達員。四荷しに京介。

 一体何をと首を傾げていると、「裏です、裏」と名刺をつつかれた。言われたとおりに返す。
 裏にも表と同じ文面が印刷されていた。ただ一か所、端の方に奇妙なコメントが書かれているだけで。

「実は僕、配達は副業なんですよね。本業はこっち、『殺人代行』。配達の仕事をしながらお客さんを見つけているんです。丁度、あなたみたいな」

 不要だったら捨ててください、と四荷は配達物のサインを受け取った。
 はぁ、と気の無い返事をすると四荷は何事も無かったかのように家の玄関を後にした。


 殺したい相手、と聞いて本当はどきりとしたのだ。

「どうせお前ら暇なんだろう」

 平然と言った課長の一言に部屋全体が静まり返る。 

「先々月からずっと土日が休みだ、それがどういう意味か解ってるのか?」

 わかりません、と心中で吐き捨てる。
 時間に追われながら朝早くから夜遅くまで仕事をして、ようやく来たたった二日の休みのはずだ。読みたい本はたくさんあるし、行きたい場所だってある、溜めた一週間分の家事だって片付けなければならない。

「俺は社外の人間と休みの日でも飲みに行ったりして情報を仕入れているんだ、お前らは俺と違って二日も休みがあるんだから家に持って帰って片付けたり勉強したりするべきだ。……いいか、此処に他企業の会社案内がある。全部で三十近くあるわけだが、今週中に全ての資料に目を通して所感を提出しろ。それとは別に朝会でもプレゼンをしてもらうからな。やる気がないやつはこの会社にいる価値はない」

 やる気がないので弊社辞めても良いですか、と思わず出掛かった言葉を寸でのところで押しとどめた。いくら何でも横暴だと入社二年目の私でも戸惑いを隠せないのに、先輩方は至って平然としている。
 それから課長直々に呼び出されたのは退社前十五分だった。

「犬飼くん、きみ、最近どうだね」

「はぁ」一番返答に困る問いに一瞬悩むふりをして、にっこり笑って言う。「覚えることが多くて大変です」

「そうか、しかしそうやって成長に繋がっていくんだよ。インプットしなければアウトプットはできない。経験を積んで自分の引き出しを増やすことが重要だ」

 課長も気持ち悪いくらい不自然な笑顔を浮かべた。そうして、至って私の為だとでも言うふうにこうも続けた。

「きみひとりで出来る仕事が増えればきみは何でも出来るようになるし会社も人件費削減になる。これから必要としているのは一人三役四役五役の人材だ。楽しみにしているよ」

 課長はそう言うと私の言葉も待たずにさっさと退社していった。
 てめぇの無責任な発言で困ってるのは次から次に部署の役目が機能しないまま叩き込まれている新人なんだぞ、だから早々に若手が消えるんだぞ、と言いたいものをなんとか堪えて怒りのままにドアを睨みつけた。声を上げなければ現状は何も変わらない。そんなことは解っているけれど、たかが二年目、言えばまだまだ新人だ。「俺が新人だった昔は」とすぐ昔話を始める課長が訊く耳を持っているはずがない。第一、会社の未来がどうの会社は家族だのと説法のように繰り返す社長が存在する時点でこの会社に明るい未来などありはしないのだ。早く潰れてしまえばいい。


 やっと終わったと時計を見れば定時から既に三時間は経過していた。外は既に暗く、星が輝いている。
「課長や社長にバレるとまずいから」と先輩に言われ、労基にかかる分の時間は随分前から誤魔化していた。もはやこれが当たり前だ。出勤も退勤も自分の名前が書かれた木の板をひっくり返すだけだから出来る所業である。

 とぼとぼと帰り道を歩いていると、不意に涙が溢れてきた。
 やっと家に着いたとしても直ぐ寝られる訳がなく、課長から押し付けられた「宿題」を片付けなければならない。そうして気づいたら夜中の三時だ。それから六時まで寝て、七時に出社する。

 そろそろ死ぬんじゃないだろうか。そんな不安にさいなまれながらも同時に「死んでしまえばいい」とも思っていた。死ぬまではなくとも会社で倒れて三か月くらい昏睡していれば、そのうち強制的に会社を辞めることができる。
 辞めた後の身の置き所が判らない、どうすれば良いのか判らない、だから辞めようにも辞められない。

「誰も助けてはくれないよ」と母の声を思い出した。

 私はなんと返したか。………………ああ、そうだ。


「助けなんか求めちゃいない」


「ほら、殺したい相手、いるじゃないですか」

 聞き覚えのある声がした。

「……四荷さん」

 先日着ていたものと同じ配達員の制服姿の『殺人代行』さんが私の目の前に立っている。

「僕ら『殺人代行』は必要としている人の前にしか現れません。そういう性質なんです。そうして僕は二度、あなたと相まみえた」

 悪魔が囁いている。
 誰も助けてくれない――?
 そんなわけないじゃないか、母さん。

「……殺したい相手は、いません」私ははっきりと答えた。

「殺すなんて、生温い」

「……最高だ」

 死荷は恍惚とした表情を見せた。

「代行、ということはお金がかかるんですよね? どのくらい必要なんですか」

 私の問いに「そうですねぇ」と四荷は首を傾げて指を二本立てた。
 二十万? それとも、二百万? 

「僕とふたりでお茶でもしてくだされば」

 四荷は優しく笑った。


 それから課長の様子は日に日におかしくなっていった。
 まるで何かに追われているようにびくびくとしだし、時には奇声を上げ、終いには会社から姿を消した。そろそろかと思ったが最初に死んだのは課長ではなくなんと社長の方だった。原因は飲み会の席での急性アルコール中毒だという。

 どういうことだと四荷に問うと「追加オプションです」とだけ返ってきた。それ以上は聞いていない。
 社長の突然死に課長の失踪、その他諸々で会社は一気に経営が立ち行かなくなった。

 けれどもうそんなことはどうだって良い。
一体誰に提出するのが正しいのかわからない退職届を社長室に置き、私はそのまま会社を後にした。

「犬飼さん」四荷が呼ぶ。

「はじめから人員集めの心算だったの?」

「いえいえ、そんなことは。偶然ですよ」

 四荷の運転するトラックの助手席に座ってペンギン急便へと向かう。
 吹いてくる風が清々しいほどに、私の気分は上々だった。


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