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11話

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「約束の品だ」

 アリスによって記憶を失うまで飲まされてから数日後、ロイスは調達屋の仕事を熟す為にいつもの薄暗い部屋にいた。

 その前には衛兵の格好をした若者が少し怯えた様子で立っている。どうやら彼が依頼主の様だ。

 その衛兵にドクン…ドクン……ドクンドクン…と不規則に鼓動する何かが包まれた布を手渡す。

 衛兵が布を広げると鼓動していた物の正体が判明した。それは黒い心臓だった。

「こ…これが……悪魔の心臓……な、なんて禍々しいんだ」

 ドクン…ドクンドクン……ドクン

 悪魔の心臓の不規則な鼓動と共鳴するかの様に、衛兵の鼓動も不規則になっていく。

「あと数刻は鼓動し続けるが、加工するなら急いだ方が良い。効果が無くなるぞ」

 悪魔の心臓は、怪鳥と呼ばれる魔獣の心臓を鼓動している状態で取り出した物だ。
 乾燥させ、粉末状にすれば致死率100%の劇薬となり、解毒薬も存在しない。しかし鼓動が止まってしまうと何の価値も無いただの心臓へと成り下がる。

 悪魔の心臓に劇薬以外の使い道は無い。つまり衛兵は誰かを毒殺するつもりだ。

「わ、分かった…こんなにあっさり手に入るなんて…あんたに頼って良かったよ。ありがとよ」
「礼なら金でしてくれ」
「お…おう。じゃあこれを…250万ゼル入っている」
「…確かに」

 最近のロイスはある特技を習得した。それは多少の誤差はあるが、袋を持つだけで金が何ゼル入っているのか分かる様になった事だ。まぁ依頼主が報酬を誤魔化せば代償を支払わせるだけなのであまり意味は無いが…

「また調達して欲しい物があればここに詳細を書いた洋紙を置いておくと良い。素材だろうが人だろうが…どんなモノでも調達しよう」
「あ…あぁ……」

 衛兵は人も調達出来るという事を知らなかった様で、無意識に後退る。
 人を殺そうとしている者が怯えるというのも不思議な話だが、衛兵の雰囲気からして人を殺した事は無さそうなので、簡単に殺せるロイスとは住む世界が違う。そう考えれば後退るのも無理はない。

「ふっ…一つサービスしよう。これを悪魔の心臓を加工する時に混ぜると良い」

 ロイスは衛兵の初々しさに思わず笑ってしまい、手助けをする事に決めた。これは唯の気まぐれでしかない。

「これは…水?」

 衛兵に渡したのは小瓶に入った透明な液体。水と思われても仕方がない。

「それは珍しい魔獣の血液だ。混ぜると臭いを消してくれるから飲ませる相手に気付かれる事は絶対にない」
「そ、そんな便利な物が……一体幾ら払えば…」
「だからサービスだ。あんたの殺しが成功する事を願っている」

 ロイスはその言葉を最後に部屋を後にした。
 これで衛兵が殺しを成功させれば、またここに依頼を来る可能性が上がる。つまり定期的に金を落としてくれる好い鴨の誕生だ。

                                                                                                                                                                                                          



 仕事を終え、腹が減ったのでレオンの料理を食べようと思ったが、その前に寄り道をする。

「ここに来るのも随分と懐かしく感じるな」

 寄った先はカイレンの大通りにある小さな一軒家だ。
 
 何を隠そう、ここはロイスの本当の自宅だ。とは言っても此処で寝泊まりした事は一度も無い。

 ギギギィィィ

 玄関の扉を開けると、錆び切った扉の金具が悲鳴を上げる。

「いつ来ても…汚ねぇなー」

 家の中は廃墟の様に埃が溜まっており空気も淀んでいる。だが掃除する気は一切起きない。

「お…何通か来てるな」

 扉に郵便受けがついているので、床には手紙が散らばっていた。
 ロイスはこの家に住んでいる事になっているので、自分宛の手紙は全てここに届く。なのでこうして偶に手紙を取りに来ている。
                                                                                                                                                                                                      


 本当の家、レオンの酒場に戻ると手紙を一つ一つ確認していく。どれも興味のない内容ばかりだったが、1つの手紙に目が留まった。

 その内容はロイスに開拓者としての仕事を頼みたいというものだった。こういう手紙はよくあるのだが問題はその依頼内容だ。

「どうした?気になる手紙でもあったのか?」
「これ読んでみろよ」
「ん~どれどれ……剣の処刑林の開拓作業が難航、貴殿も開拓者として開拓に参加すべし…か………はぁ!?開拓!?」

 レオンは手紙に目を通すと目を見開いた。それは驚きよりも呆れに近い。

「トナードレイとハルシオンの共同作戦とは大がかりだよな。俺以外にも結構な数の開拓者が既に出張っている様だし」
「全然知らなかった。この国も馬鹿な事を…」

 ハルシオンはトナードレイの北側にある王国で、その間には剣の処刑林と呼ばれる未開拓地がある。

「まぁ確かにあの林を開拓出来れば国と国との交流はより盛んになる。今までは国同士を行き来するには迂回するしかなかったからな。けどなぁ…無理だろ」

 レオンの懸念は最もだ。そんな簡単に開拓出来るなら未開拓地など存在しない。
 剣の処刑林は国境に隣接しているので誰もが目にする事が出来る。だがその攻略難易度は高く、ロイスも行くのが躊躇われる場所だ。

「どうするんだ?行くのか?」
「行かないと開拓者としての評価が落ちる。それは遠慮したい」
「それもそうか。評価が落ちれば未開拓地に入り辛くなるからな」

 開拓者でなくとも未開拓地に入れるが、その場合は抜け道を通らなければならないので面倒だ。

「剣の処刑林に強い魔獣は居ないが…気を付けろよ」
「もちろん。レオンの教え通り未開拓地で警戒を怠った事は無い」
「ならいいが…後アリスに情報を聞いておけ。つい先日情報収集を怠った所為で面倒な事になっただろ」
「それは…」
「情報収集は必要なく、契約を破れば代償を支払わせば良い。それがダメだとは言わないが……何事も学習だぞ」
「…分かったよ。アリスに会いに行ってくる」
「あぁ、行ってこい」

 必要な物資を揃えたロイスは酒場を出た。まずはレオンの忠告通りアリスから情報を仕入れる必要がある。

                                                                                                                                                          

「ふぅ…まだ調達屋として、1人の人間として未熟だな。柄にもなく口出ししてしまったが…俺も甘いという事か」

 レオンは師匠の様な、親の様な目線で、ロイスが出て行った扉を見つめ続けた。
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