魔王の馬鹿息子(五歳)が無謀にも家出するそうです

何てかこうか?

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第二章 人間の国で

第二十一話 勇者襲来、そして致命的なミス

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「目付役。お前は自分で払えよ」
「わかってるよ」
「いいよ。今日ぐらいは私が払うから」
「俺の銀貨を、こんなくだらない奴に使うな」
 なんとなくだが、今日の稼ぎは俺の活躍があってこそという意識が払しょくしきれない。例えクラウディアが建物すべてを洗ったとしてもだ。

「いいから、いいから、私が払うからさ。好きなものを一品……カテイナちゃんは値段をよく見て決めてね」
「わかってるぞ」
 どのメニューの肉が大きいか? 値段よりもそれが重要だ。肉メニューをにらみつける。……ハンバーグ、焼き肉……チキングリル、くっ、ステーキは高すぎる。ハンバーグかチキングリルのどっちかだ。くそっ、一品を選ぶのがこれほど難しいとは。
 俺が夢中になって料理を選んでいる最中に店が騒がしくなった。
 目付け役の少年も座席を立って店の外を見ている。

「勇者だ!」
 その一言で俺も振り返った。人間の勇者!? 本当に三日でここまで来るとはっ! 俺は未来の敵となりうるその人間を見る。
 勇者というものは輝く鎧、きらめく剣、燃える意思を持った人間で、と想像していた。……なんだあいつ? 白馬の上でも、一目でそれとわかるうさん臭さ。首の肉、ぴちぴちの服、ぎゅうぎゅうに鎧に押し込まれた腹……これならウィンズ商会の店長のほうがましだ。
 なんだかがっくり来た。クラウディアも目を点にしていて目の前のものが理解できていない様子だ。

「なんだあれ?」
「……勇者? だよ。多分」
 少年もなんだか、馬鹿らしくなったようで、勇者の姿を確認し終わると早々に座った。

「なあ、あれとウルフキングが戦ったら、死んでしまうぞ」
 少年もクラウディアもどっちが”死ぬ”とは聞いてこない。自明の理だ。魔王城最終防衛ラインは並大抵のレベルではない。
 例えば俺を苦戦させたほどのクラウディアの魔法技術をもってしても突破は不可能だ。そして、あの男にはそれ以上の技量が感じられない。
 人から黄色い声援を受けて、締まりのない笑顔を振りまいているようでは自制が足りない。そんな奴にクラウディアほどの技量があるとは到底思えないのだ。
 勇者が声援にこたえて聖剣を抜いている。
 光が辺り一面を照らす。ちょっと俺にはきついので物陰に隠れた。魔法が使えなくて光を防げないのが原因だが……この程度かとも思う。
 観客の多くが声を上げて勇者をたたえている。
 溜息しか出ない。
 この程度の奴が勇者なら、魔界はこの先千年は安泰だ。
 鬼母の戦闘能力はあの聖剣が通じるレベルではない。あんなものに頼るようではそもそもお話にならない。
 指先一つで聖剣をへし折ってくるようなレベルなのだ。
 勇者が町の通りを過ぎて光がやむ。ようやくテーブルの陰から出てこれた。

「なあ、クラウディア。不安なんだが……あれが人間で一番強いのか?」
「ど、どうかな? 流石に私も不安になってきた」
「多分、あれならフランシスカの方がましだぞ?」
 フランシスカは魔王の癇癪に耐えられる。あの勇者は無理だろう。尻叩きの一発だって耐えられないはずだ。
 みんなで溜息をついて、再び食事の話になる。
 俺は結局、ハンバーグにした。こねた肉とはいえ、ステーキと同じ技法で焼かれている。練り上げられた肉厚はステーキに劣るものではないと言う判断だ。
 しばらくしてハンバーグが俺の目の前に置かれる。
 今日の勝利を祝うにふさわしい肉厚、香りも申し分ない。油がはねる音も心地よい物だ。

「いただきます!」
 周りのみんなを置き去りにして肉に手をつける。
 肉の味をかみしめて思う。美味い! これはきっと勝利の余韻と、全力で体を動かしたことで味わえる物だろう。
 ここの店主の技量はとびぬけて高いとは言えないが、今日であれば満足できる。添え物のジャガイモもソースを絡めればおいしい。パンとソースの組み合わせもなかなかだ。
 ようやく一息ついて他の料理を見る。
 クラウディアはスパゲッティか……フォークでくるくると麺を巻いて食べている。
 ふふん、上品だな。だがこう、もっとがっついてもいいと思うがなぁ。
 少年はリゾットだ。はは~ん、なるほど、水分で少しでも多く食べた気になるつもりか……まあ、俺たちの金をなるべく使わせないという心意気だけ買ってやろう。
 俺は気分よく肉厚のハンバーグを再び口に運ぶ。やけどをするような熱さとしびれるような強いソースが何とも言えない。たまには外食もいい物だ。

 事件が起きたのは会計を終えて店の外に出るところだった。
 勇者が戻ってきたのである。俺は慌てて、クラウディアの陰に隠れた。
 そして、勇者とその取り巻きが都市一番の定食屋に入ろうとした時だ。そそくさと俺たちが物陰に隠れたのを目ざとく見つけられた。他の人間と一緒に棒立ちしていたほうがましだったかもしれない。

「おい、そこの。何で隠れているんだ? 俺は勇者様だぞ?」
 声がかかった時には取り巻きに囲まれている。
 取り巻きの内訳は、多分……戦士、女魔道士、盗賊見習い? ……かな? が一人つずつだ。
 矢面に立ったのはクラウディアになる。
 俺にはこういう状況をどう切り抜けたらいいかがわからない。

「ああ、別に隠れたわけでは……その、人込みを避けようと思って」
「おい、えらくカワイイじゃねぇか」
 クラウディアの顔を見て第一声がこれである。少年が目をむき、俺ですらあきれた。

「お嬢ちゃん。俺の武勇伝を聞きたくないか?」
 これが勇者の誘い文句? 口を手で押さえていなかったら噴き出していたぞ?

「ああ、すみません。今は忙しくて……」
 強く、クラウディアが俺の手を握ってきた。何かアクションを起こせとの合図だ。これにこたえられないほど鈍くはない。助け舟を出してやろう。

「お母ちゃん、早く」
 この一言は致命的なミスをしたと断言できる。殺人級の視線でクラウディアが俺をにらみつけた。

「お、お母ちゃん?」
 勇者も、取り巻きも目をぱちくりとしている。
 今だ!
 連中が見せたすきをついて俺が手を引いて人込みをかき分けていく。勇者の前から逃げ出すことには成功したが……クラウディアの手を握る握力が増している。勇者から逃げたところでこの女からは逃げられない!
 三ブロックほど左右に曲がりながら進んで、路地裏でクラウディアを見上げる。
 あ、ダメだこりゃ。プッツンしている。

「君さ。もう少し言葉を選べなかったの?」
「お、俺のおかげで、勇者から 逃げられたんだぞ」
「そもそも君がいなけりゃ逃げる必要ないんだけど?」
 目付け役の少年はクラウディアの気配が変わったのを感じ取って、そそくさと手を振って帰ってしまった。
 元からあてになどしていないが……薄情な奴め。

「待て、クラウディア。じゃあ、なんて言えばよかった?」
「”お姉ちゃん”に決まっているでしょう?」
 口が裂けても「お前は俺の三倍の年」などと言ってはいけない。十六なら子供もありかと考えて行動したが、その年で五歳児の子連れはない。とっさの判断を間違えた。
 このまま争いになったら、コネクトペインの影響下、負けるのは俺だ。
 思考を巡らせて、母と同じ視線の相手には完全降伏以外に手立てがないことを悟った。

「ご、ごめんなさい。”お姉ちゃん”」
 なるべく被害の少ない方法で謝る。お願い事を聞いた夜のこと、こいつは自分を”お姉ちゃん”と言っていた。何とかして女心をくすぐるのだ。そうでないとこっちが致命傷を負う。
 クラウディアの頬が赤くなる。良し、これがおそらくこの女の琴線だ。徹底的に攻めるぞ! この俺は次期魔界王! 相手の弱点を攻めることに何らためらいはない!

「お姉ちゃん、ゆるして。お姉ちゃん!」
 後でどれほど情けないと言われようと。俺は今、普通の五歳児を演じるのだ。
 可愛さなどではない。今の俺の魅力でゴリ押す。
 女の懐に飛び込んで、涙目で見上げる。
 クラウディアが判断を迷っている。一喝するか、この愛おしさに身をゆだねてしまうかだ。

「怒らないで! お姉ちゃん!」
 あ、ミスった。つい逃げてしまいたい気持ちが前面に出た。”怒らないで”何て直接言ってしまってはダメだ。それにあざと過ぎたか。
 結局、一回はたかれた。二回はたけなかったのはコネクトペインのせいだろう。まあいい、相手はあの鬼母の視線の持ち主だ。一回で済んで重畳。むしろ全てうまくいった類だ。
 クラウディアが伸ばしてきた手を取って、二人で手をつないで公舎に戻ろうとする。

「ふ~ん、あんたら、嘘をついてたんだ?」
 声の方向にとっさで振り向く。
 勇者の取り巻きの女魔道士に追いつかれた!
 俺もクラウディアも互いに気を取られすぎた。クラウディアから冷や汗が噴き出す。

「あたしらもねぇ、職業柄、嘘には敏感でさぁ」
 そりゃそうだ。勇者には先天的に嘘を見抜く力がないといけない。そうでなければ”正義の代行者”何て言われないだろう。
 女魔道士はいかにもな杖を掲げている。

「知ってるかい? 勇者とその御一行には特権があるって」
 なんだそれは? そこまで人間の世界には詳しくない。クラウディアを見上げるが、クラウディアもわかりかねているようだ。

「嘘つきを問答無用で叩きのめす権利さ。あんたら、直感が怪しいって言っているよ」
 そんな馬鹿な!? この俺は少なくともクラウディア以外に怪しまれるような間抜けな行動をした覚えはない!
 女魔道士が魔力を集中する。
 えっ!? 街中だぞ!? 攻撃をぶっ放すつもりかっ!?
 クラウディアもウィンズ商会の店長も街中では攻撃魔法を禁じていたぞ!?
 それが都市のルールのはずだぞ!?

「嘘をついたこと、手をついて謝れよ。な、わかるだろう?」
 見る間に女魔道士の上に火球が出来上がる。馬鹿か? この女? 本気でやるのか?
 路地裏の通路の幅ほどの火球……ここで、攻撃するなら俺も反撃するぞ? 
 体の能力なら飛躍的に上げることができる。それができることが先ほど分かった。
 多分、人間の女ならパンチ一発で動けなくなる。そのぐらいの威力なら軽く出せる。
 まっすぐ相手を見る。敵対するなら容赦はしないぞ。
 大火球を前にして、口の端で笑う。
 ふいに視線を遮ったのはクラウディアだ。俺を背に回して、座った。
 俺が見ている目の前で、クラウディアが頭を下げる。

「おいっ――」
「君は黙ってて、
 ああ、嘘をついてすみません。
 この通りです」
 クラウディアが土下座している。
 俺にはクラウディアのこの態度が信じられない。相手が敵意をもって来たなら敵意を返すのが正しいと思うけどな。

「最初からそうすりゃいいんだよ。こっちに来い! 勇者様が待ってるからね。嘘をついた理由もたっぷり話してもらおうじゃないか」
 火を消して女魔道士がクラウディアの髪をつかみ上げる。
 痛ぇぞ! おい! クラウディアの倍の痛みがこっちには伝わっているのだ。

「こんな小娘の何がいいんだか。まあ、せいぜい遊んでもらうんだね」
 クラウディアは俺に向かって先に帰るように告げると、女魔道士に連れられて元来た道を戻っていった。
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