オタク病

雨月黛狼

文字の大きさ
1 / 28

第1話 プロローグ

しおりを挟む
『屋上に来て』

 そう久遠環《くどおたまき》に言われ、俺は今屋上にいる。屋上には俺と久遠環のふたり。

 屋上は暑く、夏日が容赦なく俺たちを照らす。野球部員の掛け声とセミの鳴き声が聞こえる。

 なんでこんなくそ暑いところに呼び出されなくちゃならないんだ。
 俺何か悪いことしたかな。俺としては善意でやったことなんだけどな。さきほどラノベとポストカードを入れた鞄を見やる。

「あなたのおかげで助かったわ。わざわざここまでしてくれるとは思わなかった」

 久遠環は俺に振り返る。夜空のように綺麗な黒髪がなびく。

「あ、ああ」

 放課後の屋上なんてギャルゲでは告白のシチュエーションだが、それはないだろう。

 そんなことされるなんて期待してないし、べつに欲してない。

 俺の信条は『リアルには何も求めない』だ。
 何も求めない。だから期待しないし、害も求めない。

 リアルでは何事も起こらないで、ただただゆらゆらと日々が過ぎ去ってゆくことだけを祈っている。

「あなた、もしかして私と同じ?」

 久遠環が口を開く。
 同じ、というのは俺の状態と同じかどうかということだろう。

「ああ、同じだよ」
「そう。それなら都合がいいわ」
「え、何が?」

 ちょっと待って。どんな脅しが来るんだよ。怖いなあ。もう帰っていいかなあ。
 久遠は白いヘッドフォンを振れ、一瞬言い淀む。

「……っ、私と、付き合って。私の彼氏に、なって」

「へ?」

屋上に風が吹き、久遠の艶のある黒髪がなびいた。

   ×     ×

 役所の社会福祉課の前の椅子に座り、受給者証が発行されるのを待つ間、俺はライトノベル『ボクの前ではみんな好き好き大好きっ子』を読むため大きなリュックから本を取り出し、開く。

 前回読んだ続きから読み始めるため栞のあるページを開く。栞は書店特典で封入されていたポストカードを使っており、前面にはヒロインの全裸が描かれている。

「クドオさん、お待たせしました」

 俺の前にひとり女の訪問者がおり、その女が職員に呼ばれる。

「それでは、今年分の受給者証ですね」
「ありがとうございます」

 ふと視線が上がった。黒縁の眼鏡をくいと上げる。

 受給者証。

 用事を済ませた女は外に出てゆく。
 
 黒く艶のある長髪を揺らし、ドアへと向かう。

 前髪がかかる瞳は黒く大きな綺麗だが、どこを見ているかわからない。光のない目をしていた。白いヘッドフォンを掛け、周りの音を遮断している。単純に音楽が好きというよりは外界と自分を隔てているためのものに見える。

 身長は俺と同じ160センチほど。女子の平均身長より少し高く、脚が長い。細身の体で虚ろ気な瞳もあってかどことなくは儚げな印象がある。反面、他人を寄せ付けない堂々とした立ち振る舞い。社交的な印象は受けない。しかし、美しく可憐な姿は浮世離れしていた。

 ……どこかでみたことがあるような気がする。

 リアルの人間に興味がない俺でもどこか記憶の琴線に触れた。

 それにしても、あんな女も俺と同じ状態《・・》なんだな。
 
 一瞬、親近感を覚えたが、それでもリアルの女に興味を持たない俺はすぐにその女の記憶を外に追いやった。

「猪尾《いのお》さん、お待たせしました」
『ボクの前ではみんな好き好き大好きっ子』を10ページほど読んでいると、職員に呼ばれた。俺は本を閉じ、リュックにしまう。

「猪尾宅也《いのおたくや》さん。お待たせしました。今年分の受給者証ですね」
「はい」

 俺は素っ気なく答える。
 はあ、やっと終わった。

 なぜ俺がこんなことを定期的にしなければならないんだと呆れる。

 でも仕方がない。
 俺の状態は現代では障碍扱いされている。

『社会性欠乏障碍《しゃかいせいけいつぼうしょうがい》』

 ふざけた障碍名だ。
 ちまたでは『オタク病』なんて言われている。

 俺は決して今の自分を、今の気持ち、今の状態を障碍だとは思っていない。

 しかし、この障碍を訴えれば様々な福祉制度を受けられる。
 医療費免除。税金の免除。学費の免除。障害年金。
 さすがにこの恩恵を受けない訳にはいかない。

「よし」

 さあ、面倒なことも終わったことだし帰ってアニメ観るか。
 表情が少し明るくなったまま、帰途に就いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、10人の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...