オタク病

雨月黛狼

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第17話 省エネ主義っていいよね

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「遅い」
「やっぱりそうですよねー」
「反省してるの?」
「してますしてます。お得意の土下座しましょうか」
「……あなた、どうして遅かったの?」

 環が真っ直ぐ俺を見つめる。

「空馬と話してたら遅くなった」
「はあ、まあいいけど。それじゃあまずは何からやろうかしら」
 問題集とテキストを開く。そして面倒な勉強が始まる。



「……あなた、やる気あるの?」
「ああ、あんまねえな」
「私帰っていい? 撮りだめてるアニメ観たいんだけど」
「すまん! すまん! 冗談だって。でもしょうがねえだろ。何がわからないのかもわからないんだから」

 勉強を始めて10分程。俺は数学を環に教えてもらっているのだが、環が何を言っているかわからず俺は常に疑問符を浮かべていた。

「よくこの高校に入れたわね」
「いやあ、入ったのはいいんだけど授業付いて行けなくて」

 てへぺろと舌を出してみる。環に凄い形相で睨まれる。

 ちなみに木曜高校の偏差値は上の中の公立高校。第一志望の中の中の私立高校に行くつもりで木曜高校を記念受験したらなんとびっくり合格。そこから今までの中学の授業スピードとは全然違う中、俺の成績はどんどん下がってゆくのであった。

「あなたわざとわからない振りしてるんじゃないでしょうね」
「なんでそんなことすんだよ」
「……その、私と、二次元の話をするために」
「ああ、そうだ。いつものクイズをしてくれ。それならわかる」

「趣旨が変わってしまうでしょう。……まあ、いいけれど。それじゃあ問題を解けた度にクイズしてあげる」

「マジでか! じゃあちょっとは本気出すか」
「最初から本気出しなさい。というか……そんなに、私と話したいんだ」

「お前ぐらいしか俺のオタクトークに付いていけるやついないからな。そういうお前もそうだろ」
「そ、そうね」

 環はそう言い、頬を染めそっぽをむく。
「お、おう。そうか」
 予想外の反応に俺も戸惑ってしまう。

 そこから少し本気を出した俺はさきほどよりも勉強に集中ができて、さらに二次元クイズをしながら進めてゆき、順調に勉強は進んだ。

「あなた、やればできるじゃない」
「ああそうだ。やらないだけだ。やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことは――」
「あなたもアニメを観ながら勉強ができたらいいのに」

「いやだからそんなの普通に無理だって。むしろどうやってやってんだよ」
「常に画面を見ながら視界の端にある問題を見て、ノートを見ずに書くのよ。そしてCMが流れているときに答え合わせするのよ」

「いやそれ常人じゃ無理だから! お前が超人なだけだから!」
「あら、私に敗北を認めるのね。はい、あなた私よりニワカ」

「あ!? ニワカかどうかは関係ねえだろ! お前がそうやって勉強しているうちに俺は左目と右目それぞれでアニメ2つ同時視聴してるから! お前よりアニメ観てるから!」

「……そんな同時視聴ができるなら私のもできるでしょう」
「……たしかにそうかもしれん」

 なるほどな。右目でアニメを観て、左目で勉強すればいいのか。

「あなたやはり馬鹿ね。とにかく私の勉強方法をあなたもやってみなさい」
「そうだな。やってみるわ」
「じゃあ今日はこの辺で終りね。補修はいつなの?」
「今週の金曜だ」
「なら頑張ればいけるわね。あなた毎日暇でしょう。私が放課後、付き合ってあげる」
「暇を前提に話すな? まあ暇だけど。助かるけど。でもなんで」

「一応、彼女だから」
 環は腕を組み、俺から視線を逸らす。

「お~? ついにデレ期か? クーデレちゃんよぉ。可愛いじゃねえか」
 俺はニヤケ顔を環に向ける。
「デレてないわ。ラノベ脳もいい加減にしなさい。それに私に勝手にキャラ付けしないでもらえるかしら?」

「はいはい」
 俺は肩をすくめてみせる。

「その態度ムカつくのだけれど、もう勉強を教える気を失くしたわ。さようなら」
「待ってください! 嘘です! どうかこの馬鹿に勉強を教えてください!」
「はっ! 床に這いつくばりなさい。重力を受け入れなさい!」

「ぐっ、がががっ」
 俺は床に這いつくばり、環に頭を下げ、明日以降も勉強に付き合ってもらうことになった。

 俺何回土下座させられんだよ。ちょっともう慣れてきちゃったよ。ああ、二次元だったらここから足で踏まれたい。すみません。自重します。

   ×    ×

 夢を見た。たまに見る昔のことだ。
「オタク、きめえ。いのお、たくや。いの『オタク』や! ぎゃはは、まさにオタクじゃん!」
「…………」

 小学校のクラスメイトのつまらないギャグに他の生徒が笑う。

「なんだなんだ? 面白いことがあったのか? オレも混ぜろよ」
「おお、空馬! いや、オタクの名前に『オタク』って入ってんだよ。面白すぎねえ?」
「そんな面白いか?」
「え」

「なあなあ宅也。今週の『HARUTO』観たか!? マジであの戦闘シーン迫力あったよな!」

 空馬が俺に向けて言葉を放つ。

「観た。四天王編だよな。あれは原作よりも迫力があった。声優さんの演技に迫力があった」
「だよな!」

 空馬が歯を見せ笑う。

 いつもそうだった。俺が馬鹿にされているとヒーローのように空馬が参上する。ねらってやってんのかと思うが、偶然だという。

 俺が読んでいるラノベを男子のクラスメイトに取り上げられ、みんなに見せびらかせられたこともあった。そのときも空馬はなんてことなく事態を収め、俺にラノベを返してくれた。

 俺を馬鹿にしないのは空馬だけだった。
 どうして俺にそこまでするのだろうと思った。
 俺はただ自分の世界で満足しているのに。
 最初は自分の世界に入ってくる空馬に不信感を抱いていた。
 こいつも結局、俺を面白がって馬鹿にしているのではないかと思った。
 でも、違った。

 これは、中学の頃。

「なあ、猪尾。お前、障碍者なんだろ? つーか何? 犯罪者なんだろ?」
「…………」

 よく知りもしない男子生徒にいきなりそう言われた。
 俺は無視したが、そこから男子生徒は差別的な言葉を俺に言い放ってきた。
 すると――

「てめえ、いい加減にしろよ」

 空馬が男子生徒の胸倉を掴んだ。
「お、おい、空馬」

 俺は慌てて席を立ち、制止しようとした。
「な、なにすんだよ」

 男子生徒は思い切り胸倉を掴まれ、つま先立ちをしている。

「お前、宅也の何を知ってんだよ。何も知らねえくせにふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ。お前は宅也みたいに純粋に好きになれるものなんてあんのかよ。ねえんだろ。何もねえんだろ。だからお前は嫉妬でやっかんでんだろ」
「はあ!? そんなんじゃねえよ! つーか、放せよ」

 男子生徒は抵抗し、空馬から離れる。
「失せろ」
 空馬は今にも男子生徒をぶっ飛ばしかねないほどの形相で睨む。
「っ、なんだよこいつ」
 男子生徒は俺たちから離れていった。

「空馬、何してんだよ」
「宅也、なんで言い返さねえ」
「事実だからだ。俺は障碍者で、異質な存在だ。あの適当なモブキャラ野郎に時間を割いてる暇なんてねえからだよ」
「本当にお前はそれでいいのかよ!」

 空馬は大きな声で俺を糾弾する。

「……いいんだよ。俺は『リアルには何も求めない』」

「……宅也」

 でも俺は結局、空馬に依存していたんだ。
 空馬なら俺を受け入れてくれる。守ってくれる。

 そんな風に思っていたんだ。その気持ちを知ったとき、俺は自分の不甲斐なさと空馬への罪悪感で死にたくなった。

 何が『リアルには何も求めない』だ。めちゃくちゃ求めてんじゃねえか。
 自分を理解してくれる存在。俺は、それをリアルで求めてしまっている。
 俺はこれ以上、リアルに期待、何かを求めてはいけないと思った。

 だから俺は空馬がいない高校に行こうと思った。でも結局今、俺は空馬の傍を、空馬の理解を求めてしまっている。

 誰かに自分を、自分の世界を否定されるのが嫌なんだ。
 口では平気だと言いつつ、俺は結局傷ついているんだ。平気じゃないんだ。
 そりゃそうだろ! なんで俺が否定されなくちゃなんないんだよ!
 なんで俺が犯罪者予備軍みたいな扱いされなくちゃなんないんだよ!
 
 俺はこんな腐った世界に、腐った自分に改めて期待しなくなった。

 やっぱり、リアルはくそだ。
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