オタク病

雨月黛狼

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第26話 偽物、復活

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「おはよう、環」
「……お、おはよう。あなた、どうして」

 環はヘッドフォンを外し、俺を一瞬見て、目を逸らす。
 なんで私と関わるんだってか。もう関係は終わったのに、か?
 終わってなんかいない。俺たちの先にはたしかに理想がある。

「前に進むぞ」

 俺はそう言って一枚の紙を机に置いた。

「これは?」
「生徒会長選挙立候補用紙だ」
「え」

「お前が生徒会長になって、この学校というリアルをフィクション、理想に変えるんだ」

「……フィクション」

 環はやっと俺に目を向ける。

「お前ならできる。俺がいるからな」
「でも、私たちはもう……」
「ずっと思ってた。お前が勇気を持てるようになるまで俺はお前の邪魔にならないようにしようって」
「…………」

「でもそれはもうやめた。俺が、お前に勇気を与える。一緒に理想を追い求める」

「それが、これ?」

 環は視線を落とし、用紙を見る。

「ああ、そうだ。応援演説は俺がやってもしょうもないから一ノ瀬に任せてある」
「はーい、登場です。よろしくね、環ちゃん」

 そう言って元気に登場したのは我がクラスの学級委員長、一ノ瀬凛子(りんこ)だ。
 いつものように髪を後ろにまとめ、子犬のようにぴょんと跳ねる姿は可愛らしい。

 いつも通りだ。

「……一ノ瀬さん、でも、私……」
「自分を誤魔化さず、ちゃんと現実を見て、世界を変えたい。それが環ちゃんのやりたいことでしょ」
「でも、私にはそれができないって」

「一昨日はごめんね。言い過ぎた。でも、わたしは自分の言っていることが間違っていたとは思ってない」

 一ノ瀬は環を見てはっきりと言う。そして、続ける。

「でも、環ちゃんには猪尾くんがいる。だからきっと、できるよ」
「……宅也が、いる?」
「うん。たとえ偽物の関係でも、猪尾くんが環ちゃんを思う気持ちは本物だから」

 環は俺を見る。

「……私に、できるの?」
「できる。お前にしかできない。いや、違うな。俺たちにしかできない。俺たちは何も間違っていない。だから、堂々と胸を張ってやってみようぜ」
「あなたは壇上に上がらないの?」

「俺が上がって何になる。何も変わんねえよ」

「……堂々と言わないで。でも、そうね。これは、私がやるべきこと。私がしたいこと」
「できなそうなら代わりに俺がやってやろうか?」

 俺は不遜な笑みを浮かべて環に言う。

「あなたがやっても変わらないと今言っていたでしょう。それは事実だわ。あなたじゃできない」
「はっきり言ってくれんな……」

 しかし環は微笑んだ。

「わかった。やってみるわ。一ノ瀬さん、お願いしてもいいかしら?」
「もっちのろんだよ! じゃあ早速打ち合わせしようか。あ、猪尾くん、もういらないからどっか行っていいよ」
「えぇ……俺の扱い酷くない? いやまあ、俺にできることないけどさ」

 そう言って、俺はとぼとぼと自分の席に戻った。

「オレのいないところで色々あったみてえじゃねえか」

 隣の席、空馬から声を掛けられる。

「まあな。お前のいない間に成長しちゃったぜ。悪いな。俺たちの成長にまったく関わらせてやれなくて」

「嫌味かよ。まあいいよ。面白そうなもん見れそうだし」

 空馬はそう言って、腕を頭の後ろで組む。

「頼んだぞ、空馬」

 俺は空馬を見つめる。

「お前、何をする気だ」
「べつになんもしねえよ。つーか俺の出番終わったから。環を応援してくれって言ってんだよ」
「……当たり前だ」

 空馬は目を瞑る。
 まるで、見たくないものを見ないかのように。

 選挙当日。昼休みが終わった後、全校集会という形で集められ、夏の暑さにうだりながら全校生徒が体育館に集まった。選挙に出る生徒、環と一ノ瀬はすでに壇上のパイプ椅子に座っていた。クラス全員が集まっているか担任が確認した後、着席する。座ると余計に暑さを感じる。

 全校集会が始まった。教頭が前置きをして、生徒会長選挙が始まった。選挙には環以外に3人の生徒が出馬している。パイプ椅子の並びからして環の演説が最後のようだ。

 選挙演説が始まる。

4人の生徒会長立候補者の前にそれぞれ応援演説という形で名前通り、出馬する生徒を応援する旨の演説を行い、その後、応援された出馬生徒が演説するという流れで行われている。

 3人の出馬生徒は真面目に、準備した用紙を見ながら生徒会長になったらこうしたいという旨の公約、方針、抱負を語ってゆく。どれもしっかりとした動機で、誰が生徒会長になっても誰も文句を言わない内容だった。

 まさか、こん中でオタク病のやつが生徒会長に立候補しているなんて、全校生徒も思わないだろう。

 一ノ瀬の応援演説が始まった。

「久遠環さんの応援演説をやらせていただきます、2年A組の一ノ瀬凛子と申します――」

 その後、一ノ瀬は核心を言わず、環の真面目な生活態度、そして他の立候補者にはない魅力を伝えた。そして――

 環の演説が始まる。

 環はパイプ椅子からゆっくり立ち上がり、ちらと一ノ瀬を見る。一ノ瀬は笑みを返した。

 その笑みを見て環は頷く。

 こと、こと、と上履きを鳴らしマイクの前に立つ。

 環は全校生徒を見やる。全校生徒を前にして恐れをなしたのか、マイクから一歩引いてしまう。しかし、ブレザーの右ポケットを強く握り、目を瞑る。そして開き、一歩進む。

 マイクの前で礼をする。

「ふぅ」

 マイクを通して揺れる息が聞こえる。

 一度俯き、再び目を瞑る。そして顔を上げ、全校生徒を真っ直ぐ見る。
 ゆっくりと口を開く。

「……さきほど紹介に預かりました2年A組の久遠環です」

 他の出馬生徒よりも少し小さな声で始まる。

「わ、私は……」

 環のもとに選挙演説用の紙はない。すべて、自分の気持ちだけで演説するためだ。
 俺もどんな内容の演説をするか知らない。だが、無難に終えることはないはずだ。

 必ず、あいつなら核心を言うはずだ。言えるはずだ。
 だが、どのタイミングで言う。どのタイミングでも難しいだろう。

 緊張が伝わってくる。俺は固唾を呑んで環を見守る。
 そして、少しして環は告げる。


「わ、わ、私は、――――社会性欠乏障碍者です」


 さきほどよりもはっきりとした声で環は言う。俺は目を見開く。
 まじかよ……。いきなり言うのかよ。

 環はそれ以上何も言わない。
 そんな環の様子を見てか、環の言葉を聞いたからか、全校生徒はざわめく。

 それでも、環は口をつぐんでしまう。続きの言葉は出ない。
 
 驚かされた。まさかいきなり言うなんてな。
 俺は笑みがこぼれる。

 でも、言えたな。
 よく、やったな。

――――後は、任せろ。

「よいしょ」
 俺は立ち上がる。
 そして、称賛の拍手――

 なんてする訳がない。
 大きく息を吸う。

「おいおいおい! 社会性欠病障碍者だってよ!」

 俺はそう叫んだ。
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