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第四十四話:あばずれママの生首
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人の口に戸はたてられぬ。
すべからく(当然のように)翌朝には極秘なはずのシグリア伯の死因も、フォルザの息子が新たなるシグリア伯にあることも、カルボニの全員が知るところになった。
もちろんフォルザが幼い息子の代わりにシグリアの港を支配するということもだ。
人々はこう前置きした上で語る。
「ほんとは話しちゃいけないんだけど、あんただけには話してあげる。もちろん、ほかの人にはナイショだよ」
おれは状況調査もかねて素知らぬ顔で街に繰り出した。
すれ違う人すれ違う人、他人の秘密をばらすとき特有のわくわく顔で話しかけてくる。
「ビッグニュースだよ、だんな。特別にだんなだけに教えてやる。となりの港の――え? もう知ってるって? 百遍は同じ話を聞かされたって」
おれが断るとかれらは露骨に舌打ちした。おまけに
「だんなも耳が早いな。井戸端女みたいに詮索好きとは思わなかったよ」
と、捨て台詞を吐くのであった。
どの口がほざくのじゃ。
セリーズは港町に行ったまま帰ってこない。
厄介ごとがないのはいいことだが、寂しくもある。
人肌が恋しいのか先生はその日もその次の日もおれのベッドにもそもそと潜りこみ、恩着せがましく添い寝をしてくれた。
暑苦しい夏のだというのに――。
雪のように美しい少年にふられたおれへの当てつけだろうか。
おれはジュリを甘く見ていた。
いつまでも出会ったばかりのボーイソプラノの少年ではなかった。
小鳥のさえずりのような声が、変声期を迎え落ち着いたテノールになるのに気が付かなった。
いや、意図的に気が付かないフリをしたのだ。
おれは、ジュリをいつまでもかわいい少年であると、舎弟だと、思いたがっていた。
ジュリがアリスになびいたと聞いてから、おれは話しかけるどころか目を合わせるのも苦痛になった。
あのバラ色の頬の少年か青年へと成長する瞬間、開いたばかりのユリの花のようにつややかでみずみずしい身体と魂をあか抜けない田舎娘に奪われてしまったのだ。
おれはとなりで寝息を立てる家庭教師の女を見た。
このアマは、おれが少年を失ったことを苦しむことを知っていてあえてジュリとアリスの穏やかじゃない関係を伝えたのか?
この女は切なさに悶えるおれを見て、心の中であざ笑っているのだろうか。
考えすぎだ。
おれは鼻を鳴らした。
それでも隣で寝そべる先生ヅラする女が憎らしい。たとえそれが八つ当たりだとわかっていても。
それから数日後の夜、事件は起った。
おれがベッドに入るのに続けて、寝間着姿の先生が潜り込んでくる。
「ねえ、なにか面白いお話ししない?」
「面白い話? あたまのてっぺんからシッポの先まで真っ白な犬の話でも聞きたいか?」
「なになに、それ。面白そう」
先生は興味津々に身を寄せてくる。
おれは身体をひねって距離を取った。
「あるところに白いイヌがいました」
「真っ白な犬ね。シエラみたいね」
忘恩の野良イヌはいつしか真の主を忘れ、今やアリスの忠犬となっている。
どいつもこいつもおれから離れていきやがる。
「その犬は体も白ければ尾も白い」
「ふーん、面白い話じゃない」
声はベッドではなく、扉の方でした。
なんの前触れもなく部屋の扉がばっと開いた。
瞬間、顔面の筋肉が引きつった。
扉のところに生首が浮いていた。
女伯フォルザ――この部屋の元の主の生首が、人魂とともに空中にあった。
おれは目を疑った。
フォルザがなぜここに? しかも首だけで。
これは夢か、魔法か、まぼろしか、それともたちの悪いいたずらか。
おれは浅い呼吸を繰り返しながら、ベッドの上で半身の体勢をとった。
不気味な笑みを張り付けた女伯の首が、すうっ、と近づいてくる。
「フ、フォルザなのか!?」
「――そうよ。愛しのフォルザよ。久しぶりね。覚えていてくれてありがとう」
彼女の長い金髪が移動にあわせ、波のようにゆれる。
「な、なにしにきたんだ。そ、それも首だけで……」
「え? 首だけ?」
生首が傾いだ。
くくくっ、とフォルザが笑いはじめた。
「はははは、あははははははは」生首は大笑いを続ける。
哄笑は狂気の色をおび、漆黒の部屋に轟く。
とつぜん生首が崩れ落ち、床に転がった。
首は複雑なスピンがかかったピンポン玉みたいに前後にゆれる。
甲高い笑いが鳴りやむことはない。
驚愕が恐怖に勝った。
感情はしびれ、鳥肌すらたたない。
夢……夢……夢……これは悪夢だ。
夢と現実、正気と狂気、その境界は限りなく曖昧に感じられた。
「ぐはははは……ごほっごほっ」
突如、生首は苦しそうにせき込み始めた。
ん?
次の瞬間、生首がぽんっとはねた。
ヒエッ――
おれはしゃっくりのような不器用な悲鳴をあげた。
フォルザのとなりでゆれていた人魂がぬーっと近づいてくる。
「やーね。あたし生首じゃないわよ」フォルザのくちびるが動いた。
「ちゃんとよく見てよ」
おれの鼻先に近づいてきた人魂。
幽霊見たり枯れ尾花。
人魂と思った火はよくよく見るとランタンだった。
では、生首の正体は……?
おれはじーっ、と生首をみつめた。
生首もおれをじーっ、と見つめ返し――それからにっこりと愛嬌のある笑みを浮かべた。
なるほど――
種明かしをしよう。
なんのことはない黒い服を着たフォルザが扉から入って来ただけだのである。
部屋が暗すぎるせいで闇色の服が背景と同一化し、あたかも白い頭だけが浮かんでいるように見えただけだなのだ。
「なんだ、黒い服を着ているだけじゃないか」
ほっとするよりイラっとした。まるで子供だましのクイズにひっかかった気分だ。
「なんだじゃないわよ。ひとを幽霊みたいに扱っておいてなんて言い草なの」
フォルザは口をとがらせた。
「ところで、こんな夜更けになんのようだ?」
「いえいえ、大したことないんだけどね。きょうの午後たまたま鏡をのぞいたら、鏡の中にはとんでもないカワイ子ちゃんがいるじゃない。一体だれかと思ったら……なんとあたし! 喪服っていいわよね。粛然としていて謹厳としていて……でもそこは防備が固いからこそ檻を破りたくなるような背徳めいた誘惑があって。ねえ、ルー、あなたそういう魅力を感じない。あたしこんなに黒が似合うなんて思わなかった。だから、この姿をぜひ愛しのルーに見てほしかったの。ねえ、ルー。あたしは女だから男の子の気持ちはわからないけど……ほんとに何か感じない? じっくりなめまわすように見てよ」
女伯はおれの心をさぐるようにいった。
喪服は身体にぴったりと張り付き、妙に扇情的だ。これが港街での流行なのだろうか。
フォルザはなまめかしい凸凹を惜しげもなく見せつけた。
「いやとくになんとも――」
おれは彼女の身体にマネキン人形ほどの魅力も感じなかった。
「えー!! こういうの好みじゃないの?」フォルザは悲鳴を上げる。
「うん」おれはうなずく。
「そう」フォルザの声のトーンが落ちた。「そう、あたし自身は……自信があったんだけど。じゃ、じゃあ、気に入ってもらえそうなのを、別に考えてこなくちゃね」
語尾がかすかに震えていた。
「ところで――」フォルザは、急に語調を強めた。
おれは先生の姿が見えないことに気がついた。
静謐をやぶる乱入者が気づいた瞬間、先生は毛布の中にもぐりこんだのだ。
まるでオバケを怖がる子どものように。
頭から布団をかぶり、オバケを視界から消せば、襲撃を防げると勘違いした子どものように。
専門用語では草むらに頭を突っ込んだダチョウというらしい――どうでもいいな。
フォルザは悠然とベッドに近いた。
ベッドには不自然な山脈があった。
毛布の端をつかむ。
おれは毛布を軽くつかみ、弱々しい抗いを見せる。
フォルザがおれをにらんだ。
透き通った瞳の奥底には、怒りの種火が光を放ち始めていた。
ヘビに見つめられたかのように全身の力が抜けた。
隙を逃さず、フォルザは毛布をめくった。
「こいつ、何者?」
女伯はランタンでベッドの中を照らす。
光の中には、髪をほどいたエレニアの姿があった。
巣穴においつめられたウサギのように小さく丸まって震えている。
「こいつ、何者?」フォルザは繰り返した。
「家庭教師だよ。フォルザがやとったエレニア先生じゃないか」
「はあ?」フォルザは怪訝な顔をした。
「あたし、今日の晩飯、なに食ったか忘れるぐらい記憶力がわるいのよ」
フォルザはエレニアの手をつかんだ。
先生は悲鳴とともにベッドから転がり落ちた。
黒衣の暴君は、手にしたランタンを床に寝そべったエレニアに近づけた。
光と熱を間近にうけたエレニアがのけぞる。
フォルザが家庭教師の髪に手をやり、頭を持ち上げる。
「思い出した、思い出したわ。そういえばこんな感じの地味な女をやとった記憶があるわ。でも家庭教師ならだいぶ昔にクビにしたはずだけど――。ははーん。わかったわ。たしかあなた、女官のリュネットと仲が良かったわね。あのマヌケを丸め込んで再雇用してもらったのね」
フォルザはランタンをテーブルに置き、両手を二回叩いた。ぱんぱんという乾いた音が闇に消える。
屋敷はまったくといっていいほど無反応だった。
「あらあら、召し使いの訓練が行き届いていないようね。たるんでいるわよ。とはいっても、この家は、今は、あたしものじゃないんだけどね」
控え室に通ずるドアが開いて、アリスが顔をだした。
「旦那さま。なにかご用でー?」夢心地でアリスはいう。
「あ、ちょうどいいところにだれかきた。あなた、リュネットとかいうマヌケを呼んできて」
「あなた……どなただす?」
「うん、あたし? あたしはフォルザよ。この屋敷の昔の主よ」
アリスはあくびをしながら眠そうにをこすったあと、目をぱちくりさせた。
「ああ、フォルザさまだべー。お久しぶりだべー。いや、いよいよお美しくなって。いかんね。わし、こんな寝間着のままじゃ」
「服なんかどうでもいいわよ。さっさとリュネットを呼んできて」
「わ、わかったべ」アリスはそういうと、もう一度あくびをし裸足のまま廊下に出て行った。
「あの雌イヌは相変わらずのんびり屋さんね」
テーブルの上のランタンが、フォルザの顔に白と黒のはっきりとした陰影を作った。
金色の専制君主は、かつてやとった家庭教師を傲然と見下ろしていた。
「さーて、こっちの雌イヌはどうやって処理しようかしら」
喪服の女伯は、獲物を前にした雌獅子のような舌なめずりをした。
すべからく(当然のように)翌朝には極秘なはずのシグリア伯の死因も、フォルザの息子が新たなるシグリア伯にあることも、カルボニの全員が知るところになった。
もちろんフォルザが幼い息子の代わりにシグリアの港を支配するということもだ。
人々はこう前置きした上で語る。
「ほんとは話しちゃいけないんだけど、あんただけには話してあげる。もちろん、ほかの人にはナイショだよ」
おれは状況調査もかねて素知らぬ顔で街に繰り出した。
すれ違う人すれ違う人、他人の秘密をばらすとき特有のわくわく顔で話しかけてくる。
「ビッグニュースだよ、だんな。特別にだんなだけに教えてやる。となりの港の――え? もう知ってるって? 百遍は同じ話を聞かされたって」
おれが断るとかれらは露骨に舌打ちした。おまけに
「だんなも耳が早いな。井戸端女みたいに詮索好きとは思わなかったよ」
と、捨て台詞を吐くのであった。
どの口がほざくのじゃ。
セリーズは港町に行ったまま帰ってこない。
厄介ごとがないのはいいことだが、寂しくもある。
人肌が恋しいのか先生はその日もその次の日もおれのベッドにもそもそと潜りこみ、恩着せがましく添い寝をしてくれた。
暑苦しい夏のだというのに――。
雪のように美しい少年にふられたおれへの当てつけだろうか。
おれはジュリを甘く見ていた。
いつまでも出会ったばかりのボーイソプラノの少年ではなかった。
小鳥のさえずりのような声が、変声期を迎え落ち着いたテノールになるのに気が付かなった。
いや、意図的に気が付かないフリをしたのだ。
おれは、ジュリをいつまでもかわいい少年であると、舎弟だと、思いたがっていた。
ジュリがアリスになびいたと聞いてから、おれは話しかけるどころか目を合わせるのも苦痛になった。
あのバラ色の頬の少年か青年へと成長する瞬間、開いたばかりのユリの花のようにつややかでみずみずしい身体と魂をあか抜けない田舎娘に奪われてしまったのだ。
おれはとなりで寝息を立てる家庭教師の女を見た。
このアマは、おれが少年を失ったことを苦しむことを知っていてあえてジュリとアリスの穏やかじゃない関係を伝えたのか?
この女は切なさに悶えるおれを見て、心の中であざ笑っているのだろうか。
考えすぎだ。
おれは鼻を鳴らした。
それでも隣で寝そべる先生ヅラする女が憎らしい。たとえそれが八つ当たりだとわかっていても。
それから数日後の夜、事件は起った。
おれがベッドに入るのに続けて、寝間着姿の先生が潜り込んでくる。
「ねえ、なにか面白いお話ししない?」
「面白い話? あたまのてっぺんからシッポの先まで真っ白な犬の話でも聞きたいか?」
「なになに、それ。面白そう」
先生は興味津々に身を寄せてくる。
おれは身体をひねって距離を取った。
「あるところに白いイヌがいました」
「真っ白な犬ね。シエラみたいね」
忘恩の野良イヌはいつしか真の主を忘れ、今やアリスの忠犬となっている。
どいつもこいつもおれから離れていきやがる。
「その犬は体も白ければ尾も白い」
「ふーん、面白い話じゃない」
声はベッドではなく、扉の方でした。
なんの前触れもなく部屋の扉がばっと開いた。
瞬間、顔面の筋肉が引きつった。
扉のところに生首が浮いていた。
女伯フォルザ――この部屋の元の主の生首が、人魂とともに空中にあった。
おれは目を疑った。
フォルザがなぜここに? しかも首だけで。
これは夢か、魔法か、まぼろしか、それともたちの悪いいたずらか。
おれは浅い呼吸を繰り返しながら、ベッドの上で半身の体勢をとった。
不気味な笑みを張り付けた女伯の首が、すうっ、と近づいてくる。
「フ、フォルザなのか!?」
「――そうよ。愛しのフォルザよ。久しぶりね。覚えていてくれてありがとう」
彼女の長い金髪が移動にあわせ、波のようにゆれる。
「な、なにしにきたんだ。そ、それも首だけで……」
「え? 首だけ?」
生首が傾いだ。
くくくっ、とフォルザが笑いはじめた。
「はははは、あははははははは」生首は大笑いを続ける。
哄笑は狂気の色をおび、漆黒の部屋に轟く。
とつぜん生首が崩れ落ち、床に転がった。
首は複雑なスピンがかかったピンポン玉みたいに前後にゆれる。
甲高い笑いが鳴りやむことはない。
驚愕が恐怖に勝った。
感情はしびれ、鳥肌すらたたない。
夢……夢……夢……これは悪夢だ。
夢と現実、正気と狂気、その境界は限りなく曖昧に感じられた。
「ぐはははは……ごほっごほっ」
突如、生首は苦しそうにせき込み始めた。
ん?
次の瞬間、生首がぽんっとはねた。
ヒエッ――
おれはしゃっくりのような不器用な悲鳴をあげた。
フォルザのとなりでゆれていた人魂がぬーっと近づいてくる。
「やーね。あたし生首じゃないわよ」フォルザのくちびるが動いた。
「ちゃんとよく見てよ」
おれの鼻先に近づいてきた人魂。
幽霊見たり枯れ尾花。
人魂と思った火はよくよく見るとランタンだった。
では、生首の正体は……?
おれはじーっ、と生首をみつめた。
生首もおれをじーっ、と見つめ返し――それからにっこりと愛嬌のある笑みを浮かべた。
なるほど――
種明かしをしよう。
なんのことはない黒い服を着たフォルザが扉から入って来ただけだのである。
部屋が暗すぎるせいで闇色の服が背景と同一化し、あたかも白い頭だけが浮かんでいるように見えただけだなのだ。
「なんだ、黒い服を着ているだけじゃないか」
ほっとするよりイラっとした。まるで子供だましのクイズにひっかかった気分だ。
「なんだじゃないわよ。ひとを幽霊みたいに扱っておいてなんて言い草なの」
フォルザは口をとがらせた。
「ところで、こんな夜更けになんのようだ?」
「いえいえ、大したことないんだけどね。きょうの午後たまたま鏡をのぞいたら、鏡の中にはとんでもないカワイ子ちゃんがいるじゃない。一体だれかと思ったら……なんとあたし! 喪服っていいわよね。粛然としていて謹厳としていて……でもそこは防備が固いからこそ檻を破りたくなるような背徳めいた誘惑があって。ねえ、ルー、あなたそういう魅力を感じない。あたしこんなに黒が似合うなんて思わなかった。だから、この姿をぜひ愛しのルーに見てほしかったの。ねえ、ルー。あたしは女だから男の子の気持ちはわからないけど……ほんとに何か感じない? じっくりなめまわすように見てよ」
女伯はおれの心をさぐるようにいった。
喪服は身体にぴったりと張り付き、妙に扇情的だ。これが港街での流行なのだろうか。
フォルザはなまめかしい凸凹を惜しげもなく見せつけた。
「いやとくになんとも――」
おれは彼女の身体にマネキン人形ほどの魅力も感じなかった。
「えー!! こういうの好みじゃないの?」フォルザは悲鳴を上げる。
「うん」おれはうなずく。
「そう」フォルザの声のトーンが落ちた。「そう、あたし自身は……自信があったんだけど。じゃ、じゃあ、気に入ってもらえそうなのを、別に考えてこなくちゃね」
語尾がかすかに震えていた。
「ところで――」フォルザは、急に語調を強めた。
おれは先生の姿が見えないことに気がついた。
静謐をやぶる乱入者が気づいた瞬間、先生は毛布の中にもぐりこんだのだ。
まるでオバケを怖がる子どものように。
頭から布団をかぶり、オバケを視界から消せば、襲撃を防げると勘違いした子どものように。
専門用語では草むらに頭を突っ込んだダチョウというらしい――どうでもいいな。
フォルザは悠然とベッドに近いた。
ベッドには不自然な山脈があった。
毛布の端をつかむ。
おれは毛布を軽くつかみ、弱々しい抗いを見せる。
フォルザがおれをにらんだ。
透き通った瞳の奥底には、怒りの種火が光を放ち始めていた。
ヘビに見つめられたかのように全身の力が抜けた。
隙を逃さず、フォルザは毛布をめくった。
「こいつ、何者?」
女伯はランタンでベッドの中を照らす。
光の中には、髪をほどいたエレニアの姿があった。
巣穴においつめられたウサギのように小さく丸まって震えている。
「こいつ、何者?」フォルザは繰り返した。
「家庭教師だよ。フォルザがやとったエレニア先生じゃないか」
「はあ?」フォルザは怪訝な顔をした。
「あたし、今日の晩飯、なに食ったか忘れるぐらい記憶力がわるいのよ」
フォルザはエレニアの手をつかんだ。
先生は悲鳴とともにベッドから転がり落ちた。
黒衣の暴君は、手にしたランタンを床に寝そべったエレニアに近づけた。
光と熱を間近にうけたエレニアがのけぞる。
フォルザが家庭教師の髪に手をやり、頭を持ち上げる。
「思い出した、思い出したわ。そういえばこんな感じの地味な女をやとった記憶があるわ。でも家庭教師ならだいぶ昔にクビにしたはずだけど――。ははーん。わかったわ。たしかあなた、女官のリュネットと仲が良かったわね。あのマヌケを丸め込んで再雇用してもらったのね」
フォルザはランタンをテーブルに置き、両手を二回叩いた。ぱんぱんという乾いた音が闇に消える。
屋敷はまったくといっていいほど無反応だった。
「あらあら、召し使いの訓練が行き届いていないようね。たるんでいるわよ。とはいっても、この家は、今は、あたしものじゃないんだけどね」
控え室に通ずるドアが開いて、アリスが顔をだした。
「旦那さま。なにかご用でー?」夢心地でアリスはいう。
「あ、ちょうどいいところにだれかきた。あなた、リュネットとかいうマヌケを呼んできて」
「あなた……どなただす?」
「うん、あたし? あたしはフォルザよ。この屋敷の昔の主よ」
アリスはあくびをしながら眠そうにをこすったあと、目をぱちくりさせた。
「ああ、フォルザさまだべー。お久しぶりだべー。いや、いよいよお美しくなって。いかんね。わし、こんな寝間着のままじゃ」
「服なんかどうでもいいわよ。さっさとリュネットを呼んできて」
「わ、わかったべ」アリスはそういうと、もう一度あくびをし裸足のまま廊下に出て行った。
「あの雌イヌは相変わらずのんびり屋さんね」
テーブルの上のランタンが、フォルザの顔に白と黒のはっきりとした陰影を作った。
金色の専制君主は、かつてやとった家庭教師を傲然と見下ろしていた。
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