おれのあばずれお姫さま――ノースキルで異世界転生。「大丈夫! 養ってあげる」おれは巨乳の姫のヒモになる

ほろのやかん

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第六十八話:あたしと踊りませんか?

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「で、ちょっと確認なんですけど」
 フォルザが市長よりは物分かりが良さそうなオルガル卿にいった。
「今晩、止めてほしい方々がいるの。お金は相場で払うわ」
「わが街は身元の保証があって宿賃さえ払ってくれれば、いつだってだれだって歓迎です」
 オルガル卿はこともなげにいった。
 フォルザは勝ち誇ったように眉を上げ、市長を見た。
「フォルザさま。この街には何日ぐらいの滞在のご予定で? まさか、ペンネのようなわびしい街をひと回りして帰路につくというわけでもございませんでしょう」オルガル卿がたずねる。
「おっしゃる通りよ。行くべきところは他にもあるわ。当初はこの美しい街に一週間滞在しようかと思ったけどそんなことしたら情が移って動けなくなる。三日……ちょうど三日後、出発するわ」
 最初はしゃちほこばっていたオルガル卿も、「三日間」という言質がとれるやいなやわかりやすいほどに相好そうごうを崩した。
「かしこまりました。では三日間、街をあげて歓待させていただきます。もちろん滞在費用はこちらでもちます。公爵代理閣下から金をせびろうなんて考えたこの耄碌もうろくをどうかお許しください」
「ありがとう、恩に着るわ」フォルザはさも当然といったようすでこたえた。
 それからおれのほうを振り向いて舌を出した。
「いいようにあしらわれたわ。本当は一カ月寄生してこの街の備蓄をぜーんぶしゃぶりつくす予定だったのに」

 というわけで幸運な三百人の酔っ払いはベッドの上で眠れることになった。
 金貨一枚の遊び賃まで支払われる。いたせりつくせりだ。
 家々の二階から白いまなざしが注がれる中、ならず者がようようとペンネの門をくぐる。
「ふふふ、ここまで来てくれたお礼よ。こころゆくまで羽根を伸ばしてね」
 フォルザは浦安のネズミ国のキャストさながらの愛想を振りまきながら、街に入る酔っ払いどもひとりひとりに金貨を手渡した。
 酔っ払いをすべて街に押し込んだあとフォルザは白目をむいた。
「やることはやったわ。恩義を感じて喜んで命を捨ててくれるといいんだけど? 自分のかわりに矢受けしてくれる人間を用意するってのは考えるほど楽じゃないわね」
 金貨一枚を現在の貨幣価値になおすと五万円。
 配る人数は三百人。三百人×五万円で、つまり一瞬にして千五百万円が消えたことになる。
 いつの時代も人件費こそ最大のコストなのだ。

 その晩、街の中心の市庁舎でパーティが開かれた。
 市庁舎のダンスホールはきらびやかな美男美女で埋め尽くされた。
 中央には巨大なシャンデリア、壁際には銀の燭台。幾千ものロウソクが山火事のようにホールを照らしている。
 白黒格子模様の大理石のフロアは鏡のように磨き上げられていた。
 肉と肉と肉。酒、酒、酒。おまけで果物。ぜいたく品が惜しげもなく振舞われる。
 デブの市長の乾杯の音頭を皮切りに、楽団が演奏を開始した。
 眠くなるようなゆったりとした曲だ。
 人々は音楽にあわせて雑然と弧を描くように踊った。
「フォルザさま、申し訳ございません。なにぶん間に合わせの素人楽団で……事前にいってくだされば腕の立つ楽師を集めてきたのですが……」
 そっと近づいてきたオルガル卿がフォルザにわびる。
「いえいえ、なかなかお上手よ。あたしはこの街にダンスを踊りにきたわけじゃないから」
「そうですか。しかしうたげは宴。どうか楽しんでいってください」
 枯れた老人はそういうと酒の入ったグラスをもって立ち去った。

 宴もたけなわとなり、たらふく飲んだ踊り手たちは千鳥足のタコ踊りを始め、疲労を見せ始めた奏者が刻むリズムはだらしなく乱れ始める。
「ねえ、ルー。わたしたちも踊らない?」
 フォルザの吐く息は酒臭い。相当酔ってる。
「踊りかた、知らない」おれは断る。
 んふふ、とフォルザは笑った。
「見て! 酔っぱらって身もだえする人は大勢いるけど、まともに踊ってる人間はひとりもいないわ」
 フォルザは強引におれの手を取った。
「さ、行きましょ。心配しないで。あたしがリードするから」
 とはいってもスカートをひるがえすフォルザのダンスもまた踊りとはいえないような代物シロモノだった。
 たとえるならハンマー投げ。
 おれとフォルザは音楽のリズムなんてまるで無視し、唖然あぜんとする人々を弾き飛ばしながら竜巻のように部屋を暴れ回った。
 長い金髪から汗をほとばしる。フォルザは子供のように口を開けて笑っていた。
 お互いに汗をかいて、握りしめた手と手がしっとりと湿り、するりとすべる。
 フォルザが口を開けた。
 見る間に驚く顔が遠ざかっていく。
 おれは遠心力に従ってダンスフロアを飛ぶように横切り、壁に衝突した。
 衝撃で近くの燭台の火がゆらゆらとゆれた。
 音楽がとまった。
 人々は踊るのをやめ、一斉におれを見つめる。
「大丈夫? 足を滑らせちゃった?」
 フォルザが駆け寄ってきた。心配そうな表情でのぞき込む。
「いや、大丈夫だよ」
 おれは後頭部を手で押さえた。痛みより恥ずかしさが勝った。
 音楽が再開した。ふたたび、美男美女がタコ踊りに没頭ぼっとうする。
「少し休みましょう。控え室はないかしら?」

 フォルザはおれを抱っこし、控え室まで運びソファに寝かしつけた。
「ごめんね、頭うった? 痛い?」
 耳すませばかすかに音楽が聞こえる。ダンスパーティの喧騒けんそうは月面での出来事のように遠くにあった。
 控え室はおれとフォルザ、ふたりだけの世界だ。
「いや、大丈夫だ」
「ねえ」
「ん?」
「ルー、あなた、あたしのこと、好き?」
「こたえていいのか?」
 おれは念のため確認した。
 本音を――真実を知ることは必ずしも幸せなことではない。
 エレニアを屋敷から追い出したあの晩、フォルザはおれのこたえを聞くのをこばんでいた。
「――うん」
 短い沈黙。かすかなためらい。
「――あんまり」おれは本心でこたえた。「あんまり好きじゃない」
「そっかー」
 天井を見つめていたおれの視界にフォルザの顔が割り込んできた。
 フォルザはソファに手を突き、おれのからだにおおいかぶさっている。
 秋空みたいに透きとおった瞳がおれを見つめている。
 垂れ下がった金色の髪が、おれの胸の上で曲がりくねった小川になる。
 息が詰まった。
 おれは眼前にそびえるフォルザの顔から目を背けた。
「――やっぱり、ね」
 フォルザは鼻をすすった。
「そうだと思った」
 長い沈黙。
「なあ女伯閣下?」
「そんな堅苦しい呼び方はやめて」
「なあ、フォルザ……」
「なに?」
「ひとつ聞いていいか?」
「いくらでも聞いて」
 フォルザの吐息は熱っぽい。
「なぜおれを囲った? なぜおれを荒野にほっぽり出さなかった? 四年前、なぜおれを野盗の一味だと思わなかったのか?」
「ひとつじゃなくて、みっつじゃない。このよくばり」
 フォルザはさびしそうに笑った。
「ねえ、ルー。ひとを愛するのに理由はいると思う?」
 わかんねえな。
 でも、おれはそのことを口には出さなかった。
「気取りすぎかしら……そうね。理由のひとつはね……」
「ひとつの理由は?」
「ひげをそっていたことかしら?」
「は!?」
 意外すぎる返答におれはソファから跳ね起きた。
 フォルザは一瞬、驚いたようにおれを抱き留め、そのあとゆっくりとおれの胸に手を当てると、軽く押し離した。
 おれとフォルザはとなり同士にソファに座って話を続ける。
「たったそれだけの理由?」
「それだけって……野盗の一団からむき卵みたいなすべすべ肌をもった男の子が出てくるなんて珍しいじゃない。ああいう賊は押しなべてひげを生やすもんよ。それにあなたは若くかわいかったし……」
「うん」
 おれは意味のない相槌をうった。『かわいい』といわれて喜べるほどおれは子供じゃない。
「その上、あなたは盗人のアジトに火つけて賊どもをいぶりだしたわ。ピンときたわ。乙女のカンね。この人、なにか特殊能力をもってる。きっと怪物のような、竜のようなすごいなにかが。あたしのカンってすごいから二回に一回はコインの裏表を当てられるし、六回に一回はサイコロの目を当てられるのよ」
 確かにすごい。確率通りだ。
「ケツから火が出る、それのどこが魅力的だよ」
 唇がゆがむのを感じた。おれは皮肉っぽい笑みを浮かべているだろう
「口から火を吐く方が恰好かっこうよかったかもしれないわね。でもなんかの能力があれば、あたしは構わなかった」
 フォルザはおれにもたれかかると、ほおをなでた。
「すべすべね。ホント良かった。あたしの目に狂いがなくて……ねえ」
「なに?」
「キスしていい?」
「……ダメ」
「ざーんねん」フォルザが口をとがらせる。
 だしぬけにノックの音が部屋に響いた。
 フォルザがドアの方を向く。
「なに?」
「失礼いたします、フォルザ閣下。客室のご用意ができました」
 使用人がドア越しに話しかけてきた。
「一部屋だけ?」
「はい、一部屋ご用意いたしました」
「二部屋用意して」
「かしこまりました」ドアの向こうの足音が遠ざかっていく。
「男女の逢瀬おうせをジャマするとは礼儀の足りない執事ね、まったく」
 フォルザがソファから立ち上がる。
 部屋を横切り、戸口のそばまで歩いた。
 フォルザはドアノブをつかむと、なにか思い出したかのように振り返った。
「ルー、もしあなたがあたしの愛情を同情とか憐憫れんびんと感じているなら……それは大きな誤解」
 フォルザはノブをひねった。
「この一幕が出来損ないの芝居ならもうじき終幕エンディングね。だって登場人物が不自然に思いのたけを打ち明け始めるんですもの」
 そういって彼女はうつむいた。
「気が変わったらあたしの部屋をたずねて。いつでも歓迎するわ」
 ばたんという無機質な音を残し、フォルザは部屋を去った。
 愛情? 同情? 憐憫れんびん? おれは首をかしげた。
 フォルザのいっていることがわからない。
 おれが感じていることをあえて言葉にするなら――フォルザのおれに対する感情は愛ではない。
 あこがれだ。
 人々が夜空の星々を手に取りたいと思うようにフォルザはおれにあこがれを抱いている。
 根拠はない。だが、本能では確信していた。
 だから、おれもお返しに夜空の星のように高く高く輝かなければならない。
 もし彼女の指がおれに触れるところまで伸びたなら、おれは美しい星なんかじゃなくて日差しを浴びてキラキラと輝く舞い上がった床のホコリに過ぎないことがバレてしまう。
 その時フォルザはあっさりとおれを見捨てるだろう。
 断言できる。
 おれがフォルザを愛することはない。
 おれが一度でもフォルザにこころを寄せたなら、このぬるま湯のような居心地の良い日常が跡形もなく壊れてしまうだろう。

 その夜、おれは休憩室のソファで寝た。
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