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第十五話:あばずれ姫とおさんぽ
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異世界にも春がきた。芝生にも垣根にも目が痛いほどの緑が映える。
暖炉の火は消され、二人組の侍女が肩車をしながら煙突のすす落とをした。
南の窓からは早朝から乙女たちの「えい!」だの「やー!」だの気合いをつける甲高い声が聞こえてくる。
修道騎士団とかいうのが訓練を始めたようだ。
しかし、わたしはまだ小屋に閉じ込められていた。
わたしはことあるごとにお外に出たいとぼやいた。しかしそのたびにエレニア先生に止められた。
軟禁状態はまだ解除されていないらしい。
わたしは日課となった窓際でのうたたねを始めた。
窓は細く開けられ、隙間から入り込む風がほおをうららかになでる。
ばたばたと騒がしい足音がし、小屋のドアが開いた。
「ルー、元気!? こんないいお天気の日に、部屋で閉じこもっているなんてもったいないわよ」
フォルザだ。バラ色の顔には大雑把な笑みが浮かんでいる。
金色の上着に短い白色のスカート、長い革のブーツがむき出しの白い太ももの大部分をおおっている。
「おもてに馬を用意したわ。遠足よ。一緒に遠足に行きましょ」
そういうとフォルザはエレニア先生をきっとにらんだ。
「家庭教師の先生はお留守番ね――さあ、ルー。行きましょ」
フォルザはわたしの手を引くと、強引に庭へと連れ出そうとする。
わたしは出入り口まで引きずられるように歩き、なんとかドアそばで振り返った。
椅子から腰を浮かした先生と目が合った。
エレニア先生の口がなにかいいたげに動いていた。しかし、言葉はない。
先生はフォルザに気圧されていた。
それでも……瞬きひとつない目。
驚愕で見開かれた彼女の瞳には隠し切れない青い炎が宿っていた。
わたしは半年ぶりに外気を浴びた。
春の日差しが頭上から降り注ぎ、意識が遠のいていく。
冬の間に吸血鬼になったのかな?
太陽光線を浴びた吸血鬼のように灰になりそうだった。
「大丈夫? 長い間の牢獄暮らしで足腰弱っちゃった? ずいぶん顔も白くなっちゃって。ほら、肩を貸すわね」
フォルザは朦朧とするわたしの脇に肩を入れるとしっかり支えた。
「ゆっくり、ゆっくり行きましょ」
フォルザはわたしを庭に止められた青毛の馬のところまで引っ張っていった。
青毛はぶるぶるっといななき、片目だけでわたしを見た。見下すような態度だ。
「怒らない怒らないの」フォルザは赤子をあやすように青毛の頭をなでた。
「ルー、あなた、馬に一人で乗れないわよね。ちょっと待ってね」
フォルザはひょいと馬の背に飛び乗った。続けて彼女はわたしを左腕一本で抱え込むとトラッククレーンみたいに楽々と馬上につりあげた。
補助輪付きの乗馬は二回目だ。
背中にむにゅっとしたものが押し付けられ、わたしは一瞬身を固くした。
「どうしたの? なんか変なところつかんじゃったかな?」
フォルザの吐息は甘い。
そんなことない。ただ背中にうれしいとも、いかがわしいともいえない感触を覚えてしまっただけだよ。
わたしは首を横に振る。
青毛が怒ったようにいなないた。
「はいはいはい落ち着いて落ち着いて。悪い人じゃない。悪い人じゃないから。ごめんね。ふたりのせて重いよねえ。でも我慢して」
フォルザはわたしのからだ越しに手を伸ばし、馬のたてがみをなでた。
青毛はすぐに平常心を取り戻した。
「甘えん坊ね」フォルザがつぶやく。
フォルザは手綱をとると、白い柱が何本もそびえる屋敷の洒落たポーチまで並足で歩かせた。
ポーチにはフォルザのお付きが勢ぞろいしている。
馬に乗ったのがふたり。
丸々と肥えて前髪がハゲあがった老人。頑丈な馬に乗っている。腰には刀を帯び、左ほおには刀傷がある。歴戦の兵といったたたずまい。彼が失脚寸前のエミンガム将軍だろう。
もうひとりは山賊からの救出劇で会ったことがある、赤毛の淫乱女騎士団長アストレア。エミンガムのライバル。相変わらず鈍色のフルフェイスの兜をかぶっていて、顔立ちはうかがえない。
縦格子の面頬を深々と下ろし、文字通りの銀色の鉄面皮をさらしている。よっぽど恥ずかしがり屋と見える。
アストレアは、今日にも競馬に出せそうなスラリとした駿馬に跨っていた。
このふたりがフォルザさま春の遠足の弁当持ちなのだろう。
ほかにもふたりの見送りの者がいる。
ひとりは誕生日に棺桶をプレゼントされそうな枯れ枝みたいな老人。彼がセネタース議長。
もうひとりは長袖のワンピースの上からベージュのショールを羽織ったメガネの若い女性。まぶしげに目を細める仕草が知性を感じさせる。が、眉間のシワを見るに、単にメガネの度があっていないというのが真相だろう。彼女がリュネット。エレニア先生の知り合いだ。
「セネタース、リュネット。お忙しい中、見送りありがとね」
フォルザは笑顔で手を振る。
「姫さま、どうかごムチャをなさらずに……」セネタース老人がしわがれ声でいう。
「失礼ね。いつあたしがムチャしたっていうのよ……」
「そりゃ、いつも」老人はごにょごにょといった。
「さささ、か弱き乙女とご老人を留守番に残して仲良く物見遊山に行くわよ。目指すは南の国境よ!」
暖炉の火は消され、二人組の侍女が肩車をしながら煙突のすす落とをした。
南の窓からは早朝から乙女たちの「えい!」だの「やー!」だの気合いをつける甲高い声が聞こえてくる。
修道騎士団とかいうのが訓練を始めたようだ。
しかし、わたしはまだ小屋に閉じ込められていた。
わたしはことあるごとにお外に出たいとぼやいた。しかしそのたびにエレニア先生に止められた。
軟禁状態はまだ解除されていないらしい。
わたしは日課となった窓際でのうたたねを始めた。
窓は細く開けられ、隙間から入り込む風がほおをうららかになでる。
ばたばたと騒がしい足音がし、小屋のドアが開いた。
「ルー、元気!? こんないいお天気の日に、部屋で閉じこもっているなんてもったいないわよ」
フォルザだ。バラ色の顔には大雑把な笑みが浮かんでいる。
金色の上着に短い白色のスカート、長い革のブーツがむき出しの白い太ももの大部分をおおっている。
「おもてに馬を用意したわ。遠足よ。一緒に遠足に行きましょ」
そういうとフォルザはエレニア先生をきっとにらんだ。
「家庭教師の先生はお留守番ね――さあ、ルー。行きましょ」
フォルザはわたしの手を引くと、強引に庭へと連れ出そうとする。
わたしは出入り口まで引きずられるように歩き、なんとかドアそばで振り返った。
椅子から腰を浮かした先生と目が合った。
エレニア先生の口がなにかいいたげに動いていた。しかし、言葉はない。
先生はフォルザに気圧されていた。
それでも……瞬きひとつない目。
驚愕で見開かれた彼女の瞳には隠し切れない青い炎が宿っていた。
わたしは半年ぶりに外気を浴びた。
春の日差しが頭上から降り注ぎ、意識が遠のいていく。
冬の間に吸血鬼になったのかな?
太陽光線を浴びた吸血鬼のように灰になりそうだった。
「大丈夫? 長い間の牢獄暮らしで足腰弱っちゃった? ずいぶん顔も白くなっちゃって。ほら、肩を貸すわね」
フォルザは朦朧とするわたしの脇に肩を入れるとしっかり支えた。
「ゆっくり、ゆっくり行きましょ」
フォルザはわたしを庭に止められた青毛の馬のところまで引っ張っていった。
青毛はぶるぶるっといななき、片目だけでわたしを見た。見下すような態度だ。
「怒らない怒らないの」フォルザは赤子をあやすように青毛の頭をなでた。
「ルー、あなた、馬に一人で乗れないわよね。ちょっと待ってね」
フォルザはひょいと馬の背に飛び乗った。続けて彼女はわたしを左腕一本で抱え込むとトラッククレーンみたいに楽々と馬上につりあげた。
補助輪付きの乗馬は二回目だ。
背中にむにゅっとしたものが押し付けられ、わたしは一瞬身を固くした。
「どうしたの? なんか変なところつかんじゃったかな?」
フォルザの吐息は甘い。
そんなことない。ただ背中にうれしいとも、いかがわしいともいえない感触を覚えてしまっただけだよ。
わたしは首を横に振る。
青毛が怒ったようにいなないた。
「はいはいはい落ち着いて落ち着いて。悪い人じゃない。悪い人じゃないから。ごめんね。ふたりのせて重いよねえ。でも我慢して」
フォルザはわたしのからだ越しに手を伸ばし、馬のたてがみをなでた。
青毛はすぐに平常心を取り戻した。
「甘えん坊ね」フォルザがつぶやく。
フォルザは手綱をとると、白い柱が何本もそびえる屋敷の洒落たポーチまで並足で歩かせた。
ポーチにはフォルザのお付きが勢ぞろいしている。
馬に乗ったのがふたり。
丸々と肥えて前髪がハゲあがった老人。頑丈な馬に乗っている。腰には刀を帯び、左ほおには刀傷がある。歴戦の兵といったたたずまい。彼が失脚寸前のエミンガム将軍だろう。
もうひとりは山賊からの救出劇で会ったことがある、赤毛の淫乱女騎士団長アストレア。エミンガムのライバル。相変わらず鈍色のフルフェイスの兜をかぶっていて、顔立ちはうかがえない。
縦格子の面頬を深々と下ろし、文字通りの銀色の鉄面皮をさらしている。よっぽど恥ずかしがり屋と見える。
アストレアは、今日にも競馬に出せそうなスラリとした駿馬に跨っていた。
このふたりがフォルザさま春の遠足の弁当持ちなのだろう。
ほかにもふたりの見送りの者がいる。
ひとりは誕生日に棺桶をプレゼントされそうな枯れ枝みたいな老人。彼がセネタース議長。
もうひとりは長袖のワンピースの上からベージュのショールを羽織ったメガネの若い女性。まぶしげに目を細める仕草が知性を感じさせる。が、眉間のシワを見るに、単にメガネの度があっていないというのが真相だろう。彼女がリュネット。エレニア先生の知り合いだ。
「セネタース、リュネット。お忙しい中、見送りありがとね」
フォルザは笑顔で手を振る。
「姫さま、どうかごムチャをなさらずに……」セネタース老人がしわがれ声でいう。
「失礼ね。いつあたしがムチャしたっていうのよ……」
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