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2.鬼の手助け
過去の記憶と目覚め
しおりを挟む「おじいちゃん! ここを開けてよ!!」
離れの庵が、ジェードの仕置き部屋だった。ジェードが勉学や武術を怠ると必ず入れられる。しかし、日に日にこの庵に閉じ込められる事が多くなった。
幼いジェードの手の甲は、扉を叩き過ぎて皮が破れて血が滲んでいた。日が沈んで、灯りの無い庵は暗闇に飲まれていく。辺りが暗くなるのが、ジェードはとても恐ろしかった。
「ごめんなさいごめんなさい!! 僕もっと頑張るから!! ここを出して!!」
ジェードの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。幼い子が暗闇を恐れるのは当然の感情である。祖父はそれでも、ジェードを解放してくれなかった。
手の感覚がなくなり、扉を叩く力の無くなったジェードは膝に顔を埋めて静かに泣く。一人の夜が、ジェードの恐怖心を増大させていく。
「何だ、お前。こんな暗闇が怖いのか?」
そんな中話しかけてきたのは――
**
ジェードはゆっくりと目を開いた。少しの間夢と現実の狭間で揺れ動いていたジェードの意識だったが、見知らぬ天井を見て一気に現実へと引き戻された。
「——っ、ここは!?」
ジェードは勢いよく上半身を起こした。眠気の醒めたジェードの頭の中で、意識を失う前の記憶が少しずつ思い出されていく。
(確か、セルリアさんを連れて何処かの村に着いて――安心しきった僕はそのまま気を失ったんだ――!)
「セルリアさんっ!?」
ジェードはベッドから下りるとセルリアの姿を探す。ここは家の一室のようだった。ベッドとチェストくらいしかない殺風景な部屋だ。窓から漏れる陽の光が丁度昼時を知らせている。外を見てみると、ジェードが意識を失う前に見た風景が広がっていた。
「あ……。牢じゃ、ない」
一先ず地下牢に連れ戻されていない事に安堵した。だが、セルリアの姿はない。扉から外へ出ようと試みようとした時——
「あ、ジェード起きた?」
扉が開いて、セルリアが顔を覗かせた。セルリアの無事な姿を見て、ジェードの緊張感は一気に解けた。
「セルリアさん……良かった、無事で」
「ジェードも無事起きて安心したよ。三日も寝ていたんだからね」
「三日も!?」
まさか自分がそんなに眠りこけていたとは思いもしなかったので、驚愕してしまった。すると、セルリアは慌てた様子でジェードの口を押えた。
「ジェード、静かに! もしかしたら兵に見つかっちゃうかもしれないから……」
そう言われて、ジェードはハッとして窓から景色を見る。先程は焦っていて気が付かなかったが、一つの村にしてはやけに兵士が出歩いているのが見えた。
「あれは……」
「屋敷からの追っ手みたい。ここの家主さんが匿ってくれているの」
セルリアは何も知らないジェードに説明をする。
ジェードが倒れた後、ここの家主が事情を知っても匿ってくれた事、程なくして兵士達がこの村までやって来て自分達を捜索している事——
ジェードは魔王への献上品だったので、ビアン達も本気で捜索しているのだろう。事の重大さに、ジェードは顔を青ざめさせた。
「すみません、セルリアさん……。僕がずっと眠っていたせいで、ここから動けなくなってしまったんですよね」
「ジェードが私を連れて逃げてくれなかったら、今頃死んでいたよ。今私が生きているのは貴方のお陰。だから、謝らないで」
セルリアはそう言ってくれたが、せっかく逃げ出しても辺りを包囲されていたら外に出る事が出来ず、移動が出来ない。この家にずっといるわけにはいかない。ジェードが晴れない表情をしていると、セルリアの背後から50代くらいに見える細身の女性が現れた。
「目覚めたかしら?」
「あ、ちょうど今目を醒ましたんですよ。ジェード、この人はここの家に住むリーエンさん。私達の事情を知っても、ここへ匿ってくれたの」
「そんな……バレたら大変な事になってしまうというのに……」
「良いのよ! 最近のアンセットのやり方が嫌いだし、悪い人達に見えなかったからさ」
「本当にありがとうございます」
ジェードが目を醒ましたという事で、リーエンは温かい料理をたくさん作ってくれた。兵に追われる二人を匿うのは危険行為だというのに、更に食事まで振舞ってもらい、ジェードは感謝の心でいっぱいだった。
それと同時に、見ず知らずの二人にここまでしてくれるリーエンを疑問に思った。それを問うと、リーエンは歯を見せて笑った。
「貴方を見ていると、何だか遠方にいる私の息子を思い出してさ」
「あ、分かります。あたしも弟を思い出すんだよね」
セルリアは弟、リーエンは息子の事で二人に話の花が咲く。あまりにも緊迫感の無い二人にジェードは嘆息したが、罪悪感が少しだけ和らいだ。
「そういえば、僕の服……用意してくれたんですね。ありがとうございます」
落ち着いたところで、ようやく自身の衣服が変わっている事に気付いた。故郷でずっと着ていた和服は、黒い衣服に変わっていた。サイズが合っていないようで上下どちらもダボダボだ。ワンポイントで鮮やかな緑色のラインが惹かれており、いつもくすんだ色の和服ばかり着ていたジェードは、少し派手に感じた。
「ああ、それは昔主人が着ていた服でね。何て言ったっけ……フュー……」
「フューエンドですか?」
「そうそう。今は国交断絶しているけど、昔は自由に行き来出来たのよ。これは二人で旅行へ行った時に買ったものなのよ。少し変わった雰囲気で面白いでしょう?」
ジェードは情勢に疎かったので、フューエンドがどのような国か知らなかったが、セルリアが「ここよりも文化が進んでいる国」と教えてくれた。
確かに昔リーエンの主人が着ていたにしては、近未来のような印象を受けた。
(って事は、セルリアさんかリーエンさんが着替えさせてくれたって事かな……)
リーエンの主人は現在漁へ出て数か月戻っていないそうなので、意識のないジェードを着替えさせたのは二人のどちらかという事になる。
(……聞かない事にしよう)
知らない方が良い事もある。ジェードは疑問を自分の中から消し去った。
料理を全て平らげ、後片付けの手伝いをしたジェードは、眠っていた部屋に戻り、カーテンをそっと捲って外の様子を確認する。
小さな村では、兵士がやけに目立つ。この村にいる兵士はそれ程多くなさそうだが、変装してやり過ごそうにも、怪しまれて声を掛けられそうだ。
「逃げたはいいものの、あちこち兵士だらけだね」
いつの間にかセルリアがジェードと共に窓を覗き込んでいた。距離の近さにジェードの心臓が飛び跳ね、思い切り後退った。
「せ、セルリアさんっ! 近い……!」
「え? 何を言っているの。私にプロポーズしておいて」
「プロッ……!!」
瞬間、ジェードの脳裏にセルリアに求婚した事が一気に蘇り、顔に熱が溜まっていった。
「す、すみません! 突然プロポーズしてしまって!! あれは忘れてください!!」
「そんなの忘れられるわけがないじゃん。あたし、初プロポーズだったんだよ?」
「ひ、ひえ……」
少し意地悪そうに笑うセルリアに詰め寄られ、ジェードは顔を真っ赤にして背中を壁に張り付けた。
正直言うと、一目惚れだった。どうしてこんなに綺麗な人が傭兵をやっているのだろうと思ってしまう程、セルリアに見惚れてしまった。
リュウソウカではほとんど家に閉じ込められており、女性と関わった事がほとんどなかったので、セルリアと初めて会った時は随分と素っ気ない態度を取ってしまったと思う。
初めて龍の変化に成功し、セルリアを抱えて夜通し走っていたら感情が昂ってしまったらしい。まだ会って二日程の女性に、ジェードはプロポーズをしてしまった。
あまりの恥ずかしさから、セルリアの顔を直視出来ず、自分の顔を手で覆う。
「えっと、あの……その節は……本当に申し訳なく思っております……」
「んー? どうして謝るの?」
「会ったばかりの男にプロポーズされるなんてキモイですよね……。貴重な初プロポーズを頂いてしまい、本当に申し訳なく……」
「誰がキモイって言った?」
少し怒気を含んだ声に、ジェードは思わず顔を覆う指の隙間からセルリアの表情を確認する。彼女は、真剣な表情でジェードを真っ直ぐと見据えていた。
「ジェードは軽はずみにプロポーズするような人じゃない。あたしは、あのプロポーズは本気でしてくれたと思っているよ」
「せ、セルリアさん……」
てっきり笑い飛ばされてしまうと思っていたが、セルリアは真剣に受け取ってくれていた。それが気恥ずかしく、とても嬉しかった。
セルリアは、そっとジェードの頬に手を添える。
「だから、本気で考えさせて欲しい。答えが出るまで待ってくれる?」
「ひゃ、ひゃい……」
真っ赤な顔で何度も頷くジェードに、セルリアは優しく微笑んだ。
「よし、決まり! とりあえず、今はこの状況を打開しないとね!」
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