引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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3.毒龍の住まう湖

毒に汚染された島

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 ジェードは龍に変化出来るだけで、普通の人間だ。セルリアはそう認識していた。
 だが、この一晩で認識にヒビが入る事となった。

 微かな物音に目覚めると、ちょうどジェードが下の二段ベッドから起き上がって外へ出るところだった。フラフラした足取りに不安を覚えて後を追ってみると、船首から飛び降りるジェードの姿があった。
 セルリアは慌てて自分も飛び降り、ジェードを救出する。彼は飛び降りた記憶が無かった。
 その直後、二人してウミヘビに呑み込まれてしまう。息が続かない中、どうにか脱出できないかと暗闇の中で手探りをしていたが、息が続かずここで意識を失ってしまう。
 ここで生が終わってしまったかと思えば――セルリアは再度意識を取り戻した。ずぶ濡れの自分が横たわっていたのは、何処かの海岸だった。
 起き抜けの頭ですぐ理解出来ず、少しの間放心していると、背後から耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。
 振り返ってみると、そこには体長十メートルはありそうな真っ青なウミヘビの腹を鋭い爪で切り裂く男の姿があった。
 深緑色の髪に黒い衣服は、彼がジェードだという事を証明している。だが、額の二本の角と、頬や手に生えた翡翠色の鱗、そして鋭い爪——彼は二度目の龍化をしていた。

「ジェ――」

 名前を呼ぼうとして、彼の異様さに声が出せなくなってしまった。
 ウミヘビを爪で切り裂き、大量の血を浴びながら――ジェードは笑っていた。今まで見た事のない歪んだ笑顔だった。
 ウミヘビに抗う力が無くなり、身体を砂浜に横たえたところで、ジェードの動きはようやく止まった。
 ジェードが、首を捻ってこちらを見る。二本の角によって長い前髪は押し上げられているので、赤い瞳が露わになっている。
 その瞳に、彼の温和さは全く感じられなかった。何の感情も感じられない。その瞳に、何度も死地を切り抜けてきたセルリアでさえも恐怖を感じる。
 やがて、ジェードはポツリと呟く。

「……ああ、まだ勝手が効かんな……」
「……え?」

 その瞬間、角と鱗が消え去り、いつものジェードの姿に戻った。恐る恐る名前を呼んでみれば、いつものジェードだった。
 あの時のジェードは明らかに彼ではなかった。急に倒れこんでしまったジェードに膝枕をし、いつも通りの彼に安堵する。

(今のは一体どういう事だったの? あれは――ジェードではなかった)

 理由を聞きたかったが、この島に住むアイカが現れた為、心の中に留めてしまった。
 嫌な予感がセルリアの心を占めていく。この嫌な予感が、気のせいである事を祈るしかなかった。


 セルリアとジェードは、アイカに連れられてキオ島の集落に来ていた。キオ島は海に囲まれている為、貴族が旅行地として訪れる事が多い。しかし、ここ最近は貴族達の足が遠のいているという。
 集落ですれ違う人々は何処か覇気が無く、痩せこけている人が多い。前を歩いて誘導するアイカも同様だ。

「キオ島は貴族の方々が訪れる事で収入を得ていました。しかし、今は毒龍様が封印から解かれた事により、貴族の方々はこの島に訪れる事を避けています」
「その毒龍というのは何なの?」
「毒龍様は、キオ島に遥か昔から住む龍です。キオ島の真ん中にあるマシロ湖という所を住処としています。昔は、この島の守り神として祀られていました」
「へえ……。龍が守り神かあ……」

 龍を守り神として祀るのは、東の国ではよくある事だ。アンセット領のキオ島だが、東の国にも近いので、風習が伝わっているのだろう。

「でも“毒”龍って何だか禍々しいイメージだね。封印されていたわけだし、その毒龍が悪さしたって事?」
「毒龍様と人々は昔は共存していました。しかし、人々の愚かさに怒った毒龍様は住処のマシロ湖から毒を発生させ、多くの人々の命を奪いました。その為、とあるお方に封印されたと言われています」
「成程ね……。そんな毒龍さまの封印が解かれてしまったと……年月が経って封印が弱まってしまったのかな? ジェードもそう思う?」
「あの、セルリアさん……。僕、もう歩けるので下ろしてください……」

 ジェードはセルリアに背負われていた。女性に背負われるのは恥ずかしいようで、顔を真っ赤にしているのが見ないでも分かった。

「満身創痍なのに何を言っているの。アイカの家に着くまで下ろさないから!」

 そう言うと、ジェードはセルリアの背中で縮こまった。セルリアの肩を持つジェードの指は、人間そのものだ。鱗は生えていない。それを視界の隅で確認して、セルリアは安堵した。

「……毒龍さんの復活は、封印が弱まってしまった事が濃厚ではないでしょうか。……といっても、龍の封印や復活は僕の村では聞いた事がないので、憶測ですが……」
「そうだね。……ところでアイカ。キオ島の人達や貴女は随分痩せ細っているけれど、どうしてなの?」
「それが……復活された毒龍様の流れ出た毒により、食物がほとんどダメになってしまったんです。海で漁をしようしたり船で逃げ出そうものなら、毒龍様により沈没させられてしまって……」
「なるほど……。何だか毒龍さまは――」

 島民達を飢餓で追い詰めたいか、もしくは殺したいか。そう言おうとして、心の中に留める。島民であるアイカに言うべきではない。

「ねえ、ジェード。成り行きであたし達が毒龍さまを鎮めるみたいな雰囲気になっているんだけど、どうする?」

 少し前を歩くアイカに聞こえぬよう、小声でジェードに問いかける。

「うーん……。正直龍を鎮られるとは思わないのですが、こうして島にも入れてもらいましたし……話だけ聞いてみますか?」
「でも、ここはまだアンセット領だよ? もしかしたら追っ手が来るかもしれないし、早く出発した方が――」
「ですが、船は毒龍さんによって沈没させられるんですよね。それなら、毒龍さんをどうにかしないと出航出来ないかもしれません。それに、船も入用ですし……」

 ジェードの言う通りだ。しかし、セルリアはジェードと毒龍を会わせたくなかった。もしかしたら、ウミヘビの時のように異様な雰囲気を纏った龍化をしてしまうのではないか、と思うと気が進まない。

(龍とは戦った事ないけれど、もしそうなったら、あたしが一人で――)

「そうだね。でも、ジェードはまだ動けないんだから、もし毒龍さまの元へ行くなら身体が良くなったらだよ」
「うう、すみませんセルリアさん……。また僕のせいで出発が遅れてしまって……」
「大丈夫! とりあえず今はここを出られるように頑張ろう!」

 内なる決意をジェードには伝えず、セルリアはいつもの調子で明るく言った。

 アイカの家は住宅が立ち並ぶ通りから少し離れ、木々が生い茂った場所にポツンと建っていた。周りの木々や雑草は生え放題だが、庭は小綺麗に整えられていた。
 木々や雑草が生い茂っているのだから、食物に困りそうはないように見えたが、それを察したのかアイカが「この木々や植物は毒龍様の毒によって汚染されています」と説明した。
 近くの木から葉を取ってよく見れば、少しだけ毒々しい色をしているような気がする。だが枯れてもいないので何とも不思議な毒だ。
 アイカの家に入ると、そこには壮年の男がロッキングチェアに座り、虚ろな瞳で虚空を眺めていた。

「父さん、こちらジェードさんとセルリアさんです。何とあのウミヘビを倒してしまったんですよ!」

 アイカの言葉に、父親はピクリとも表情を変えず、ただロッキングチェアに揺られている。アイカは一瞬哀し気に瞳を揺らしたが、すぐに笑みを浮かべてこちらに顔を向けた。

「すみません。父さんはこの島の長でもあるのですが、毒龍様の毒を少し浴びてしまったらあの状態になってしまって……」
「……そうなんだね」

 椅子に座るよう促され、セルリアはお言葉に甘える事にし、ジェードを椅子の上に下ろしてあげた。心なしかホッとしているようである。セルリアも隣に座らせてもらうと、キッチンから戻って来たアイカが「このお茶は毒に汚染されていません」と言いながらお茶を出してくれた。
 アイカも随分と苦労しているようだ。毒龍の毒によって廃人状態になってしまった父を一人で看病しながら過ごしているという。食糧も満足に確保できないので、かなり困窮しているようだ。

「アンセット伯も、この島を見捨てている状態です。このままでは、キオ島は毒龍様によって全てを壊されてしまいます。……だから、ウミヘビを倒した貴方達なら毒龍様を鎮められると……お礼は勿論しますので、どうか……」

 テーブルの真向いに座ったアイカの瞳から涙が零れる。アンセット伯の安否が分からない為、彼が動こうとしたかは不明だ。だが、彼がいない今、助けてくれる人はいない。
 誰も助けてくれない絶望は、セルリアも幼い頃経験した。両親が死に、病弱な弟と二人残されたセルリアだが、周りの大人達は誰も助けてくれなかった。
 アイカを助けてあげたい。しかし、セルリアはすぐに返事が出来なかった。下手したら龍討伐になる願いを聞き入れれば、命が危ぶまれる。命の危機を何度も経験してきたセルリアだが、今は死が怖いと思ってしまう。

(何を怖がっているの……。あたしがやらなくちゃジェードが……)

 このまま躊躇していても、キオ島から出る事は出来ない。ジェードと共に生きる為には、毒龍をどうにかしないといけない。
 意を決して了承しようとしたが――

「分かりました。毒龍さんは僕が何とかします。でも、今は身体がこんな状態なので……休む時間をくれないでしょうか? もし毒龍さんをどうにかできたら、東の国へ渡航できる船が欲しいです」

 応えたのはジェードだった。内向的で慎重な彼とは思えないくらい、あっさりと了承した。そしてテーブルの下で、ジェードがそっとセルリアの手を握る。積極的なジェードに驚いたが、その手は震えていた。
 ジェードも同じような事を思っているのだ。そして、お互いがお互いを想い合っているからこその了承だとセルリアも気が付いた。
 ジェードを失いたくないというセルリアと同じように、ジェードもセルリアを失いたくないのだ。
 セルリアは一人で毒龍をどうにかしようとしていた事を反省した。そして、彼の想いに応えるように、手を握り返した。


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