月と奏でて・2

秋雨薫

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1 騒がしい夏祭り

会いに来ただけ

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「まさかこの祭りに狂人が混じっているなんてね」

 サクヤはいつものように冷めた声色で言うが、肩が上下しているのを見ると、かなり急いで来たのが分かる。

「お前がサクヤか。薬を売って自分で血を吸おうとしない、変人吸血鬼……」

 ミナトの赤い瞳は、殺気に満ち溢れていた。

「狂人よりはマシだよ。……弟の自由を奪い、無理矢理言うことを聞かせようとする奴よりは……ね」

 言いながらサクヤは手袋を嵌めた右手で握り締めていた黒い玉を、ミナトに向けて親指で思いきり弾いた。
 ミナトはそれを後ろに跳躍してかわし、黒い玉は背後の木にぶつかった。
 その瞬間、黒い玉は弾け、中から青い粉が飛び散る。それが水の成分の入った粉だと、ミツキにはすぐに分かった。
 サクヤは素早くミツキの側に寄った。

「ミツキ……大丈夫?」
「あぁ……ありがとう」

 友人の姿に、ミツキは少々安堵の色を見せた。

「青い粉……水の成分の込められた薬か」

 ミナトは無感情の瞳で木に付着した青い粉を見下ろした。

「持っていたのはミハリに奪われた物だけじゃなかったからね。……どうせ彼女に奪えと命令したんだと思うけど」
「お前はまた俺の邪魔をするのか?」

 ゆらりとミナトの髪が揺れる。殺気がヒシヒシと伝わってくる。
 見た事のないくらいの殺気を放つ兄の姿に、ミツキは思わず息を飲んだ。

「俺は知っているんだよ、サクヤ……。ミツキをそそのかし、家を出るのに手を貸したのも……」

 サクヤは何も言わず、手中の黒い玉を宙に向けて軽く弾いた。
 数年前、ミツキが屋敷から脱出するのを協力したのは薬売りとして屋敷を出入りしていたサクヤだった。

『ここから逃げよう、ミツキ』

 そう言ってサクヤはミツキに手を差し伸べてくれた。
 サクヤのお陰でミツキは自由を手に入れられた。ミツキはサクヤに感謝していたが、逆にミナトは恨んでいた。

「お前は……“自分と同じ”ミツキを仲間にしたいだけだろう?だからミツキを騙し、外へ逃がした」
「俺は騙されてなんかいない!サクヤは俺の事を思って協力してくれたんだ!」

 ミナトの言葉が勘に触り、ミツキは思わず声を荒げる。
 サクヤは黙っていたが、大きな瞳を細め、ようやく口を開いた。

「確かにオレとミツキは一緒だ。……でも、だからといってそれが理由なわけじゃない」
「……今はね。だけど、ミツキはいずれ俺の力で一人前になれる。お前は出来損ないのまま……。それが嫌だったんだろう?」
「……」

 サクヤは眉間に皺を寄せる。手中の黒い玉が、ピシリと嫌な音を立てた。

「違う!サクヤはそんな奴じゃな……」

 感情のままに叫ぶミツキを手で制す。サクヤはミツキを見上げて首を振った。

「あいつに何を言っても無駄だよ。お前が一番分かっているだろ?」
「……っ」

 昂った感情の行き場を無くし、ミツキは顔を歪めて下唇を噛んだ。

「とにかく今はこの状況をどうにかしないと」

 サクヤはそう言って黒い玉をミナトへ向けて数個放つ。
 ミナトは軽やかな動きでそれを避ける。全てを避け終わった後、目の前からミツキが腕を振り上げ襲い掛かってきた。
 ミナトは片腕でそれを防ぐが、黒衣が破れ、隙間から白い腕が僅かに見えた。
 出血は一瞬で、傷はすぐに再生される。
 ミツキから距離を取り、自分の腕を確認する。

「二人で戦うなんて、卑怯だな」

 口ではそう言っているが、口元は弧を描いている。二対一でも負けない自信があるという事なのだろう。

「……まさかここまで邪魔が入るとは。お陰で計画が大いに狂った」

 くつくつと喉の奥で笑う。言葉の割りには、ミナトはこの状況を楽しんでいるように見えた。

「………計画?」

 ミツキの言葉は、花火によって掻き消された。

「今はサクヤと戦う時期じゃないんだよ……もちろんミツキとも」

 言葉の真意が読めず、ミツキは怪訝な表情を浮かべる。
 するとミナトはにっこりと微笑んだ。それは、ミツキがよくするわざとらしい笑みにそっくりだった。

「本当はミツキと会う予定じゃなかったんだよな……。全く、あいつらは何をしているんだか」
「………あいつら?」
「こっちの話だよ」

 ミナトは大袈裟に肩を竦めた。

「ま、計画は狂う物だからね。アテにはしていなかったけど」
「………さっきから何を言っているんだ?」
「だからこっちの話だって」

 ニヤニヤと笑う兄は、弟の様子を見て楽しんでいるようだった。それが不快で、ミツキは顔を歪めた。
 “あいつら”の一人はミハリだろう。ミハリの他に、最低でも一人いる。
 有り得るのは……

「……人間の協力者か?」

 カンナが言っていた人間の協力者。恐らく……いや、確実にその人間を指しているのだろう。

「あれ、気付いていた?」
「……誰だ?誰を丸め込んだ?」
「そんな事言えるわけないじゃないか。馬鹿だなぁ、ミツキは」
「言えよ!」
「必死だね。もしかして、俺に調べられちゃまずい事があるのかな?」
「……そんなもの!」

 ない、と言えなかった。奏の顔が脳裏に浮かんでしまったから。奏は今自分の帰りを待っているのだろうか。ミツキは奥歯を噛み締めた。
 はっきりと言えないミツキの代わりに、童顔の少年が口を開いた。

「そんなのあるに決まっているじゃないか。……お前に、居場所を知られたくないからだよ」
「お前に聞いていないよ出来損ない」

 不意に放たれたサクヤの黒い玉の攻撃を避け、ミナトは口角を上げた。

「……ま、いいや。必死な弟の為に一つだけ教えてあげるよ。俺の手駒の事を……」

 ミツキは息を飲み、サクヤは動かしかけた親指を止めた。
 二人が見守る中、ミナトは地面に突き刺さったままだったナイフを抜き取り、それを鞘に仕舞った。

「俺の手駒は……」

 勿体ぶってかなりの間を開ける。
 あまりに間を開けるので、急かしたくなった時、ミナトの唇がゆっくりと言葉を紡いだ。

「お前が会った事ある奴だよ………ミツキ」
「俺が……会った事がある人間……?」

 ミツキは頭をフル回転させる。

 (奏や佐々等は違うとして、花村?新田?大河内桜子?小泉美咲?荒石?遥さん?)

 該当する人物が多すぎて全く見当がつかない。

「存分に悩みなよ。周りにいる全ての人間を疑え」

 ミツキの悩む姿を見て、ミナトはニィと口を歪めた。

「今日はミツキを連れ戻しに来たわけじゃないんだ。ただ、何をしているか見に来ただけ。まさか見つかるとは思わなかったよ。久し振りに会ったからついちょっかい出しちゃった」

 ちょっかいとは首を絞めた事だろう。ミツキは無意識に自分の首を擦った。そんな弟に、ミナトは微笑みかける。

「久し振りに会えてよかった」

 優しさに満ちた兄だったら、きっとその言葉を素直に受け止められたのだろう。
 しかし、彼は真逆の存在。ミツキは冷酷な兄の真意を表情で探ろうとしていた。
 ミナトの視線がミツキからサクヤに移る。その瞬間、笑顔が消え殺気のこもった眼差しに変わった。
 あまりに鋭い瞳に、サクヤは思わず何歩か後退してしまう。

「サクヤ。いつまでもミツキの側にいようとするのなら……俺にも考えがある」
「……そう」

 そのつもりのサクヤはニコリと微笑んでみせる。
 しかし、ミナトの殺気に圧されてか、若干ひきつっていた。
 祭りにそぐわない黒に染まった男。
 男はやがて、血のように真っ赤な瞳をわずかに細めた。

「じゃあ、そろそろ帰ろうかな。ここに用はないし」

 そう言った直後、ミナトの足が闇に溶けるかのように消え始めた。
 くるぶしから膝下……と闇はどんどんとミナトを飲み込んでいく。ミナトがここから姿を消そうとしている。

「……ミナト!」

 引き留めようと、ミツキは思わず叫ぶ。聞きたい事がたくさんある。だが、ミナトの闇の侵食は止まらず、既に腰辺りまで消えてしまっていた。
 上半身だけが宙に浮いているかのような奇妙な光景。半分しかない兄に向かって、ミツキは叫んだ。

「カンナに……絶対危害を加えるなよ…!」

 ミナトが何処まで知っているとか、手駒は誰だとか聞きたい事は山程ある。しかし、今は姉の事が最優先だった。

「危害なんて加えるわけないじゃないか。何を心配しているんだよ」

 腹から上しかいない兄が、可笑しそうに笑う。しかし、それはミツキの不安を煽るだけだった。

「おい!」
「カンナの無事を知りたいのなら、家に戻ってくればいいじゃないか。それをしない癖に、心配なんてするな」
「………っ!」

 ミナトの抑揚のない言葉に、ミツキは何も言えなくなってしまう。
 カンナの事は心配だ。しかし、だからといって家に戻る気はなかった。

「ミツキ。俺はまた会いに来る」

 とうとう顔だけになってしまった兄が言う。

「その時……きっとミツキは自分から帰りたいと願うよ。……お前は、俺の弟なんだから……」

 そう言い終わったと同時に、ミナトの姿は完全に消えた。
 しばらく呆然と立ち尽くす二人。しかし、花火の音で同時に我に返った。

「……まさか、ミナトがいるなんて…」

 いつかは現れると思っていた。しかし、こんな所に現れるなんて。心臓がドクドクと脈打っているのが分かる。
 ミツキはクシャリと前髪を乱した。
 サクヤは黒い玉を懐に仕舞い、フゥと息を吐き出した。

「……カンナ、連れ戻されたの?」
「……ああ、どうやらミハリに」

 サクヤは小瓶が入っていたはずの懐に手を当てた。

「あいつは……俺を見つけたのに何で連れ戻そうとしなかったんだ?あいつならどんな手を使ってでも連れて帰れるはずなのに…」


『きっとミツキは自分から帰りたいと願うよ』


 兄が言った意味深な言葉が、脳裏にこびりついて離れなかった。

「あんまり深く考えるな。とりあえずは連れ戻されずに済んだんだから」

 サクヤは自分より身長の高いミツキの肩を軽く叩く。しかし、ミツキの不安は拭えない。
 サクヤもミナトに狙われている雰囲気だった。もしサクヤにまで被害が及んだら。

「ミツキ、オレは大丈夫だよ」

 ミツキの考えを呼んだサクヤがいつもの調子で言う。

「オレには薬があるし、そう簡単にやられないよ」

 それでもミツキの顔は浮かないままだった。
 鋭いサクヤはミツキの考えている事は大体分かっていたが、そこは敢えて触れない事にした。

「……ところで、あそこで倒れているのって佐々等?」

 今まで気付いていたが、面倒くさくて触れなかった事を話を逸らす為に利用する。
 サクヤが指差した場所に、佐々等は変わらずうつ伏せで倒れていた。

「……ああ」

 そういえばすっかり忘れていた。
 しかし、ミツキに佐々等を起こす気力は残っていなかった。

「おーい、起きろー」

 代わりにサクヤが起こそうと佐々等の頭をベシベシと叩く。相手が佐々等なせいかかなり雑だ。しかし佐々等は唸っただけでなかなか起きない。

「これは結構強い催眠をかけられているね。すぐに起きそうにないな」

 サクヤは「面倒くさいなぁ…」と呟きながら側に落ちていた熊のぬいぐるみを拾い、自分より大きな佐々等を片手で担いだ。

「とりあえずカナデ達と合流しよう。二人が待っている」
「………」
「…………ミツキ?」

 動こうとしないミツキを怪訝そうにサクヤは振り返る。ミツキは神妙な面持ちで突っ立っていた。

「どうしたんだ?早く行かないと」
「……先に行ってくれないか?」
「……え?」
「ちょっと一人になりたい」
「……分かったよ。オレは先に行くから……早く来いよ」


 そう言ってサクヤは佐々等を連れて去って行った。


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