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2 新学期の始まり
見つけた相手は
ズン、と空気が重くなったのを感じた。ゴーグルを掛けているので表情を確認する事が出来ない。
「……子供?」
恐ろしい程低い声が漏れる。その声色は、サクヤと初めて会い、怒りを露にした時と一緒だった。
これはまずい。奏は嫌な汗が額から出るのを感じる。
「な、何ですの?」
空気が変わったのを大河内も感じ取って戸惑う。
奏が皐に何とかして、と言う前にサクヤの感情が動く方が早かった。
「誰が子供だ!!」
あまりの怒りに満ちた声に、周りの人々は驚いて一瞬足を止める。
サクヤの赤い瞳が、レンズの奥でギラギラと輝いているように見えた。
「オレはお前より年上だ。そんなオレに、子供だと言うのか?」
「あ、あの……申し訳ございませんでしたわ……」
サクヤの迫力に気圧され、さすがの大河内も謝ってしまう。
「いいんだよ、謝らなくて。……許さねぇから」
コキリ、と指を鳴らす。そろそろまずいと思った奏はサクヤを羽交い締めにした。
「サクヤ!落ち着いて……」
「うるせぇ!オレの邪魔するな!」
サクヤの力はとんでもなく強く、奏の力では防ぎきりそうもない。
「な、何やってるんですかぁ!」
「サクヤ君、駄目だよ!」
皐と美咲も加勢して止めに入るが、サクヤの怒りは相当のようで耳に入らない。
以前にもこんな事があった。その時はミツキが止めてくれた。
だが、ここにミツキはいない。頼りたい人は、側にいない。
「……サクヤ!」
暴れるサクヤを宥めようと名前を呼んだ時だった。
「……何をしているのですか」
氷のように冷たい声が背後から聞こえた。その瞬間、女子高生四人の顔が青ざめる。
この声は聞き覚えがありすぎる。奏ぎこちなく首だけで振り返った。
あっさりと拘束が解かれたので、サクヤは思わず後ろを振り返り、怒りを忘れて目を丸くさせる。
そこにいたのは、もちろん新田だった。
「騒がしいと思って来てみたら……あなた逹でしたか」
「に、新田センセイ……こんにちは」
「今はこんばんはの方が正しいですよ」
ひきつった笑顔で言うと、いつものようにバッサリと切り捨てられる。
「あ、あら新田先生…奇遇ですわね」
「学生がこんな所をフラフラ歩いているのはおかしいですね。これは奇遇なのでしょうか?」
四人は何も言う事が出来なくなってしまった。
「あなた達は、私を尾行していたようですね」
「そ、それは……」
そうです、と言えば説教部屋行き。違います、と言えばどうしてこんな通りにいるのかと問い詰められる。
奏達に選択肢は残されていなかった。
どうしよう、と言い淀んでいると、美咲が得意げに笑った。
「先生が浮気をしているみたいだったので、真相を探る為に来たんですよ!!」
「……浮気?」
「私、見たんですよ!先生が、今連れている人以外の女の人を連れている所を!黒髪で清楚な感じの人です!」
「……黒髪」
心当たりがあったようで、新田の眉尻が跳ね上がった。
「ほら、心当たりあるんですね!?」
「それは……」
珍しく新田が口ごもる。それが浮気だと肯定しているように見えた。
「教師とあろう者が二股だなんて有り得ませんわ!あなたに教師の資格はございませんっ!」
好機と捉えた大河内が早口に捲し立てる。
口ごもる新田を前にしても、奏は未だに信じられずにいた。
新田のような生真面目な男が人を裏切るような事をするのだろうか。
隣で皐がオロオロし、サクヤはまだ怒りが残っているのか唇を尖らせている。
「私は……」
新田が何かを言いかけた時だった。
「たけ君、どうしたの……?」
背後から新田の女と思わしき女性が現れた。女性は明るい髪色とは裏腹におどおどとしている。声量も小さい。
目は少々垂れ目で、ウェーブのかかった髪。
真正面から見た彼女もやはり見覚えがある気がした。
「……舞。待っていろって言っただろう」
新田が刺のある言葉を放つと、舞と呼ばれた女性は眉尻を下げて困惑した表情を見せた。
「だって気になって……」
(……舞?)
奏ははて、と首を傾げる。少し前に聞いたような名前だ。
そう思って見つめていると、ふと舞と目が合った。
「……奏ちゃん?」
「……え?」
何故名前を知っているのかと疑問に思っていると、舞は表情を明るくさせて近寄って来た。
「奏ちゃんですよね?お久し振りです!」
「えっと……」
奏は親しげに話し掛けてくる舞に困惑する。見覚えはあるが、記憶を遡っても舞の姿はない。
「奏、その人と知り合いなの?」
「……そう、なんですよね?」
皐の問いに、奏は舞に尋ねてしまう。失礼かと思ったが、知った振りをしてもきっとボロが出てしまうと思ったからだ。
舞はきょとんとしたが、すぐに「あ、そっか」と納得したように頷いた。
「この格好じゃ、分からないですよね」
奏が不思議そうに見つめている中で、舞は頭頂部に手をかけ、それを取り外した。
奏だけではなく、皐達や周りの人々も驚愕する。彼女の手には、彼女の物のはずの茶髪。
「か……カツラ!?」
カツラの下から、黒髪が現れる。カツラとは違って、真っ直ぐに伸びた髪。
舞はバッグから眼鏡を取り出してかけた。
「これで分かりますか?」
黒髪に眼鏡。大人しそうな顔。そして名前が舞。
奏の記憶の中で、ようやく繋がった。
「……井口さん?」
彼女は、ミツキに血を吸われそうになった所を助けた井口舞だった。
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