月と奏でて・2

秋雨薫

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1 騒がしい夏祭り

二人に分かれて

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「もうっ!何処に行ったのかと思ったぞ!はぐれるなよな~!」

 プクリと頬を膨らませる佐々等。その姿はいつも通りのおちゃらけた佐々等だったのだが、カンナにはそれがわざとらしく見えた。

「ご…ごめんね! お祭りが楽しくってつい!」

 敢えて話に触れず、カンナは首を捻って惚けたフリをする。佐々等は人懐こい笑みを見せてカンナの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「もうはぐれちゃ駄目だぞ?」
「……うん!」

 カンナはいつもの笑顔を見せているようだったが、弟のミツキには彼女が彼を探っているのがよく分かった。
 姉は佐々等和希をミナトの協力者だと思っている。ミツキは彼の楽しそうな横顔をぼんやりと見つめた。
もし佐々等が本当に協力者だったとして、正体が吸血鬼だと分かっている男にわざわざ探るような事を直接言ってくるだろうか。初めて会った時、佐々等は笑顔だったが、敵対心を露わにしていた。
 ミツキが顎に手を添えながら考えていると、こちらに駆け寄って来る人達が。奏達だ。浴衣姿なのでとても走りにくそうにしている。奏の目は吊り上がっているので、どうやら怒り心頭のようだ。

「やっと見つけた! もう勝手な行動しないでよ!」
「ごめんね、奏ちゃん! 私に免じて許して!」

 大して反省した様子も無いカンナは、そう言うと奏に思い切り飛びついた。バランスを崩しそうになるが、何とか体勢を整える。抱き着かれたのは二度目だが、激しいスキンシップに慣れていない奏は照れで顔を赤らめた。
 奏が離して、と言うとカンナは「はいはーい!」と明るく返事をしてあっさりと離れた。その様子を奏の背後から眺めていたサクヤは呆れたように溜め息を吐いた。

「…調子のいい人だ」
「何―? サクヤ君も抱き締めてほしいわけー?」
「…冗談。誰が好き好んであんたに抱き締めてもらいたいんだよ」
「……本当に可愛くないね、サクヤ君! このまま抱き締めてサクヤ君の全身の骨を粉々に粉砕したいな!」

 カンナはサクヤに両手を広げて笑顔で外見に似合わない言葉をサラリと言う。そんな彼女の背後にどす黒いオーラが出ている気がした。

「え…骨を粉砕……?」

 子供らしからぬ恐ろしい言葉を耳にした皐は顔を引きつらせてカンナを見下ろす。まずいと判断した奏は頬を引きつらせまくった笑顔で皐の前に立ちはだかった。

「ちょっと口が悪いんだよ、カンナは! 何処でそんな事を覚えて来たの?」
「口が悪いなんてひどーい! 私はいつもこんな……むぐ」

 これ以上皐や佐々等に聞かせるわけにはいかない。奏はカンナの口を今度は左手で押さえつけた。

「本当、カンナは変な事にすぐ影響されるんだから! ね、暗野?」

 眼力で同意しろと訴えられた気がしたミツキは渋々「ああ…」と頷いた。心ここにあらずのような反応に奏は不思議に思ったが、そんな中奏の手を振り払って逃れたカンナは青白い頬を思い切り膨らませた。

「もう! 奏ちゃんは私の口を塞ぐのが好きなの? そんな意地悪な奏ちゃんとお祭り一緒に楽しみたくない!」

 カンナは奏に舌を突き出すと、隣で様子を見守っていた佐々等の腕に突然しがみついた。カンナの突然の行動に、目を丸くさせる佐々等。そしてカンナは予想だにしない事を言い出した。

「私、和希君と二人でお祭りに回るから!」
「うぇぇっ!!?」

 カンナの言葉に一番驚いたのは佐々等だ。今日初めて会った子供に、お祭りに一緒に回りたいと言われたのだから無理はない。佐々等が困惑していると、カンナは子供らしい無垢な笑顔を見せる。

「和希君優しいし、すっごくお兄ちゃんみたい! …ミツキ君だってこんなに優しくしてくれないよ。だから今日くらいお兄ちゃんみたいな和希君と一緒にいたいの! ……ね、いいでしょ?」

 瞳を潤ませながら佐々等を見上げるカンナ。こんな表情をしてねだる少女を、誰が振り払えようか。

「……おう、分かったぞ!」

 しばらく考えていた佐々等だったが、笑顔で了承した。考えている最中に、奏の方をチラチラと見つめていたのが、本人はその視線に全く気付く事はなかった。

「やったぁ!!」

 カンナは嬉しそうにぴょんぴょんと飛ぶ。サイドテールに結ばれた髪も一緒に揺れる。


「そんなに喜んでもらえるなんてこっちも嬉しいぞ! ……じゃあミッキー、カンナちゃんをちょっと借りるな! 九時くらいには神社の前にいるから、時間になったらそこに来てくれよ!」
「ああ……勝手にしろ」
「え…ちょっと……」

 佐々等はミツキを吸血鬼と疑っていて、カンナは口を滑らせやすい。そんな二人に別行動をさせるなんて不安にならないわけがない。しかし止めようとした奏の前に、ミツキの腕が伸ばされた。

「……暗野?」
「……好きにさせてやれ。あいつの気が済むまで……」
「じゃあ原田奏、またなー!」

 渋る奏に構わず、佐々等とカンナは雑踏の中へと消えていった。

「……いいの? カンナと佐々等を二人にして…」
「別に大丈夫だろ」

 ミツキの投げやりな態度が気になったが、二人は行ってしまった後だったので奏はそれ以上言うのを止め、カンナが余計な事を言わないようにと願った。

「四人になっちゃったねー」

 二人を見送ってから、皐がのんびりと言う。結局、最初から決まっていた奏、ミツキ、皐、サクヤの四人が残ってしまった。奏は「そうだね」と呟いてからふと閃く。
 この状況を利用して、皐と二人でお祭りに行く事が出来るのでは。「じゃあ私達も二人に別れようか」と今言っても全く不自然じゃない。

「私達も二人に別れてみない? 人も多くなってきたし、少人数の方が動きやすいし」

 今閃いた事を装い、奏は提案をする。三人はやや驚いた表情を見せた。

「え…? 奏、でも……」
「皐も一緒に回りたいでしょ?私も二人で回りたいから…」

 奏の言葉に皐は戸惑ったように視線を泳がせたが、すぐに笑顔を見せた。

「…そうだね。奏が言うならそれがいいかも」
「……まぁ、俺もいいけど。奏がそう言うなら……」

 珍しくミツキも賛成する。サクヤはゴーグルでよく顔が見えなかったが、僅かに頷いたのが見えた。

「それじゃあ、これから二人ね?」

 まさかこんなにうまくいくとは思わなかった。内心、奏はガッツポーズをする。そして、皐に一緒に行こうと言おうとした時だった。

「サクヤ君、よろしくね?」

 皐はサクヤにニコリと微笑みかけ、彼に手を差し伸べていた。

「え……」
「奏、暗野君と一緒に回りたいんだね。私は大丈夫だよ。サクヤ君と一緒に楽しむから……ね?」

 皐に同意を求められ、サクヤは真っ赤な顔で何度も頷いた。

「え、ちょっと待って。一体どうしてそんな話になっているの? 私は皐と……」
「佐々等君とカンナちゃんみたいに男女二人で祭りに回るって事でしょ?」
「え………」

 皐は奏の言葉を変に解釈してしまったようだ。それではまるで、自分がミツキと祭りを行きたいと言っているようになってしまっている。

「そうじゃなく……むぐっ」

 すぐさま否定しようとしたが、突然現れた大きな手により、口を塞がれてしまう。手はミツキの物だった。ひんやりとした手が、奏の熱い頬を冷やしていく。ミツキは奏の口を塞いだまま、わざとらしく笑った。

「そう。奏はどうしても俺と回りたいんだと。だからそっちは二人で行ってくれるか?」
「……! むーっ!」

 違う!と叫ぶが、その声はミツキの手に遮られてしまう。奏は両手を使って引き剥がそうとかかる。
 一瞬だけミツキの力が弱まったが、すぐに物凄い力で押さえつけられる。その時、サクヤがハッとこちらを見たのだが、奏はミツキの手を剥がそうと必死だったので気付かなかった。

「奏、私達も九時に神社で待ち合わせようか。じゃあまた後でね」
(皐、違うの! 私は皐と一緒に行きたいのっ!)

 奏の声にならない制止も虚しく、皐とサクヤも人混みに紛れていった。

「……行ったな」

 皐達の姿が見えなくなったと同時に奏を解放する。奏はすぐに振り返って目を吊り上げた。

「………あんたねぇ!」
「じゃあ俺達も行くか」

 そう言って奏の左手を取る。そしてそのまま無理矢理引っ張った。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 奏の抵抗を無視して、ミツキは人混みへと入っていった。

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