月と奏でて・2

秋雨薫

文字の大きさ
17 / 22
1 騒がしい夏祭り

ただ、連れ戻しに来ただけ

しおりを挟む

「やるだけ無駄だよ~? ミハリちゃんの力じゃ、私には敵わない」

 自分よりも小さい少女の姿をしているのに、力も、闘いの技術力が秀でている。使用人が主人に勝てるわけがない。それは、ミハリも承知していた。

「……敵わなくても、命令ですので」

 苦しそうに咳き込んでから腕を大きく振るう。カンナは大きく跳躍した。

「必死だね、ミハリちゃん! ……でも、私だって必死なんだよ?」

 カンナをここから離したいのは、これから起こるであろう出来事を見せると厄介だから。
 ミナト君はこの祭りの中に潜んでいる。ミツキ君を監視する為……もしくは連れ戻す為。ミハリが登場してから、それは確信になっていた。
 そうはさせない。同じ過ちは繰り返させない。今度は、絶対に弟を守る。

「悪いけど、邪魔をするならミハリちゃんでも容赦しないよ…?」

 小さな身体から殺気がひしひしと伝わってくる。力の差は歴然。普通に戦えばミハリの勝機ははっきり言って無い。
 ミハリは鞭をチラリと見た。

「わたくしだって容赦はしませんよ。カンナ様に敵わないのが分かっていたから、これを用意したのです」

 言いながら、鞭でピシャリと地面を叩く。メイド服の女が鞭を持っているのは、普通は違和感があるのだが、冷たい表情のミハリにはよく似合っていた。

「鞭だなんて趣味がわるーい! どうせミナト君が持たせたんでしょ~?」

 笑いながら、カンナは爪を振り上げる。ミハリは後ろに跳躍して上手くかわした。

「いえ、これはわたくしが用意しました。お屋敷の中で一番使えそうだと判断しまして」
「それは動物を手懐ける為に使う物だよ! ……まさかそれで私を手懐けられるとでも?」
「ええ、そのまさかです」
「うふふ、それはバカにしているのかな~? ミハリちゃん…!」

 ビュッと鋭い音と共に鞭が飛んでくる。カンナは首を傾けて避け、そして勢いよく通りすぎる鞭を掴んだ。ビィィン、と鞭が張る。

「武器、取られちゃったね?これじゃあ余計私に勝てない」

 ミハリの眉間に皺が寄る。鞭を握り締めながら、カンナは勝ち誇った笑みを見せた。

「ミハリちゃん、私の勝ちだよ」

 ミハリに、ミナトの姿が重なって見える。

(ミナト君、あなたの思い通りにはさせない。あなたに過ちを起こさせない。………もう二度と)

「………私は」

 カンナが勝利を確信していた時、ミハリが真一文字の口を開いた。感情のない淡白な声。無表情なはずなのに、カンナには何故か笑っているように見えた。

「カンナ様に勝ちに来たわけではありません……連れ戻しに来たのです…」
「また同じ事言って! 言葉のバリエーションが少ないの~?」

 そう口では言うものの、ミハリの言葉に引っ掛かりを感じる。

(……何? まるで、勝利を確信したような……)

「……え?」

 突然目眩を感じ、カンナは頭を振った。目眩なんて感じた事は、ほとんどないのというのに、何故今感じたのか。そう思った時だった。

「……うっ」

 視界がぐにゃりと歪み、吐き気に襲われた。立っていられなくなり、地面に膝をつき、鞭から手を離してしまう。
胸が苦しい。目の前が霞む。

「……はっ……は……」

 息が荒くなり、カンナは無我夢中で自分の胸の部分を掴んだ。幼い顔が、苦渋に歪む。
 突然の苦しみに、動揺を隠せない。身体をくの字に曲げて喘いでいると、ミハリの爪先が視界に入った。

「これほど強力だったとは」

 視線を上げると、冷たい表情のミハリと目が合う。

「ミハリちゃん……。私に……何をしたの……?」

 力を振り絞って顔を上げて睨むと、ミハリは手に持っていた鞭を胸の高さに上げた。

「鞭に細工をしました。カンナ様の動きを封じる為に」
「細工……?」

 ミハリは頷くと、カンナにとある物を見せた。透明な、小瓶を。

「これ、見覚えありますか?」
「……それ」

 見覚えのある小瓶を見て、カンナは目を見開く。以前、ミツキが自分から逃れる為に奏に使わせた物。——そして、作業着を着た幼い顔立ちの吸血鬼が脳裏によぎった。彼の作った薬を入れる小瓶。ミハリの持つ物は、サクヤが持つ小瓶と全く一緒だった。

「何でサクヤ君の小瓶を……」

 言いかけてハッとする。ミハリの持つ空の小瓶、細工をしたという鞭。

「まさか、その鞭には……」
「理解されましたか。この鞭に、薬屋様が調合された薬が掛けられています。……水の成分が含まれた薬が」

 カンナはダルい身体を無理矢理動かして自分の手のひらを見る。青い、細かい粒子が付着しているのが僅かに見えた。
 地面に手を擦りつける。手についた薬は取れただろうが、効力は未だにカンナの身体を蝕んでいた。
 ミハリの言う薬屋とは、サクヤの事だ。何故、サクヤの薬をミハリが持っているのか。
 まさか、と嫌な予感が過るが、すぐに否定する。
 サクヤがミナトに友達を売るわけがない。それに、理由がない。一見クールに見えるが、彼は友達を大切にする男。数回しか会っていないが、それはよく伝わってきていた。

「ええ、薬屋様とは協力関係にありませんよ」

 カンナの考えている事を察知したようで、ミハリは淡々と言う。

「薬屋様も、この祭りに参加していたのですね。歩いていたら偶然姿を目にしまして」

 小瓶を見せつけるかのように、身体を屈めてカンナの目の前に置く。その時、ミハリの香りが鼻孔をくすぐった。花のような甘い匂い。例えるならば……薔薇の匂い。

「いつもは隙のない方ですが、人間の女に夢中でしたので、その隙をついて…」

 不自然に言葉を切るが、カンナにはその後の言葉が理解できた。

(大切な薬を盗まれるなんて、随分警戒心が薄れたみたいだね……サクヤ君!)

 この場にいない少年を恨む。もしサクヤが隙を見せなければ、この勝負は勝っていた。人のせいにするが、結局は自分が油断した為に起きた事。それが悔しくて、カンナは下唇を思いきり噛んだ。

「さあ、カンナ様……わたくしと一緒に戻りましょう」

 ミハリが手を差し伸べる。カンナには、それを振り払う力も残っていなかった。
 だが、このまま黙って連れ戻されるほど、カンナは大人しくなかった。ミハリは手を取ろうとしないカンナを抱き上げようと、両手を伸ばす。その瞬間——
 カンナはミハリの細長い腕に思いきり噛み付いた。青白い腕から赤い鮮血が滴り落ちる。ミハリはカンナの突然の行動に目を見開いたが、痛みで顔を歪ませる事はなかった。
 ミハリの血が、地面に染み込まれていく。それを確認してから、カンナは腕から口を離し、口の中のミハリの血を地面に吐き捨てた。

「何を……」

 銀の武器で傷つけられたわけではないので、ミハリの腕の牙の痕は瞬時に再生され、消えてなくなる。吸血をしたわけではない。ただ、噛み付いただけ。
 ミハリがカンナの奇行に戸惑っていると、少女は更に理解しがたい行動にでた。
 カンナは袖を捲り上げ、自分の腕に噛み付いたのだ。カンナの口の間から赤い液体が滴り落ちる。

「カンナ様、何を……!」

 主人の一人が突然自身を傷つけたのだ。動揺しないわけがない。ミハリが止めさせようと手を伸ばしたのと、カンナが自分の腕から口を離したのは同時だった。
 カンナは力無く腕を地面に降ろした。カンナの腕には傷跡は残っていなかった。

「カンナ様、血が……!」

 ミハリは珍しく焦った表情を見せて、もう傷のない左腕にレースのついたハンカチを当てる。
 ミハリの心配そうな表情を見ながら、カンナは右手を動かす。ミハリは仕えている者の事を一番に考えている。命令されたら傷付けるのは構わないくせに、それ以外だと酷く心配をする。

(本当に、厄介な子)

 そう思いながら、地面に自分の指を擦り付けた。
 ミハリの気を引けるのは今しかない。自分が出来るのは、これだけ。
 何て頼りにならない姉なのだろう。カンナの瞳から透明な滴が零れる。

(ミツキ君……どうか、これに気付いて。今はミナト君と会っちゃダメ……)

 急激に意識が遠くなる。それに逆らう事が出来ず、カンナは意識を手放した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

処理中です...