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短編
犬耳少年の大切な仲間達
しおりを挟む僕がどうやら他の人と比べて頭が良いと思ったのは、5歳になった時だった。
同年代の子達と話していても、僕の言っている意味が分からなくて話しにならない。僕の使う単語が難しいらしかった。
僕の両親は言い方悪いけれど、抜きんでた才能は特にない普通の人達。だから僕が大人の人が使うような言葉を言った時は大層驚いていた。
でも、僕はそんなの関係ない。ただ、他の子達と同じようにたくさん遊びたかった。遊びたかったんだけれど―ある日、友達から僕の話しは難しすぎて分からないから遊んでいてもつまらないって言われた。僕はそんなつもりなかったけど、頭が良いのを自慢しているとも言われた。だから、もう遊びたくないって。
僕はいつの間にか一人になっていた。遊び場に行っても、誰も僕とは遊んでくれない。遊び場の隅に座って、友達だった子達を見つめるだけ。遊具が少ない広大な遊び場で隅にいる僕は、きっと傍から見れば違和感があるだろう。
いつからつまらなくなったのだろう。僕、何か悪い事した?
―もういいよ。僕は君達とは違う。君達なんて相手にならない。そう自分に言い聞かせて、僕は孤独を感じないようにした。
遊び場の隅で、本を読む。六年前、厄災の魔女によってこのミレジカが大火に襲われた事件についての書物だ。僕が生まれる一年前に会った出来事。今ののんびりした雰囲気を見ていると、そんな悲劇があったとは思えないけど、魔女が遺した爪痕はたまに見かける。
未だ再建していない家もあるし、その大火で家族を亡くした人もいる。穏やかな国だけど、その悲しみは奥底に潜んでいる。
いずれ行く事になる教養所では、この厄災の魔女について学ぶらしい。この魔女が、いかに危険で、恐ろしいかを。
「厄災の魔女かあ。そんなに恐ろしい人なのかなあ」
どの書物を見ても、厄災の魔女は恐ろしいとか狂っているとかしか書いていなくて、彼女の本質を捕らえていないように見えた。
そんな彼女には、一人息子がいた。僕は、その人に会ってみたかった。母親がこんな大罪を犯して、どんな気分なのだろう。
書物には、こう書かれている。黒髪で、蒼い瞳。厄災の魔女に怒り、憎しみ以外の感情を奪われ抜け殻のようになってしまった男、と。その男の名前は―
「―ウィル!」
「!」
書物に記載されている名前が、誰かが呼んだ。僕はすぐに顔を上げた。遊び場の外で、一人の男が歩いていた。灰色のローブに身を包んでいる。髪色はフードをすっぽり被っていたから見えなかったけど、瞳は蒼。そして、彼の表情は抜け落ちてしまったかのように何も映していない。無だ。僕はその表情を見て、恐怖心を抱いた。
その後ろを、金髪で黒いシャツを着た男と長い白髪と赤い目をした少女が追いかけていた。二人とも、まだ幼さが抜け切れておらず、十代前半に見える。更に後ろを追いかけるのが、黒い楕円形の形をした何か。それは短い足とは思えない跳躍力を使って三人を追いかけていた。
「早いよ、ウィル! もう少し歩くペース遅くして!」
最初にウィルに声を掛けた白髪の少女が早足で言う。すると、ウィルは無表情のまま、ピタリと足を止めた。
「歩くペース…」
「そうだ! 俺達はお前より小さいんだから歩幅が違うんだよ! 歩くペースは俺達に合わせろ!」
金髪で浅黒い肌をした男が、そう言ってウィルの背中を小突いた。
それを見た僕は驚いた。だって、怒りと憎しみしか持っていないウィルを小突くなんて、恐ろしい事をしたからだ。ウィルは無表情で振り返り、金髪の男を見下ろしている。
厄災の魔女の息子だから、魔力もきっと膨大だ。彼を怒らせたらどうなるか分からないのに―!
僕がひやひやしながらその様子を見守っていると、ウィルが懐から何かを取り出した。それは灰色の手帳だった。ウィルは、指を鳴らしてペンを出現させると、それに何かを書き込んだ。
「歩く時はライジル達と歩幅を合わせる―」
「ウィル! また笑顔が消えているよ! 真顔でいたら皆怖がって逃げちゃうでしょ! ほら、口角上げて!」
灰色の手帳に書き込むウィルに、白髪の少女がそう言って自分の口の端を指で上げてみせる。すると、ウィルは「忘れていた」と言って、口角を上げた。それは不格好な微笑みだったが、真顔の時よりは表情が優しく見えた。
あのウィルが、笑っている―?僕は木の陰に隠れてその様子を見守っていた。書物とは随分雰囲気が違う。感情を失った彼は少し触れただけで激昂する気性の荒い魔法使いと書かれていたのに―
「ろろ? 君誰ろん?」
「!!」
突然側から声が聞こえて、僕は驚きのあまり本を落としてしまった。その音が聞こえたようで、ウィル達もこちらを見る。見下ろしてみれば、三人の後ろを追いかけていた奇妙な姿をした物体が大きな瞳でこちらを見上げていた。よく見れば、その短い手には羽毛のようなものが生えている。
―鳥?黒い物体の正体が分からず、戸惑っていると、金髪の男がこちらに近付いてきた。
よく見たら、金髪の男の目は吊り上がっていて、ウィルよりも怖い顔をしている。
怒られると思った僕の丸まった尾は直ぐに垂れ下がってしまう。
「お前、こんな所で何しているんだ?」
「わ、可愛いー! 犬の子かな! 初めまして、私ラビィ!」
尋ねてきた金髪の男を押し退けて、白髪の少女―ラビィが自己紹介をしてきた。金髪の男は何をするんだ、とラビィに言ったが、彼女は知らんぷりをしている。
「あ、僕は…リック」
とりあえず、僕は自己紹介をした。ラビィが金髪の男がライジルで、黒い物体がオロロンだと教えてくれた。そして、ウィルの事も。
「初めまして、リック」
ウィルは微笑みながらそう言う。口角は上げているけど、目が笑っていない。彼は感情を奪われたから、心から笑う事が出来ないのだろう。それでも、無表情と比べると表情は和らいで見える。
「リックは何で遊び場で本を読んでいるの? あそこにいる子達と遊べばいいのに」
落ちたままになった本を拾って、土埃を払って渡しながら僕に尋ねるラビィ。僕は楽しそうにはしゃぐ子供達を一瞥してから言う。
「あの子達と僕じゃ、話が合わないんだ。一緒に遊んでもつまらないし、ここで本を読んでいる方が楽しい」
話が合わない、一緒にいてもつまらないは本心からの言葉だ。でも、本を読んでいる方が楽しいっていうのは嘘。僕だって身体を動かして遊びたい。初めて会う人達にそんな話をしても無駄だと思ったから、僕は少しだけ嘘をついた。
「そんなの嘘ろん」
「―え?」
その嘘を見破ったのは、オロロンだった。彼は皿のような大きな目を吊り上げていて、何やら怒っているようだった。
「僕が君の歳くらいの時は、皆と遊んで楽しんでいたろん。君は本当は身体を動かして遊びたいんだろん」
図星の僕は何も言えなくなってしまう。まさか、この小さな鳥に見抜かれるとは思わなかった。そして、歳上なんだね、君。色々驚き過ぎて、次の言葉が出ない。僕の沈黙を肯定だと取ったオロロンはぴょんとその場で跳躍をした。
「じゃあ、今度から僕達と遊ぼうろん! きっと楽しいろん!」
「あ、いいねーオロロン! たまには遊ばないとねー!」
「おい、お前はただ遊びたいだけだろう。教養所から出た課題はやったのかよ!?」
「そんなの後でいいよ!ジルちゃんは本当に真面目なんだから!」
まだ言い足りなそうなライジルを再度追いやり、ラビィは背中を屈めて僕と同じ視線にすると、にっこりと笑った。
「私達とならきっと楽しいよ! 一緒に遊ぼう?ウィルも、いいよね」
「皆がそうするなら」
僕が了承する前に、皆で遊ぶ事は決まってしまった。最初は、何て自由な人達なんだろうって少し驚いたけれど、皆で遊ぶのはとても楽しかった。
追いかけっこをしようとしたけれど、ウィルがズルをして魔法で一位を取った時は皆で不平を言い、結局やり直したら僕が強くて。皆がすごいと言って頭を撫でてくれた。
ボールを投げて遊んだり、木登りをしたり。僕は久し振りに笑顔で楽しんでいた。
それからというものの、ウィル達は遊び場へ来ると、僕と一緒に遊んでくれた。
―でも、もしかしたら僕の頭が良い事を知ったら、あの子達に遊ばなくなってしまうかもしれない。そう思って、僕は何処にでもいる子供のようにはしゃいだ。そうすれば、皆僕を普通の子供だと思って離れないと思ったから。
でも、惚けたような鳥のオロロンには何故かお見通しで。
「ねえ、リック。何でリックは自分の本当の姿を僕達の前で見せないろん?」
ある日、唐突にそう尋ねられた。僕は思わず持っていたボールを落としてしまう。オロロンの言葉に、ライジルが同意した。
「ああ。そういえばお前、たまに難しい言葉を覚えているよな。五歳にはとても見えねえ時がある」
「な、何を言っているの! 僕は普通の子供だよ!」
「普通の子供は自分の事普通だって言わないよー。リック、何を隠しているの?」
ラビィにまで鋭い指摘をされ、リックはぐっと言葉に詰まる。一番年上のウィルだけは分かっていない表情を見せていたが、三人にはバレてしまっていたようだ。
僕が他の子と違うって分かったら、また皆いなくなる?そうしたら、また僕は一人?そう思うと、僕の胸が締め付けられるように苦しくなって―
「り、リック!? どうしたろん!」
オロロンが僕を見上げてギョッとする。僕の目からは―大粒の涙が零れていた。それは止まる事を知らず、僕の頬を濡らしていく。僕の異変に気が付いたライジルとラビィが慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたリック! 何処か痛いのか!?」
「ライジルがいじめるからでしょ! リック、大丈夫だよ! こいつには後できつく言っておくから!」
「俺はいじめてねえ!」
ライジルとラビィが言い合いを始めてしまう。そんな中、僕は首を振った。違う、ライジルは僕をいじめていない。この涙は―
「ぼ、僕―皆と遊べなくなるのが嫌なんだ。僕が他の子と違うって知ったら、皆僕から離れちゃうと思って―」
僕は彼らに、自分が他の子より頭が良い事。それで他の子に敬遠されて一人ぼっちになってしまった事を話した。これを聞いたら、彼らも僕を遠ざけるのだろうか。そう思うと、とても恐ろしかった。
でも、彼らから言われたのは―
「なーに? 自慢―? 私だって手先が器用っていう自慢があるんだからね!」
「おい、ラビィ。それ、全然自慢になってねえ」
「何よ! ジルちゃんなんて顔に似合わず花いじりが趣味のくせに―!」
「て、てめえ!」
ライジルが顔を真っ赤にして手でラビィの口を塞ぐ。そしてまた二人の口喧嘩が始まる。いつの間にか側に来ていたウィルがにこにこ笑いながらそれを黙って見ている。僕はその光景をぽかんと見つめた。
誰も、僕を敬遠しない。態度を変えようとしない。どうして。僕は普通の子じゃないのに―そう思っていると、ズボンをオロロンに引っ張られた。見下ろすと。オロロンは目を細めて笑っていた。
「普通の子なんて何処にもいないんだろん。皆それぞれ個性があって、皆違うろん。リックの個性は頭が良いって事でしょ? その個性を大切にするろん」
「オロロン…」
オロロンの優しい言葉に、僕の涙は更に溢れた。彼らの優しさが、僕にはとても嬉しかった。僕のコンプレックスを個性だと受け止めてくれたオロロンが、何だか兄のように見えた。
「オロロンは何だかお兄さんみたいだね。こんなに小さいのに」
「…リックに、僕の正体を教えちゃうろん」
「え―?」
そう言うと、オロロンは短い手を足に伸ばして、何かを外した。それは、金色のアンクレットだった。一体何をしようというのだろう、と怪訝に思う僕の前で、オロロンに異変が起こった。
オロロンの身体が淡く光り出し、その形を変えて行く。その光は徐々に人型になり、僕の背を越して行く。僕は泣くのも忘れて、目の前の光景に見入っていた。
そして光が消え―オロロンがいたはずの場所に立っていたのは、一人の男だった。歳は十代半ばだろうか。黒髪に黒い瞳。黒いシャツに細身の紺色のパンツを穿いている。背中には羽根が所々無い黒い翼が生えている。男の人が突然登場した事により、僕は驚きが隠せないでいたが、その男が、こちらに向けてにこりと微笑んだ。
「どう、リック。驚いた?」
「え―? その声、オロロンなの?」
男から聞こえてきた声はオロロンのもので、僕は更に驚いた。鳥の姿のオロロンが消えたかと思うと、彼は人型になり、僕の目の前に立っている。一体どういう原理なのかと思っていると、オロロンが昔魔女から貰ったアンクレットが彼を鳥型にしているんだと説明してくれた。つまり、オロロンの本当の姿は今目の前にあるもの。
魔法使いの魔法は僕の想像を遥かに超えるものを作り出す。まさか、別の姿に変える事が出来るなんて。
でも、それよりも気になったのは―オロロンが何故、今の姿を隠して過ごしているのか。男の僕でも、人型のオロロンはとても格好良く見えた。
「あー! オロロンが人型になっている!」
その理由を尋ねようとした直前に、ラビィがオロロンの姿に気が付き、駆け寄って来た。他の三人はオロロンの本当の姿を知っているようだった。
オロロンはリックに、悪戯っ子のような笑みを見せる。
「リック、僕の方が普通じゃないかもね。むしろ君の方が僕から距離を取りたいと思っちゃうんじゃない?」
「そ、そんな事ないよ! オロロンは―皆は僕の大切な友達だ!」
今まで見てきた姿が偽りのものだったとしても、オロロンの喜ぶ表情や楽しむ姿に嘘は無かった。姿が違っても、彼は彼のままだ。それだけで、側にいたくないと思うわけがない。その思いが伝わったようで、オロロンは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうリック」
「僕だって。―ありがとう、オロロン」
オロロンの、皆の優しさが、胸に染みた。僕はここにいていいんだ、と思うととても嬉しかった。ずっと、皆と一緒にいたいと思ったから。この居場所を失いたくないと思ったから―
皆と出会ってから、五年が経った。僕は変わらず、皆の側にいる。皆性格は違うし、年齢はバラバラだし、傍から見れば、不思議な組み合わせかもしれない。
でも、僕らには五年経っても変わらない絆がある。絶対に壊れない絆が―
この人達の為なら、僕は出来る限りの事をやりたい。
オロロンが泣いていれば慰めてあげたいし、ライジルの花の世話も手伝いたいし、ラビィの話し相手にもなりたい。
そしてウィル。
厄災の魔女―お母さんに感情を奪われ、十二年もの間、怒りや憎しみに囚われず作られた笑顔でここまでやってきたウィル。
僕は君の力にもなりたい。こんな子供じゃ力にはなれないと思うけれど―いつか、ウィルの本当の笑顔が見たい。皆で笑い合うのが僕の夢だ。
そういえば、そろそろ異世界から人間が来るらしい。その人は、どうやらウィルの感情を取り戻す鍵を持っているという。
もし本当ならば―僕はその人を笑顔で迎えたい。あの時、僕を迎えてくれた皆みたいに、その人をとびきりの笑顔で迎えるんだ。
それが、僕の出来る事。
燈、ようこそミレジカへ―
―犬耳少年の大切な仲間達・終―
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