魔女を殺す為のデイリーライフ【完結】

秋雨薫

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魔女の仕事

陰謀

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 ミラの部下達は変わらず地面に倒れているが、白い仮面の男は消えていた。アピは大きな目を両手で擦ってから辺りを見渡した。

「な、何だ!? 逃げられたのか!?」
「ああ、そうだな。残念ながら仕事は失敗だ」
「えー!! メラニーに何て言えば……!」

 ミラ暗殺は失敗してしまった。ホークアイだったら一発で解雇なのだが(リヴは何とか首の皮一枚繋がっているが)、アピの様子からそれ程強いペナルティは無さそうだ。

「……お前、俺と初めて会った時は煙幕もろともしていなかったような気がするんだが」
「それはお前が何かしてくる気満々だったからこっちも対策していたんだよ。まさかミラが逃げるとは思わないじゃないかよー!」

 アピの動きが随分と鈍かったのは、初めての暗殺だったからだろうか。自分が暗殺されそうになったら太刀打ち出来るが、逆の立場は不慣れだから思ったように動けなかったという事か。
 あまりにも不器用な魔女だ。今まで出会って来た魔女達は躊躇いもせずに魔法を刃として構えたというのに。
 リヴは地面に転がったままの暗殺者達に目を向けた。

「……こいつらを人質にしても、ミラは現れないだろうな」

 暗殺者は仲間意識を持たないのが暗黙のルールだ。下手に干渉して情を持ってしまったら自分の弱みになってしまいかねない。この者達も上からの命令でミラの手下になっただけの存在だろう。
 アピは暗殺者達に興味はないようで、不安そうに辺りを見回していた。

「ティール……」

 ミラが去った後もティールの姿は見当たらなかった。両腕を欠損したのはかなりの大ダメージだったのかそれとも――
 しかし、その心配は杞憂だったようだ。

「ボクは大丈夫だよお、アピちゃん」

 何処からかティールの声が聞こえた。アピはハッとして再度視線を巡らせるが、彼の姿は何処にも見えない。

「ティール! 何処にいるんだ!?」
「ちょっと怪我をしたから魔力を大分消費しちゃってねえ。小さくなって魔力を節約しているのさあ」

 またネズミのような小さいものに擬態しているようだ。声色も弱々しくないので強がっているわけでもなさそうだ。
 姿は見られなかったが、ティールが無事だった事を知れてアピは酷く安堵した表情を見せた。

「メラニーの所へ行くんでしょう? ボクの事は気にしないで二人で行っておいでよお」
「うん……」
「回復したらまたアピちゃんの所へ戻って来るよお。愛するアピちゃんを悲しませたくないからねえ」

 いつもの軽口を叩くティールに、アピは「悲しんでなんてないぞ!」と強がってみせた。
 その様子をすぐ側で見ていたリヴは一度浅く息を吐いてから適当な方向へと声を掛ける。

「……助けてくれた事に感謝する、ティール」

 ティールが止めてくれなければリヴの命は無かっただろう。素直に礼を言うと、含み笑いが聞こえる。

「助けたくて助けたわけじゃないけどねえ。まだ時期じゃないのさあ」

 自分を殺そうとしていたティールがいきなり心変わりをするとは思えなかったから、何か思惑があって助けた事は何となく気が付いていた。あの魔族は何かを企んでいる。
――時期が来たら、殺す。暗にそう言われているような気がした。

「リヴ、行こう」
「……ああ」

 色々と聞きたい事があったが、あの魔族がペラペラと話すわけがない。アピに促されたリヴは頷くとその小さい背中について行った。

***

 アピの用意した転移魔法を何度も経由して、リヴ達はメラニーのいる廃教会に戻って来る事が出来た。メラニーの場所へ行くには彼女が用意した転移魔法を使用するか、何度か転移魔法を経由するしかないらしい。用心深いメラニーらしい。
 リヴはすっかり酔ってしまったのだが、アピは慣れているようでピンピンしていた。太陽は傾き、廃教会を赤く染めている。
 メラニーは初めて来た時と変わらず、酒瓶が乱雑に置かれているテーブルに突っ伏していた。明らかに空の酒瓶の量が増えている。二人の来訪に気が付いたメラニーはゆっくりと顔を上げた。

「……アピ……戻って来たのね……その様子だと……失敗したのかしら」
「……う。ごめんメラニー」

 アピが正直に謝ると、メラニーは皺の寄った眉間に指を当ててため息を吐く。

「はあ。今回は随分簡単な仕事だったでしょう? 最近大物の魔物ばかりだったから小物の人間を選んだというのに」
「どっ何処が小物だよ!? ミラ強過ぎだったぞ!? しかも暗殺だなんて……!!」

 アピとメラニーの会話が噛み合っていない。メラニーは違和感を覚えたようで、怪訝そうな表情を浮かべる。

「……どういう事かしら? 今回私が頼んだのはモネに潜むならず者の捕獲だけれど」
「え……!? だってメラニーのくれた紙にそれが書いてあった――」

 その紙はアピが読む前に奪った者がいた。それは――

「……あれはティールが読んだよな」
「あっ……」

 リヴの言葉に、アピは声を詰まらせた。そう、ミラ暗殺の指令を読んだのはティールだった。そこには全く違う魔物討伐の指令が書かれていたのだ。アピも最初は暗殺の指令に違和感を抱いていた。

「この暗殺はティールが仕組んだっていう事か……? 一体どうして……」
「……はあ。あの魔族……何を考えているか分からないから切った方が良いって言ったじゃないアピ……」
「で、でも……」

 アピはやけに動揺しているようだった。

(しかし、俺の腕を負傷させた相手を暗殺対象に仕向けたのは――何の偶然だ?)

 この広い世界で、ティールが因縁の相手と引き合わせたのは、偶然などという言葉で済まない気がする。そしてミラの居場所を知っていたのはメラニーではなく、ティールだという事だ。

――助けたくて助けたわけじゃないけどねえ。まだ時期じゃないのさあ

 この言葉が何を意味しているのか。
 アピを殺す為の日常だったが、少しずつ何かが迫って来ている。それは自分の死の予兆なのか。リヴはまだ知る由もない――


***

 三日月が煌々と照らす夜。ディザイト王国の街モネより南西へ向かった廃村には誰かが住んでいた形跡しか残っておらず、人の気配が感じられない。
 その村に、一人歩く姿が。 枯草色のローブですっぽりと頭を覆っており、白い仮面で顔を隠している。ランタンを持ち、背筋を伸ばして優雅に歩いている。
 暗殺者ミラ。この廃村を拠点にして暗躍していた者だ。先程アピとリヴの奇襲を受け、一度姿を消したがまたこの地に戻って来た。まだ彼等がいるかもしれないという可能性もあったが、それでもここへ来たのは、理由がある。
 建物に刀傷のような痛々しい跡のある場所へやって来た。小さい魔女が魔力で攻撃した跡だ。ミラはその建物に手を当てる。

「……これが、アピ=レイスの力……」

 暗殺出来ない魔女。まさかあんな小さな少女だとは思っていなかったが、想像以上の力だった。あれを脅威だと思う人間が後を絶たないのも納得した。
 今後、アピがまた自分を暗殺しに来るか分からない。だから一度アピの情報を得たいと思いここへ戻って来たのだ。
 建物の傷、地面の抉れ方などを細かく観察していると――ふと視線を感じ、ミラは素早く顔を上げた。

「やあ、さっきはよくもやってくれたねえ」

 月を背にして宙を浮く男がいた。その男――魔族は先程両腕を斬った者だ。しかし、その両腕は何事もなかったかのように存在している。

「……君か。どうやら腕は治っているようだね」
「ふっふふ……これはお返しだよお」

 そう言いながら、ティールは手に持っていた物を放り投げた。重量のある落下音と共に鉄臭さが鼻を掠める。魔族が放った物を見下ろし、ミラは片眉を痙攣させた。それは肘から寸断された人間の両腕だった。太さから男の物であると分かる。先程切断されたかのように真新しい。

「ふっふふ……。これは君の部下のものだよお。一人分しか持って来なかったけどお、全員殺してやったあ。どうするう? ボクに復讐するう?」
「……いや。上から適当にあてがわれたそれ程関わりの無い者達だ。何とも思わないよ」

 魔族はミラの怒りによって冷静さを欠きたいのだ。そう思ったミラは感情を少しも出さずに淡々と述べた。ここへ戻って来たのは、アピの魔法の痕跡を探る理由もあったが、置いて来てしまった部下達の様子も見に来たのだ。だが、彼等はこの非情な魔族に殺されてしまった。
 頬を血で濡らした男の姿をした魔族は楽しそうに笑う。

「冷たいねえ、シガ隊副隊長ミラ様はあ」
「……君はどうしてここにいる? 私を殺しに来たのか?」

 レイピアに手を添える。視界が悪いが気配を辿れば魔族の首は簡単に取れるはずだ。臨戦態勢のミラに、ティールは手をヒラヒラとさせて否定する。

「それは勿論、君に話があるからさあ」
「……話だと?」

 ミラは仮面の下で怪訝そうに顔をしかめたのだった。



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