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変わり始める日常

モネの公女

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 リヴとアピは兵士達に連れられてアルベール侯爵の住む屋敷へと通された。公女の姿は兵士達によって隠されていた為見る事が出来なかった。モネの公女はあまり姿を見せないと聞いていたので、何か見られたくない理由でもあるのだろうか。
 応接間のような部屋に通され、重厚なソファにアピと一緒に座る。彼女は何故かソワソワと落ち着きのない様子だ。

「何だ? 落ち着かないな」
「だって私こんなすごい家に来るの初めてだ……! ま、マナーとか大丈夫かな」
「マナーについて考えられるなんて随分な進歩だな」

 アピも最初は囚われていた子供達と同じかと思われたのだが、リヴが説明をして事なきを得た。マナーも大事だが、アピがうっかり口を滑らせて魔女だとバレる方が怖い。
 リヴは院長のパミラの教えのお陰で最低限のマナーはわきまえているので、粗相はしないと思うのだが、相手は謎多き公女。油断してはいけないと気を引き締めた。
 少しして、公女が侍女達を連れて現れた。ふわりと癖のある金の髪は右目を覆い隠している。左目は吸い込まれる程澄んだ青色。鼻筋は高く、とても美しい顔立ちだ。公女だと言われていたので髪は伸ばしているかと思ったが、耳下までの長さだ。そして何よりも驚いたのは――

「先程は子供達を助けてくれてありがとうございます。彼等は私達が保護をし、施設の整った孤児院へ預ける事を保証しましょう」
「ええ、よろしくお願いします。……」

 リヴは彼女の格好をなぞるように見てしまう。公女はドレス姿ではなく、上は胸元にフリルのある白いシャツで下は黒のスラックス姿だったからだ。視線に気が付いた公女はニコリと微笑む。

「……この格好ですか? 私はドレスよりもこれが好きなのです。それとも、男に見えましたか?」
「い、いや。そんな事は……」
「うん、そう見えた」

 リヴが否定しようとしたが、アピはあっさりとそう言って頷く。余計な事を、とアピを睨んだが、公女は気にする様子もなく、手の甲を口元に寄せて笑う。

「フフ、正直な子は好きですよ。そう思うのは当然です」
「でも好きな服を着られるのは良いよな! お前の着たい服がそのカッコいい服だっただけだろう?」
「アプ……! お前口調何とかしろ……!」
「良いんですよ。フフフ、可愛らしい子だ」

 マナーを気にしていた癖にいつもの砕けた口調でヒヤヒヤしてしまったが、公女は心が広いようで少しも気分を害していないようだった。
 公女はリヴとアピの向かい側のソファに座る。侍女達は3つ紅茶をテーブルに置くと部屋から出て行った。
 アピは紅茶を物珍し気に覗き込み、試しに一口飲んでみる。どうやら彼女にはまだ早かったようだ。苦そうな表情で側にあった角砂糖を数個入れている。緊張しているように見えていたが、大分いつも通りだ。
公女は優雅に紅茶を一口飲んでからリヴに微笑みかける。

「リヴ、と言ったかな。少し話がしたいんだが」
「……私の身の上話はしませんよ」
「いや、そんな事は聞かないよ」

 侍女が出て行ってから、少々雰囲気が変わったような気がした。彼女の佇まいに既視感があったが、初対面のはずなので気のせいだ。
 アピはクッキーに興味を示している。公女がそっと皿をアピの方に皿を押すと、子供のように喜び食べ始める。食べ物に夢中ならこれ以上失言はしないだろう。

「……驚いたよ。君は子供達を救う心があったんだね。そうは見えなかったから」
「……初対面の者にその言い方はいかがでしょうか」

 随分と見下すような言い方だ。やはり地位の高い者は平民を同等の命と考えていない。売られた子供達の対応で少しは良い貴族なのかと思ったが、そんな事はなかった。

「初対面、ね」

 公女は紅茶の香りを楽しんでいる。背筋をピンと伸ばしたその姿は男性のように見えた。その時、扉がノックされて一人の侍女が現れた。

「ミラディアス様、失礼します。こちらの件ですが如何致しましょう」

 公女――ミラディアスは侍女から渡された資料に軽く目を通してすぐに返す。

「ああ、それは以前伝えた通りに実行してくれ」
「かしこまりました」

 侍女はそう言ってまた一礼すると部屋を出て行った。

「ミラディアス……?」

 聞き慣れない名前に怪訝な表情を見せると、ミラディアスはわざとらしくきょとんとして見せた。

「知らないかい? 私はミラディアス=モネと言う。ここの領主の子供だ」

 聞き慣れないのだが妙に胸がざわついてしまうのは、彼女の名前にミラが付いているからだ。嫌でもあの暗殺者が浮かんでしまう。

「ミラ……ミラってあのミラと一緒だな!」

 名前をよく聞き取れなかったアピがクッキーを食べながら堂々と言う。リヴは余計な事を言うな、と注意をする。暗殺者ミラの事などこの公女には関係の無い話だ。
 ミラディアスはティーカップを置くとゆっくりと立ち上がった。優雅に歩き、リヴの横に立つと――手に持っていたスプーンをリヴの左目目掛けて突き出した。

「!!」

 リヴは頭を右に傾けて素早く避ける。咄嗟に避けたので重心がずれてソファに倒れこんでしまう。その拍子でアピはソファから落ちてしまった。

「ぎゃ!! 何をするんだリヴ!!」

 アピに返事をする余裕も無かった。ミラディアスはソファに足を掛け、リヴの上に馬乗りになる。そしてスプーンをリヴの眼前へ突き付ける。

「……何のつもりだ」

 明らかに公女の動きではなかった。この無駄のない身のこなしは覚えがある。ミラディアスは微笑みを張り付けたまま、リヴに顔を寄せる。

「気付かないかな?」

 ふと彼女から花のような甘い香りがした。この匂いは嗅いだ事があった。――廃村で、「彼」に逃げられた時だ。
 信じられない、と目を見開く。「彼」は暗殺者であり、貴族ではない。だが、目の前の彼女の動きは「彼」しか有り得ない。

「お前、ミラ……!?」
「敵がすぐ側にいるというのに気づかないとはね。随分勘が悪いんじゃないか? リヴ」

 モネの公女であり、暗殺者である「彼」はリヴの上で怪しく微笑んだ。



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