魔女を殺す為のデイリーライフ【完結】

秋雨薫

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変わり始める日常

雨に混じる赤

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 次の日。空は雨模様だ。随分と分厚い雲に覆われているので、今日は一日中雨だろう。朝食の準備を終えたリヴは外套を羽織り園舎の敷地内外を回りイダスを探したが、彼は何処にもいなかった。教会を後にしてから、ゴミ出しをしようとしていたマースを見かけて声を掛ける。

「今日イダスさんはいないんですね」
「ええ。今日はミラディアス様と共に出かける予定だと言っていましたよ」

 出来れば早めにイダスと会話をしたかったが、仕方がない。誤魔化しはしたが、暗殺者という疑いはイダスとの間に溝を生んでしまったはず。パミラを知る数少ない人に距離を置かれてしまうのは避けたかった。

(暗殺者である事には違い無いが、イダスさんを暗殺しに来たわけではないと誤解を解かなければ)

 暗殺者という言葉を聞けば、一般人であれば恐怖を抱くものだろう、だが、イダスの動揺の仕方は後ろめたさがあるような雰囲気だった。この世界にいると人の動作で感情の揺れが何となく分かるようになる。
 あの時の感情の揺れは、暗殺者に殺される恐怖。

「あの……マースさんはイダスさんが昔何をやっていたか知っていますか?」
「昔? うーん、私もここへ来た時からの付き合いだからそれ以前の事は……。何処かの村の教会にいたっていうのは聞いた事あったけれど」

 それは自分も聞いた事がある話だ。そして幼少期は劣悪な環境の孤児院にいたとも言っていた。孤児院にいた時から神父になるまでで、イダスが後ろめたさを感じる何かがあったのか。

(暗殺者を側に置きたくないと思うなら今日ミラに俺を外して欲しいと頼んでいるかもな。……まあ、何か思惑がありそうなミラが了承するとは思えないが)

 孤児院に数日いるが、彼女の企みは未だに分からない。それを忘れてしまいそうになるくらい穏やかな日常を過ごしている。だが、あまり気を緩めてはいけないと自戒した。
 園舎の屋根の下に入り外套を軽く振って雨水を払った。今日は雨なので子供達は室内で遊んでいる。
 室内を覗き込んでみると、子供達は玩具で遊んだり本を読んだりと好きに行動していた。その中に菖蒲色の髪がいるか探したが、何処にも見当たらない。
 怪訝に思っていると、赤毛の少女と目が合った。よくアピと遊んでいるニナという少女だ。ニナはリヴの元へ歩み寄るとそっとドアを開けた。

「アプちゃんのげぼくのリヴさん」
「下僕じゃない。……アプはいないのか?」
「うん、朝起きたらいなかったの」
「朝……って事は朝食の時もいなかったのか」

 朝食は準備で忙しくてアピの姿を確認する余裕が無かった。そういえばいつも変に絡んでくるアピが来ていなかった。

(アピがいないなんて、ここへ来てからは初めてだな)

 一人になりたくない、と言っていたから一人でフラリと何処かへ行くとは思っていなかった。違和感がゆっくりと頭をもたげたが、ニナの次の言葉で更に膨らむ事になる。

「アプちゃん、ちょっと買い物してくるって手紙を置いて行ったんだよ」
「手紙?」

 ニナから手紙を受け取る。そこにはたどたどしい文字で「買い物に出かける、昼頃には戻る」と書かれていた。
 文字だけ見れば年相応の子供が書いたように見える。しかし、アピは文字を読み書きが出来ない。この前ようやく自分の名前が読めるようになったくらいだ。

「そうか、それなら良かった」

 リヴはそう言って手紙をニナに返した。この少女に本当の事を伝えてしまったら不安に思ってしまう。そう思っての返事だった。

「もう少ししたら帰って来るだろうから、ニナちゃんは部屋に戻っていな」
「うん!」

 ニナは笑顔で部屋へと戻った。その後ろ姿に懐かしさを覚えながら、リヴはまた外套を羽織り、雨空の下へ足を踏み入れる。出掛けたアピの事が気掛かりだったので、休憩時間を使ってモネの街を探してみようと思ったのだ。
 何も言わずに何処かへと行ってしまったアピ。残せるはずのない手紙。嫌な予感がした。
 アピの行きそうな食べ物の売っている場所を中心に探してみよう、と近場の店を何軒か回ってみたが、小さな姿は見つからない。

(杞憂であれば良いが……)

 転移魔法を使ってメラニーの廃教会へ行った可能性もある。だが、あの手紙が胸のざわめきを増大させる。頬を滴る雨水を手で拭いながら、人込みを縫ってアピの姿を探す。
 何故暗殺対象をこうも探しているのか、リヴも分からない。ただ、アピがいつもの様子で生意気に何かを言う、無事な姿を確認したかった。
 裏路地に入ろうとした時——後ろから右手首を掴まれた。まさかアピでは、と振り返ったがその目に映ったのは金髪で男装の麗人。

「やあ、リヴ。今日は浮かない顔をしてどうしたんだい?」

 モネ家の令嬢であるというのに、今日は護衛を一人も付けていない。紺色の外套を羽織っていても彼女は目立つので、人々の目線がこちらに向いている。居心地の悪くなったリヴはミラの手を振り払って人の目から隠れるように裏路地に入って、暗がりから彼女を睨む。

「ミラ。イダスさんと出掛けていたんじゃないのか?」

 見た所隣にイダスの姿はない。するとミラは怪訝そうに眉を潜めた。

「うん? イダスと一緒に出掛けていないが」
「え? だが、マースさんがそう聞いていたと――」
「聞き間違いではないか? 私はこれから孤児院に行ってイダスに会おうとしていたんだ」

 ミラが嘘を吐いているようには見えない。何故イダスは嘘を吐いて出掛けたのか。そして同時期に姿を消したアピ。繋がりは不明だが、嫌な予感が拭えない。

「それよりもリヴ。君に話したい事が――」

 リヴの感情の変化に気が付かないミラが話を切り出そうとした時だった。
 裏路地から男の悲鳴が聞こえた。リヴとミラは同時にそちらへ顔を向け、瞬時にそちらへ走り出す。
 角を曲がった所で、リヴは足を止めてしまう。

「な……!? 何だこれは……」

 薄暗い路地の突き当りは赤黒い色で染まっていた。雨だというのに鉄臭さがむわりと漂っている。赤黒い液体の真ん中で、一人の男がぐったりと横たわっていた。黒い外套に身を包んでいるが、灰色の髪と、近くに落ちる片眼鏡は間違うはずがない。

「イダスさん!!」

 リヴは駆け寄ってイダスの身体を起こす。イダスは恐怖に染まった顔で絶命していた。心臓部から血が溢れている。即死だったのだろう。リヴは震える手でイダスの目を瞑らせてから、隣に立つ少女に目を向けた。
 イダスの死体と共にいたのは、血で真っ赤に染まった少女。リヴが探していた人物。凄惨な現場を前にしているというのに、少女はぼうっと虚空を見つめていた。

「アピ!!」
「……あ……」

 リヴの鋭い声でアピはハッと我に返り、自身の手が血で濡れている事に気が付いて「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。

「アピ!! お前がやったのか!?」
「ち、違……私、私はっ……!!」

 リヴの抱きかかえたイダスの死体を見てアピは全身を震わせ、血で染まった手で髪を掻き乱し、見開かれた瞳から涙が溢れ出す。

「私は……私は……!! あ、あああああああああっ!!」

 アピは声が枯れるくらい甲高い声を上げるとフ、と姿を消した。
 転移魔法を使ったようだ、恐らくもう近くにはいないだろう。その様子を遠目で見ていたミラは珍しく焦りの表情を浮かべている。

「魔女が……一般市民を殺した……」

 アピ=レイスを狙った暗殺者で帰って来た者はいない。彼女と過ごして忘れかけていた冷酷な面を改めて見せられたような気がした。
 彼女が――冷酷な魔女アピ=レイスがイダスを殺した。この事実はリヴに重たくのしかかった。

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