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終わる日常
カトレアのペンダント
しおりを挟むまた、ミラに敗北を喫してしまった。悔しさから下唇を噛む。
リヴは後ろ手に縄で縛られた。今までのリヴだったら、死に直結しようとも恐れずに抵抗をしたものだが、今回は大人しくしていた。
ここで自分が死んでしまえば、助ける事も出来なくなってしまう。
レイピアを腰に差したミラは、ポケットから金色の懐中時計のようなものを取り出した。
「……それは何だ?」
「これは魔女の居場所を探せる魔道具さ。これを使い、アピ=レイスの元へ向かう」
「……!」
「こんな魔道具もあるなんてね。拝借するまで知らなかったよ。最近の魔道具は、随分と進んでいる」
ミラの表情は心なしか嬉しそうに見える。それはまるで、新しい玩具を手に入れた子供のよう。そこに彼女の狂気がはらんでいるようで、うすら寒さを感じる。
「さあ、一緒に行こう。リヴ」
ミラがリヴの腰に手を添えて、懐中時計をチェーンで垂らす。空中で懐中時計が揺れて、長針しかない針が動き出す。
不可思議な動きをする懐中時計は、しばらく長針を動かしてから、ピタリと止まった。それと同時に、目の前の空間がぐにゃりと歪む。
リヴはミラに押され、その空間に身体を捩じ込まれた。
**
アピの転移魔法のような浮遊感は、この魔道具にもあったようだ。少し気分が悪くなりながらも、リヴは悟られないように無表情を保つ。
雨は降っていないが、風が強い。顔を振って前髪を払い、辺りを見回す。
見覚えのある景色だ。ここはメラニーの住む廃教会のある場所。あのアピでも何回か転移魔法を経由しないといけなかったのに、あの魔道具ならば簡単に行けるというのか。
「ここは元々、とある魔女が使用していたらしいんだ。本当はもっと強固な結界が張られていたようだけど、その魔女が死んだから簡単に出入りできるようになったらしい」
メラニーは死んでいないが、ここにはいない。弱体化が進んでしまった為、結界も脆くなってしまったのだろう。
だが、リヴは何も言わずに景色を静観する。
「随分と寂れた場所だね」
ミラの言い方から、どうやらここへ来るのは初めてのようだ。ミラはリヴの腰に手を添えたまま進み、辺りを散策する。
魔道具の性能が本物なら、アピはこの場所にいる。そして、ミラが協力しているのあの魔族も一緒に――
「やあ、よく来たねえ」
女性の声だったが、ねっとりとした口調は間違うわけがない。頭上から聞こえてきた声に、リヴは不快感を露わにしながら空を見上げた。
「ティール……!」
空中に、ハンモックで寝ているかのように浮く、女性に変化したティールの姿があった。露わになった太ももを見せびらかすように、足を組み直す。
「そんなに驚いていないって事は、何となく分かっているのかなあ?」
「……ミラとお前は組んでいたって事か」
「まあねえ。ボクとミラは仲良しなのさあ」
ティールはミラの隣に降り立つと、彼女の肩に手を回そうとしたが、ミラの手がレイピアに伸びたのを見て、無言で空へと逃げる。
「勘違いしないでくれ。組んでいる、というより利害関係が一致しただけだ」
ミラは美しい顔に不快の色を滲ませていた。
利害関係。それを聞いたリヴはピクリと頬を痙攣させた。
「……そうか。それよりも、アピは何処だ?」
「お前にアピちゃんと会わせる意味あるう?」
「意味など必要ない。アピは何処だと聞いている」
「フッフフ……。拘束されているっていうのに、随分余裕だねえ?」
ティールは空中に浮いたまま、リヴの鼻先ギリギリまでに自分の顔を寄せると、ニタリと笑う。こんなに近くにいても、リヴは両手を拘束されたままなので、どうする事もできないと分かっての行動だろう。
ティールと至近距離で睨み合っていると、ミラがリヴの肩を押して二人を離れさせる。
「話を逸らされたね。話されるのが嫌だったのかな?」
リヴの不自然な話の逸らし方は、ミラをとある確信へと導いたのだろう。自信に満ち溢れた笑みを浮かべている。
「私の目的は以前、言ったね?」
「……」
リヴはミラを睨んだまま、何も答えない。
ミラが寂れた町で低級魔族を倒した時に言っていた戯言。明らかにティールとは相容れないはずなのに、手を組んでいるのは、ただ一つの目的の為。
ミラは、そっとリヴの右腕を人差し指でなぞる。
「私が君に付けた傷は、そんな簡単に治るものではない。……むしろ、使い物にならなくなる可能性が高かった」
右腕が使い物にならなくなってしまえば、暗殺者として生きる術がなくなってしまう。その先は――死。
いつでも死んで良い、と思っていた割には、少しでも可能性がある方向へと歩を進める。——その結果が、新しい死の気配を呼んでいるとも知らずに。
いつの間にか、リヴの額は汗で濡れていた。汗が一筋、頬を伝う。
「しかし――君の右腕は、もう戦える程に回復している。それは何故か? 何故ならそれは――」
「……憶測はやめろ。俺は普通の人間だ」
自分は、普通の子供として孤児院で育てられ――暗殺者として生きていただけだ。己に流れている血など、関係ない。
パミラの言葉が過る。
『——これは、お前の母親から託されたものだ。必ず肌身離さず持っているんだ』
まだ六歳のリヴに大人物のペンダントを首に掛けたパミラは、哀しみを押し殺した表情をしていた。どうしてこれを渡すのかと尋ねた時に、パミラはこう答えた。
『リヴ。お前が生きていく為には、このペンダントが必要なんだ。だってこれは――』
『お前が普通の子供として暮らせるように、魔力を感知されないように作られているからだ』
子供時代と、現在のリヴがリンクし、彼の目から一筋の涙が零れた。
ずっと首元に隠してある、金色のペンダント。カトレアの花が表面に刻印されている。母が亡くなる前に、リヴが普通の子供として暮らせるよう、パミラに託したもの。
首元のペンダントが、触ってもいないのに揺れたように感じた。
物心がつく前に亡くなった母は、自分の死の前に、パミラへリヴとペンダントを託した。パミラは、リヴが何者か最初から知っていた。それでも、普通の子供と変わらずに育ててくれた。
彼がいなくなった今、その秘密はリヴの心の中だけに留まり続けていた。だが、それはもう――
「君は、魔女の子なんだろう?」
一人の麗人によって、白日に晒される事となった。
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