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サイベリアン王国での生活開始(2)
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(それにしても。私に一目惚れ、ねえ……)
求婚してきた時も、そして今も、スクーカムからはまったく熱っぽさが感じられない。ソマリのことを好きなら、もう少し照れたり浮ついたりといった反応があってもいいと思うのだが。
(嘘くさい気もするけど、一目ぼれくらいしかこの人が私に求婚する理由は無いわよね……)
と、半ば無理やりソマリは納得する。
「そうですか……」
「何かおかしいか?」
「いえ、特に何も。あの、それで猫ちゃんの件なんですけど。この間おっしゃっていた通り、本当に自由にやらせていただけるのですよね? スクーカム様が支援もしてくださるとか……」
スクーカムの鉄仮面がぴくりと動いたのが見えた。今日一番反応しているような気がする。
「無論だ。それが我々の結婚の条件だろう」
「それでは、私は王宮ではなく離宮で暮らしたいのでご用意をお願いします。そこまで広くなくて構いません」
「離宮? なぜ?」
「やはり、猫ちゃんを悪魔の使いだと嫌う方が多いですから。王宮に入れるのは問題でしょう」
自分の命よりも猫が大事なソマリだが、猫愛を他人に押し付けるつもりはさらさらない。このかわいさを知らないだなんて哀れな人たちだなあとは常に思ってはいるが。
するとしばしの間スクーカムは黙考した後、口を開いた。
「……なるほど、確かに」
「ご理解いただきありがとうございます。私につけていただく侍女もひとりいれば十分です。身の回りのことは自分でひと通りこなせるよう、両親に躾けられましたので」
「わかった。しかし、王宮には来ないのか……。猫が……」
スクーカムの声がやたらと残念そうに聞こえたのは少し不思議に思ったが、離宮に住むことを了承してくれたことによる安堵感が大きく、追及する気になれなかった。
「そうですね。私は猫ちゃんと一緒にだいたい離宮に居ようと思います。これでたくさんの猫ちゃんと一緒に暮らすという私の夢が叶います。本当にありがとうございます……!」
スクーカムの一目惚れ宣言をいまだに怪しんではいるものの、離宮を与えてくれる上に支援までしてくれるのだ。
ソマリにとってスクーカムは、まさに救いの神だった。
「……と、なると。俺は猫に慣れねばなるまいな」
「え?」
「それはそうだろう。俺は君の夫となるのだから、離宮に通うことになる。その度に恐ろしい悪魔の使いと対峙するのだぞ。いちいち恐れおののくわけにはいくまい」
淡々とした声でスクーカムが言った。
もうじき夢が叶うことへの嬉しさのあまり、今の今までスクーカムと猫の関わり方についてまるでソマリの頭には無かった。しかし、言われてみればその通りだ。
「確かに。スクーカム様のおっしゃる通りですね」
「ああ。ちなみに、君の元に今猫はいるのか?」
思っても見ないことを聞かれ、ソマリは言葉に詰まってしまう。するとスクーカムがさらにこう続けた。
「そこまで猫を愛しているのだから、すでに手元に置いているのではないかと思ってな。もしいるのなら、今すぐにでも拝見したいのだが」
どこか緊張感のある声に聞こえた。軍事国家の皇太子とあれど、悪魔の使いと関わることには少なからず恐怖心があるのだろうか。
(うーん。回答に迷うわね……)
応接間の隣のソマリの自室では、舞踏会の日に保護した猫――チャトランが布を敷いたバスケットの中でのびのびとくつろいでいるはず。
ちなみに名前の由来は、柄が茶トラだったからだ。
掃除は自分自身で行うようにしていたから、ソマリの部屋に家の者たちが入ることはないので、チャトランの存在はまだ屋敷の者には発覚していない。
きっとスクーカムも、以前の自分と同様猫をこの目で見たことが無いはず。そんな彼が、チャトランを目にした時にどんな反応をするか未知数だった。
(私みたいに「かわいい」って好意的に思ってくれればいいけれど。無骨なこの人がそんなことを思う可能性は低いわよね……。「この姿はやはり邪悪な悪魔の使い!」なんて、騒いだりしないかなあ)
しかし流麗の鉄仮面と呼ばれる冷静沈着な剣士が、あんな小動物を見たくらいで騒ぎ立てるとは思えなかった。いまだにどうして猫に悪魔の使いなどというふたつ名がついているのか、ソマリには理解できない。
(私の夫になるのなら、やっぱり猫ちゃんには慣れてもらった方が今後都合がいいわよね)
「――はい。実は私の自室に一匹おります」
意を決したソマリが猫の存在を告げると、スクーカムはまたぴくりと動いた。どうも彼は、ソマリに対してよりも猫に対しての方が反応が大きい気がする。
「そうなのか」
「ええ。ご覧になるのは構いませんが、家族には内緒で世話をしているのであまり大きな声を出さないようにお願いします。猫ちゃんもびっくりしてしまいますので」
「……承知した」
そういうわけで、ソマリはスクーカムを自室へ案内した。
「どこいるのだ」
きょろきょろと鉄仮面を被った頭を動かし部屋を見渡すスクーカム。緊張しているのか、どこか今までよりも動きが機敏だ。
求婚してきた時も、そして今も、スクーカムからはまったく熱っぽさが感じられない。ソマリのことを好きなら、もう少し照れたり浮ついたりといった反応があってもいいと思うのだが。
(嘘くさい気もするけど、一目ぼれくらいしかこの人が私に求婚する理由は無いわよね……)
と、半ば無理やりソマリは納得する。
「そうですか……」
「何かおかしいか?」
「いえ、特に何も。あの、それで猫ちゃんの件なんですけど。この間おっしゃっていた通り、本当に自由にやらせていただけるのですよね? スクーカム様が支援もしてくださるとか……」
スクーカムの鉄仮面がぴくりと動いたのが見えた。今日一番反応しているような気がする。
「無論だ。それが我々の結婚の条件だろう」
「それでは、私は王宮ではなく離宮で暮らしたいのでご用意をお願いします。そこまで広くなくて構いません」
「離宮? なぜ?」
「やはり、猫ちゃんを悪魔の使いだと嫌う方が多いですから。王宮に入れるのは問題でしょう」
自分の命よりも猫が大事なソマリだが、猫愛を他人に押し付けるつもりはさらさらない。このかわいさを知らないだなんて哀れな人たちだなあとは常に思ってはいるが。
するとしばしの間スクーカムは黙考した後、口を開いた。
「……なるほど、確かに」
「ご理解いただきありがとうございます。私につけていただく侍女もひとりいれば十分です。身の回りのことは自分でひと通りこなせるよう、両親に躾けられましたので」
「わかった。しかし、王宮には来ないのか……。猫が……」
スクーカムの声がやたらと残念そうに聞こえたのは少し不思議に思ったが、離宮に住むことを了承してくれたことによる安堵感が大きく、追及する気になれなかった。
「そうですね。私は猫ちゃんと一緒にだいたい離宮に居ようと思います。これでたくさんの猫ちゃんと一緒に暮らすという私の夢が叶います。本当にありがとうございます……!」
スクーカムの一目惚れ宣言をいまだに怪しんではいるものの、離宮を与えてくれる上に支援までしてくれるのだ。
ソマリにとってスクーカムは、まさに救いの神だった。
「……と、なると。俺は猫に慣れねばなるまいな」
「え?」
「それはそうだろう。俺は君の夫となるのだから、離宮に通うことになる。その度に恐ろしい悪魔の使いと対峙するのだぞ。いちいち恐れおののくわけにはいくまい」
淡々とした声でスクーカムが言った。
もうじき夢が叶うことへの嬉しさのあまり、今の今までスクーカムと猫の関わり方についてまるでソマリの頭には無かった。しかし、言われてみればその通りだ。
「確かに。スクーカム様のおっしゃる通りですね」
「ああ。ちなみに、君の元に今猫はいるのか?」
思っても見ないことを聞かれ、ソマリは言葉に詰まってしまう。するとスクーカムがさらにこう続けた。
「そこまで猫を愛しているのだから、すでに手元に置いているのではないかと思ってな。もしいるのなら、今すぐにでも拝見したいのだが」
どこか緊張感のある声に聞こえた。軍事国家の皇太子とあれど、悪魔の使いと関わることには少なからず恐怖心があるのだろうか。
(うーん。回答に迷うわね……)
応接間の隣のソマリの自室では、舞踏会の日に保護した猫――チャトランが布を敷いたバスケットの中でのびのびとくつろいでいるはず。
ちなみに名前の由来は、柄が茶トラだったからだ。
掃除は自分自身で行うようにしていたから、ソマリの部屋に家の者たちが入ることはないので、チャトランの存在はまだ屋敷の者には発覚していない。
きっとスクーカムも、以前の自分と同様猫をこの目で見たことが無いはず。そんな彼が、チャトランを目にした時にどんな反応をするか未知数だった。
(私みたいに「かわいい」って好意的に思ってくれればいいけれど。無骨なこの人がそんなことを思う可能性は低いわよね……。「この姿はやはり邪悪な悪魔の使い!」なんて、騒いだりしないかなあ)
しかし流麗の鉄仮面と呼ばれる冷静沈着な剣士が、あんな小動物を見たくらいで騒ぎ立てるとは思えなかった。いまだにどうして猫に悪魔の使いなどというふたつ名がついているのか、ソマリには理解できない。
(私の夫になるのなら、やっぱり猫ちゃんには慣れてもらった方が今後都合がいいわよね)
「――はい。実は私の自室に一匹おります」
意を決したソマリが猫の存在を告げると、スクーカムはまたぴくりと動いた。どうも彼は、ソマリに対してよりも猫に対しての方が反応が大きい気がする。
「そうなのか」
「ええ。ご覧になるのは構いませんが、家族には内緒で世話をしているのであまり大きな声を出さないようにお願いします。猫ちゃんもびっくりしてしまいますので」
「……承知した」
そういうわけで、ソマリはスクーカムを自室へ案内した。
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