【連載版】聖女なんて真っ平御免です!

照山 もみじ

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第一章

11-3.忘れられた少女3

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 泣き声の方を見れば、そこにはこちらに背を向けて縮こまった真っ黒な子どもが泣いていた。

(あの子か……)

 全身真っ黒だからシルエットしかわかないが、背格好からして俺より少し小さいぐらいに見える。俺の意識が二十を越えているからもっと小さい子どもという認識でいた。服装はシンプルなものが好きなのか、アカリのようにレースにリボンにゴテゴテした物には見えない。髪はウィリアムと同じでサラサラストレートのようだ。

「……アンジェ」
「まって」

 声を掛けようとした俺を、ディルクが口に指を立てて止めた。子どもの割に大人びた仕草に思わず息を呑む。将来絶対イケメンになる……なんて考えている場合じゃない。

「な、なんで?」
「この呪いはね、彼女自身が皆に思い出してほしいって思わないと解けないわけ」

 真剣なディルクに、何故先に説明してくれなかったのかとジト目で訴える。そもそも知っていながら何の力も無い俺にドア開けさせたとかコイツ鬼畜か?

「……というと?」
「皆が思い出せない自分の名を彼女自身が周囲に教える必要があるわけ。『私を思い出して』てね」
「要するに、名前はこっちから言っては駄目ってことね?」

 確認すれば、ディルクは頷いた。別に自分から望んでここにいる訳ではないのに、思い出してもらうのもアンジェリカが頑張る他ないというのはなんとも言えない不愉快さを覚える。ウィリアム曰く彼女は人見知りが激しいというのに、そんな自己主張の激しい事をするのは勇気も必要だろう。なんともたちの悪い悪魔の呪いに、俺は溜め息を吐いた。

「……ねぇ、君」

 怖がらせないように、少し離れた場所から声を掛ける。すると少女は目に見えて飛び跳ねると、慌ててソファーの陰に隠れてしまった。

「可愛いけど、けっこう重度な人見知りだね」
「あんまり家から出る事もなかったからな。同年代の子ともっと関わっていたら少しは違っていたかもしれない」
「まぁ、過ぎてしまった事を言ってても仕方ないからね。あの子のために早くしよ」

 三人で頷きあって、その場で「ねぇ」と声をかける。本当は慣れているウィリアムの方が良いのだけど、慣れているが故に名前を呼んでしまう恐れがあるから黙っててもらった。

(それに、これは俺の問題でもあるからね)

 アカリの直近的な目的は俺だ。その危機回避のために皆を巻き込んでいるのは俺。なら俺が率先して動かなければならない。俺にはその責任を果たす義務がある。同時にそれは駄目駄目アルフレッドが変わる第一歩でもある。そしてなにより……

(あの子をいつまでもこんな場所に置いておけないよね)

 今はディルクの魔法で明るくなっているけれど、これがなければ部屋は真っ暗なままだ。そんな中でずっと泣いている彼女を放ってはおけない。

「そこからで良いから、話し、聞いてくれるかな?」

 ソファーに向かって声をかける。反応はない。聞いてくれていることを願って、俺は話しを続けた。

「僕はアルフレッド。ここにいる、君の従兄のウィリアムの友だちだよ」

 敢えて王子の身分は隠して、従兄の友人を強調する。知っている人が身近にいるのに気が付けば、少しは安心してくれるんじゃないかと考えた。

「ウィル……兄様?」

 ソファーの裏から、初めて声が聞えた。可愛らしい声でウィルの名を呼ぶ口調には、教養があることが窺える。アカリとは大違いだ。比べるのも失礼だけど。

「そう、ウィリアムもここにいるよ」

 そう言ってウィリアムを見れば、とてももどかしい表情を浮かべていた。無理もないよな。本当なら、名前を呼んで駆け寄って抱き締めてあげたいのにそれが出来ないんだもの。手を伸ばせば届く場所にいるのに、何も出来ないのは何よりも悔しいよな。

「……ねぇ、少しでも良いから、一緒にお話しない? 君のこと、教えてほしいんだ」

 怖がらせないように話しかける。ソファーから覗いた黒い顔は、なんとなく、ウィリアムを見ているように思えた。

(ウィルに話してほしいって事かな)

 人見知りの彼女は、生前も自身の紹介を親や周囲に任せていたのかもしれない。任せていた訳じゃなくても、話さなければ自然と周囲が話していたのだろう。もしかしたら、ウィリアムが代わりに説明してくれない事に戸惑うかもしれない。ウィリアムにはなんとか我慢してもらわないといけないなぁ。

「……ここ、素敵な部屋だね。ピンクと黄色の可愛らしい壁紙とか、レースの綺麗なカーテン付きベッドとか……あ、机の花柄も可愛いね。君に良く似合ってるよ」

 とりとめの無い話しを振る。アンジェリカが自身の境遇を何処まで理解しているのかわからない今、下手に話す事が出来ない。なら彼女や周囲を褒めつつ気を許してくれるまで忍耐強く待つしか無い。大丈夫。前世の困難より全然耐えられる。

「ここ、君の家の庭が見える位置だよね。庭、凄い綺麗だったから、ここから見える景色は最高だろうね。庭の花……ダイヤモンドリリーが見事に咲いてたよ」

 壁紙を見る。柄に描かれた花はダイヤモンドリリーだろう。庭の花を気に入ったからか、それとも好きだから庭に植えるようになったのか定かではないが、彼女自身がこの花を好きな事はわかる。だから褒められて嬉しい話しに、外が気になるような要素も混ぜておく。人見知りでも、好きな物には飛びつく子は多い。

「……本好きなの? 『カーテンの向こう側』良い本だよね」

 近くにあった本棚を見る。そこには童話や純文学が並んでいた。その一つに【カーテンの向こう側】という本を見つけた俺はそれを手に取ってパラパラと捲った。

【カーテンの向こう側】というのは、外が怖くて部屋から出られない少女が、カーテンと通して外と触れ合い、最後は自ら外に出て行く――という話しだ。王宮の図書館にはジャンル問わずたくさんの書物がある。毎日読む参考書や図鑑に加え、周囲……特にノエルとの話題が増えればと思い、純文学や大衆文学まで読む事にしているのだが、この【カーテンの向こう側】という本は先日読破したものだった。

(なんだか努力が報われた気がして嬉しいけど、純粋に良い本だったんだよなぁ)

 外が怖い少女はカーテンを開ける事もしなかった。何にそんなに怯えていたのかは描写されていないので不明だが、そんな彼女はカーテン越しに外を感じて、時折人とも接して成長していった。静かだが確かな人の成長を感じられる本で、思わず読みふけってしまいその日の訓練を慌ててした事は暫く忘れないだろう。

(……この本の少女に憧れたのかもな)

 パタン と本を畳んで見れば、何度も読んだのだろう、大分消耗している。

(出たい、て気はあるのかな)

 本の主人公である少女とアンジェリカは似ていた。人見知りだと聞いているし実際に見た感じでも大分人見知りなのは見て取れた。そんな彼女がこの本を何度も読んでいるのは、主人公のように外に出たい、または外に出る勇気がほしいからなのだろう、と感じる。もしかしたら――

「……そうです」

 ソファーの後ろから、初めて俺に声が返ってきた。

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