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第一章
16.そんな君だから(マリア視点)
しおりを挟む約束してからは、楽しい日が続いている。ノエルに勉強を教えてもらいつつ、彼女をスラムに案内した。教え教えられる事が楽しくて仕方ない。
ノエルが来ない日は勉強の復習をしたり、少しずつ読めるようになった絵本を読んだりと、今までとは違い出来る事の幅も広がった。文字が読めるようになって計算も出来るようになれば、シスターの手伝いも増えた。今では買い物を頼まれたり、孤児院の子どもたちに絵本を読んだりしている。アタシ自身にも良い勉強になって、嫌いじゃなかった。そうすれば当然人との関わり合いも増えて、前よりも皆と話す事も増えた。一人でいる方が楽なのは変わらないけど。
ノエルの方も変化があったようで、以前より笑顔が輝いて見えるようになった。何か嬉しい事でもあったのかと聞けば、長い間すれ違っていた婚約者と上手く行くようになったのだと話してくれた。
婚約者である王子の今までを聞いて「止めた方がいいんじゃない?」と思いもしたけど、『一目惚れだった人を振り向かせる事が出来て嬉しいの』と言っている彼女にそんな事は言えなかった。だから、王子がダメだった場合は、アタシは鉄槌を下そうと決めた。
そんな毎日を過ごす中、今日はその婚約者が来るのだと嬉しそうに語るノエルの話しを聞いていれば、その少女は現れた。
「逃がさないわよぉ……人のものを盗る罪人には裁きを下さないといけないんだから」
ケタケタと笑う少女に思わず悪寒が走る。ノエルも息を呑んでいた。わかるよ、どう見ても怖いもん。
年はアタシたちと殆ど変わらないのに、思わず顔をしかめてしまいそうになるほど酷い笑顔を浮かべた少女は、現れてから意味のわからない事ばかり言っている。ヒロインがどうとか、ヒーローとかなんとか。そして今は何故か罪人扱いだ。あの子の思考回路がわからない。いや、わかりたくもないけど。
(刃物は持ってないみたいだけど、何もなしに突撃してくるアホでもないようだし。取りあえず、ノエルをここから逃がすのが最優先かな……それに)
自然と険しい顔をしてしまう。
少女から溢れる黒いモヤは、臭いすら放って彼女に纏わり付いている。あれはスラムでよく見て嗅いだ事がある……腐の臭い。死の気配だ。
(あの子一体……どれだけ悪いことしたの?)
少女の発するものをスラムで見た時は、大抵スラムでもヤバいと言われているような奴が発していた。そして大体見かけてから数日後には遺体となって発見されている。悪事を働くようなことばかりしていた人間だから、ちゃんと埋葬される事も無く、スラムの外れにある森に捨てられていた。
そんなモヤを、あの少女は放っている。しかも今まで見てきた中で一番モヤも濃くて臭かった。アタシたちとあまり変わらない年齢なのに、どうしたらそこまで手を染める事が出来るのか。
(それに……なんか、いる)
モヤの中に何か小さいモノが動いていた。森で見かける妖精とは違う、もっと禍々しくて嫌なものだ。
その潜んでいるモノの気配は、少女のドレスのポケットに繋がっていた。黒い線で離れない、離れられないようになっているみたいだ。なんだろう……何かに縛られているようにも思える。
「行って、ノエル」
少女を見据えたまま、後ろにいるノエルに指示する。ノエルならそれが最善なのを理解してくれだろう。彼女の意を決した気配がした。
「どこにも逃がさないわよ? 盗人は裁かないと」
「何も盗んでないし……それに、悪人はアンタでしょ?」
一体アタシたちが何を盗ったんだ。気が狂っていると思っていたけど、それ以上みたい。
「酷いわ! わたし、何もしてないのに!」
「現在進行形でしようとしてる奴が言っても説得力がないのよ……アンタから出る、そのモヤ」
涙を流すことなく泣いていた少女はピタリと泣くのを止めた。気味が悪いし、モヤが濃くなった気がする。腐敗臭も強くなって、胃液が口の中に広がった。
「……そのくっさいモヤ、スラムでよく見た。大体悪いことしてるヤツに纏わり付いてた。アンタ、今まで見てきた中で一番モヤが濃いし、臭いんだよ」
「失礼ね! わたしは良い匂いよ!」
「アンタ自身の臭いの話しじゃない! そのモヤよ! それとモヤの中に潜んでる小さいの! それ、絶対ヤバいやつじゃない! そんなの連れて危なくない訳ないし、どっからどう見てもアンタ自身ヤバい奴よ!」
スラムで見てきた危ない人間以上に、目の前の少女は危険だった。身体の奥底から沸き上がるような禍々しいモヤが物語ってる。
「ノエル、早く!」
そう強く言えば、ノエルは裏口に向かって走り出した。同時にアタシは少女に向かって履いていた靴を投げつける。
「はぁ~あ、可愛い攻撃ね」
少女はポケットから一枚の紙を取り出しだ。すれば今まで以上にモヤの中の小さなモノが存在感を放ち始めた。繋がっているのは紙だったのかと、アタシはもう片方の靴も手に掴んだ。
「ヒロインしないヒロインなんていらないのよ」
そう言って、少女は傷だらけの腕を紙に擦り付けた。紙は赤く染まるに連れて、モヤの中にいる小さいモノもハッキリ見えるようになってくる。目がギョロギョロとした真っ黒なそれは、絵本に出てきた悪魔の様な姿だった。
「マリア!」
少女から何かが飛んできたのと同時に、マリアの声が響き目の前に水の壁が現れた。ノエルの水魔法だ。水の壁を見れば、数カ所小さく凍っている……相手の属性を知って、アタシたちの状況は不利なのを悟った。
「仕事しないヒロイン以上にアンタは嫌いなのよ」
少女の目が、マリアを捉えた。今までと比べものにならない程の殺意を孕んだ目に、頭の中で不味いと警報が鳴る。
「アンタ本当にウザいのよ。前世からわたしとショウさんの邪魔ばっかりして……今度こそ地獄に落ちて」
少女の攻撃よりも早く、アタシは走り出した。水と氷では圧倒的にノエルが不利だ。魔法の使えないアタシなんかより戦えたとしても、きっと保たない……アタシが盾になれば、ノエルを逃がすことぐらいは出来る筈だ。
水の球体が、少女を包み込み始める。閉じ込めるつもりか。けれど徐々に凍っていって水の質を保っていられない。
「ノエル!」
駆け寄って、逃げるために手を引いて走り出す。けれど氷の刃が形成される方が早い。
『この国を発展していくのは聖女ではありません。私たち貴族です』
聖女が国を導くと言われているこの国で、ハッキリと言い切ったノエルに共感……いや圧倒された。だから貴族であり将来の国母である自分は今から行動しなくてはいけないのだと語った彼女の支えになりたかった。
平民以下の子どもが何を言っているのかと笑われたって構わない。勝手にしててよ。だからアタシも勝手にする。愚行? それで結構。
氷の刃が飛んでくる。ノエルの腕を引っ張って、勢いに負けて倒れ込んで来る彼女に覆い被さるように抱え込んだ。モヤシの身体でも、致命傷は防げる筈。
迫る狂気に目をキツく閉じて、傷みを覚悟した――その時だった。
ゴウゴウ と、燃える音とともに、背に熱を感じた。覚悟した傷みは一向にやってこない。
(な……なに?)
目を開けて、少女の方を見る。けれど少女の姿は見えず、代わりに視界を独占しているのは、燃え上がる火柱だった。
「……君、僕の婚約者とその友人に、一体なにしようとしてたんだい?」
幼いながらも怒気の孕んだ声が、少女より後方から聞えた。
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