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第二幕 幼少期

57.領内視察は波乱の予感

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 前回と同じように、ゲートハウスまで来て、関所の憲兵に通行許可証を提出する。

 今回は3人なので、3枚だ。

『アントンの通行を許可する。』
『ルド様の自由な通行を保証する。』
『リン様の自由な通行を保証する。』

 なんだか、特別な贔屓を感じるのだが、気のせいだろうか?

憲兵
「トニーさま!? その髪の色は??」

アントニオ
「静かに! 今日はアントンとして街に行くのです。この髪は変装です! 光魔法で変えてもらいました。」

憲兵
「凄い魔法ですね! このお二人は護衛の傭兵ですか?」

アントニオ
「友人です! しかし、傭兵よりもずっとずーっと強いのですよ。お陰でこうして5年ぶりに街に出られるのです!」

憲兵
「そうでしたか。お気を付けて行ってらっしゃいませ!」

アントニオ
「行ってきます!」

 思えば、城内警備の憲兵達とも長い付き合いだ。すっかり家族同然である。

 魔導騎士団の軍服もカッコイイが、憲兵の濃紺の軍服もカッコイイ。刺繍は金ではなく白で、堅実な印象を受ける。

 王国中の強者が集まる魔導騎士団は他領出身者が多いが、憲兵達は殆どが領内の出身者で構成されており、領民との結び付きが強い。兵の数も魔導騎士団よりも多く、街の治安維持や城門の防衛、屋敷の警備、物資の運搬などで活躍している。

 愛国心が強く、入隊前から次期領主が焦茶であることを知っているため、最初からアントニオに優しい人が多い。一方、魔導騎士団に入隊したばかりの他領から来た新兵は、大抵の場合、初対面だとアントニオの髪の色に驚き、下に見て来る。それを、メアリーが訓練と称しコテンパンにのして、『私に勝てないようでは、私との決闘に勝利したトニーの足元にも及ばない』と躾(しつけ)直している。

 それでも、新兵の中には、メアリーの言葉を親バカではないかと思い、焦茶が次期領主であることになかなか納得出来ない者もいる。だが、しばらくすると、先輩魔導騎士達がアントニオの武勇伝を語りだし、訓練の模擬戦でトニー様風の勝利の仕方(ローエングリンの名シーン)を披露するので、次第に見方を変えていくのである。

 因みに、語られている武勇伝は幾つもある。「警備をかいくぐって外出する0歳児」「ゴーレムリリーの花束を作る2歳児」「聖女との決闘に勝利」「ヤンとの決闘に一撃で勝利」「城下町に出没したローレライはトニー様を狙っていた 」「実はトニー様がローレライ 」「飛竜を乗りこなし、神話級の魔獣を操る」などである。

 たとえ、後から敬意を向けられても、最初に偏見の目を向けてきた相手には苦手意識を持ってしまう。だから余計に、最初から偏見なく接してくれる憲兵達のことが、アントニオは大好きだ。

 仲良しの憲兵達に別れを告げて、アントニオ達はようやく、街の広場までたどり着いた。

アントニオ
「領地統治のベルマン先生より、今日やる宿題が出ているので読み上げますね!」

リン
「そんなことより、早くご飯にしよう!」

アントニオ
「ご飯についても書いてあるから、先に聞いてよ! まず......

・1日の食費を1人1,000イェ二に抑える!

・夏休みに行く王都の親戚に渡すお土産の選定!
(今回は買わないが商品を自分の目で探して物の価値を知る)

・教会に行ってお祈りと献金を行う!
(平民としていくので、500イェ二硬貨1枚を献金)

・関所にいる憲兵からサインをもらう!
(城壁外の街道へ続く正門と、深淵の森へと続く裏門の二箇所)

以上です! 1日で回れるのかな?」

リン
「大丈夫! 大丈夫! それより食べに行こう!」

 そう言って、リンは広場に面した例の高いカフェに入って行く。

アントニオ
「リン! 予算が! ちょっと待って!」

 バルドもスタスタと店に入って行ってしまう。

アントニオ
「えぇ!? 俺の話聞いてた?」

 慌てて追いかけて高級カフェに入ると、出勤前の魔導騎士や憲兵が、身なりの良い商人などが食事をしている。

給仕の女性
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

リン
「3人だ。」

給仕の女性
「お席にご案内致します。」

 シンプルだが洗練されたインテリアが並ぶ店内で、来ている他の客も上品だ。以前、ガラノフ先生と訪れた裏通りの店より、格段に綺麗である。

 アントニオのお財布には今日は1,500イェ二しか入っていない。

 お金が足りなくなったらどうしよう.....

 案内された席に座ろうとすると、アントニオに気が付いた魔導騎士や憲兵が一斉に立ち上がり敬礼する。

 わぁ~! 平民目線の街探索がピンチ!

アントニオ
「あ、おはようございます! お城でお世話になっております楽師のアントンです!」

 慌てて、話を合わせるように合図を送る!

魔導騎士
「おはようございます! アントン様!」

兵士達
「「「おはようございます!」」」

 魔導騎士くん! わかったみたいな顔をしているが継承が付いたままだぞ! しかも、皆、何故、着席しない!? あ、俺が座らないからか?

 アントニオは慌てて着席する。だが、騎士達は着席しない。

アントニオ
「さ! 食事をしましょう! 皆さん座って!」

兵士達
「「「はいっ!」」」

 もう、完全に上司と部下の関係なんですけど! 商人さん達がビビってこっち見ているんですけど!

 はやくもお忍びが危うい!

 明らかに不自然なやり取りに、給仕の女性も不思議そうな目線を向けてきたが、流石プロらしく、すぐに笑顔に戻った。

給仕の女性
「ご注文はいかがなさいますか?」

 メニューを手渡してくれる。

メニュー
『コーヒー 120イェ二
   紅茶 120イェ二
   リンゴジュース 100イェ二
   薬草ハーブティー 290イェ二
   ワイン 200イェ二
   ビール 170イェ二
   ミックスサンドイッチ 180イェ二
   魔牛サンドイッチ 320イェ二
   本日のパスタ340イェ二』

リン
「魔牛のサンドにパスタ、それからワインと食後にコーヒーだな。」

バルド
「俺はミックスサンドとパスタ、食前に紅茶、食後に薬草ハーブティーを頼む。」

アントニオ
「あ、俺はミックスサンドだけで。」

給仕の女性
「お飲み物はいかがされますか?」

アントニオ
「飲み物は大丈夫です。」

バルド
「大丈夫じゃない。コイツにはリンゴジュースを! それと、パスタと食後の紅茶も頼む。」

アントニオ
「あ、ダメです! ルド! 予算が! そんなに食べられないし!」

リン
「大丈夫! 大丈夫! 食べられなかったら俺が食べるし! お姉さん、それでお願いする。」

給仕の女性
「かしこまりました! ......全部で2,650イェ二になります!」

 リンが給仕さんの手をとって3,000イェ二を渡すと、給仕さんはリンの顔を見上げて赤くなった。

リン
「釣りはお姉さんにやるよ。」

給仕の女性
「あ、有難うございます!」

 給仕さんは、真っ赤になったまま、慌てて奥の厨房へ消えていった。

 リンの新たな一面を発見したアントニオだったが、そんなことを考えている場合ではなかった。自分の飲食費を急いで計算する。

アントニオ
「えぇ~!? えっと、リンゴジュースと紅茶とパスタ、ミックスサンドで740イェ二? うわぁ~!  これじゃ、ランチを抑えても、ディナーは抜きだよ!? どうするんだよ!?」

バルド
「子供のうちは食事を毎日きちんと食べないとダメだ! 予算が足りないないなら、その分稼げばいい。予算内だけでやり繰りしようなんて考え方は、卑しい考え方だ。

 お前が領主になった時、果たして、そんな考え方でいいのか? 予算が乏しいからと、領民に貧しい思いをさせて我慢させるのか?

 食事が足りなければ、病気にも掛かるし、仕事に必要なエネルギーが足りなくなる。かえって医療費がかかり、生産効率が下がる。

 財源を確保すれば、皆が豊かに暮らせる。必要な物を削るより、まずは増やす事を考えるべきだ!」

アントニオ
「そんなことを言って! ルドが美味しい物を食べたいだけだろ? 今日は平民の暮らしを体感する授業なの! ....それに、どうやってお金を増やすのさ? ギャンブルはダメだし、そもそも、大した手持ちが無いんだ。奢るのも禁止だからな? 今日の課題なんだから!」

リン
「大丈夫! 大丈夫! 何とでもなるから、今は食事を楽しもうぜ!」

 そんな3人のやり取りをハラハラしながら見守っていた兵士達だったが、出勤時間が来て、アントニオに一礼をすると店を出ていった。

 ハイ! アウト! 普通、楽師に恭しくお辞儀していく騎士などおりません! あぁ~、もう、めちゃくちゃだ! どうしていつも、こうなるんだ!

 アントニオは頭を抱えた。
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