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第二幕 幼少期

63.坊ちゃんの正体 ♣︎

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 思っていた以上に、色んな意味でヤヴァイお客様だったんだけど、私、この先、無事に生きて帰れるのかしら? と、心配になるのであった。

 そして、その心配は、すぐに現実となる。

 馴染みの街道沿いの店に着くと、お店の馬の世話係に、馬の食事を頼み、馬車を預ける。このお客様達は、なんと! 馬の餌代まで出してくれた。馬の餌代は料金内だから受け取れないというと、2頭立ての料金で4頭立てにしてくれた御礼だと言われた。なんていいお客様なの!? お客様は神様ですか!?

 そして、店に入り、同じテーブルに座る。10代、20代、30代? のイケメン3人に囲まれて、眼福半端ない! 息も絶え絶えなのに、どうやって食事をしろと?

 レストランの女将さんもビックリしてるし、同業者の仲間達も、開いた口が塞がらない様子。そりゃ、そうだわ。こんな粗野な店に、こんな高貴なお方が来ちゃったら浮くわね。

同業者の男
「おい! どうしたんだキャル? とうとう、全財産つぎ込んで男娼に貢ぎ始めたのか?」

女将さん
「こんな綺麗な人が売ってるなら私も買うわ! 何処の店なの?」

アントニオ
「売り物ではありません。非売品ですよ! むしろ、このお嬢さんが買われたのです。」

女将さん
「あんた、お金に困ってたの!? でも、旦那さん達に買って貰えるならいいわね! 私も買ってくれないかしら?」

キャロライン
「ちょっとダニエル! 女将さん! 冗談はよして! 普通に馬車を頼まれただけ! 坊ちゃんもこの人達に付き合って悪ノリしないで下さいよ! 恥ずかしくて、明日から街を歩けなくなっちゃう!」

 皆で、女将さんお勧めの300イェ二の定食を頼み、食事をする。

アントニオ
「これで、後はお土産を予約して、夕食を食べたら今日の予定は完了だね!」

キャロライン
「お客様達は何をしにいらしたのですか?」

アントニオ
「私は吟遊詩人でして、宮廷楽師として、この街を訪れました.....そうだ! 音楽付きのランチのお約束でしたね! 一曲歌いましょう!」

キャロライン
「お客様達は宮廷楽師様なの?」

アントニオ
「そうなんです!」

バルド
「おい、アントン。あまり危険な歌は歌うなよ?」

アントニオ
「はーい! じゃあ、シンプルな歌で!」

 カッチーニの「アヴェ・マリア」。本当はヴァヴィロフが作曲したと言われているが、長い間カッチーニが作曲したと思われていた曲である。

「Ave Maria, Ave Maria .....♪」
(いとめでたき マリア様!)

 短調の陰のある和声感(和音が進行する感覚)の中で、純粋無垢な明るいボーイソプラノの声が鳴り響く。暗闇を照らす光のようだ。

 中音域から高音域に上がる度に、天使の輪のような輝く音が飛んで行く。

 鼻血が出るどころか、昇天しそうな音楽に、キャロラインは涙と鼻水が止まらなくなってしまった。確かに『音楽付き』は反則のようです!

 ルド様が差し出して下さったハンカチでキャロラインは涙と鼻水をかんだが、後で冷静になってから、高級なハンカチを台無しにしたことに気が付いて、再び昇天しそうになるのであった。

 因みにハンカチは貰ってしまいました。

 アントニオは、ここでも「気に入って下さったら100イェ二お願い致します!」と言って回った。今回は、お店のお客様だけだったが、それでも2900イェ二ほど集めることが出来た。

 最初の予算が食費と献金費で1,500イェ二。朝食で740イェ二の支出。マッティナータを歌って7,000イェ二の収入。献金で500イェ二の支出。昼食300イェ二×2人分で600イェ二の支出(招待したのがアントニオということになったので、キャロラインの分はアントニオが負担)。アヴェ・マリアを歌って2,900イェ二の収入。馬車代はバルドとリンが負担。現在のお財布の中身は9,560イェ二だ。

 今日は豪華に夕食が食べられそうだ!

 お金を数えてニコニコしている坊ちゃんを見て、キャロラインは、もしかしたら、自分は思い違いをしていたのかもしれないと思った。

 この3人は貴族のお偉いさんではなく、ただの素敵過ぎる宮廷楽師様達で、憲兵達は彼らの歌をお城で聴いて、ファンになったから、特別待遇をしていたのかもしれない。

 王都にお土産を送ると言っていたということは、近々、王都に帰られてしまうのだろう。今日は、その出国許可をもらうための手続きと、お世話になった憲兵達への挨拶回りをしているのかも。王都に行くなら、うちの馬車を使って欲しいな。

 食事を終えて、お土産屋さんの店を回る。

 初めは安価なお店も紹介したけど、御三方はお気に召さなかったようだ。徐々にお高い店を案内する。

 とうとう最高級品を扱う店が並ぶ通りまで来た。魔獣肉の専門店、ハーブやお茶の専門店、高級ブティックに宝石店など、入るのに勇気がいるお店ばかりである。

 なのに、坊ちゃんが躊躇なく宝石店に入って行く。後の2人もそれに続いて入る。

 しばらくすると出て来て、今度は香水のお店に、その次は、高級菓子の店にと、次々と入っていった。

 やっぱり、羽振りがいいみたい。さっきも一瞬でお金を稼いでいたし。

 坊ちゃんが馬車に戻って来る姿をみて、キャロラインは、また、何かを思い出しそうになる。何だろ? こんな個性的な男の子と、過去に出会っていたら忘れそうもないのに、どうしても思い出せない。思い出せなくてモヤモヤする。

アントニオ
「終わりました! 後は晩御飯を食べて終了です! お陰様で早く予定が終わりそうです!」

リン
「晩御飯代は結構予算があるんだろ? お姉ちゃんのいる店にしよう!」

アントニオ
「え? 行ってもいいの?」

バルド
「ん? ダメなのか?」

アントニオ
「あ、いや、ダメじゃないよ! 全然!」

 わぁ~! 何言い出してるの!? この3人! 子供連れで風俗店に行けるわけないでしょ!? というか、倫理的にダメでしょ? やっぱり外国人は文化が違うの? どうなっているのですか!? 貴方達の文化は! 坊ちゃんはお姉ちゃんのいる店の意味が分かってるのかな?

キャロライン
「ダメだと思います。17歳以下の未成年は、お店に入れないと思います。」

バルド
「何でだ? 金はあるのに?」

キャロライン
「子供の教育に良くないからですよ!」

バルド
「どういう意味だ?」

キャロライン
「綺麗な女性に騙されて、お金をぼったくられる可能性があるからです。」

バルド
「なるほどな。キャバレーとか歌やダンスを楽しめる店に行きたかったが、子供は女性サービスのある店には行かない方がいいのだな。」

アントニオ
「あぁ~あ、そういうことはルドに教えて欲しくなかった; マジで、成人するまで行けなくなるじゃないか......」

 あ、坊ちゃん、お姉ちゃんのいる店の意味、分かっていたんですね;

リン
「えぇ~!? 若いうちに失敗しないと、歳をとってから失敗しちゃって大変にならないの? この国変わってるなぁ~。」

 若いうちから風俗店に行ける国があるのか.....というか、この御三方でも、お姉ちゃんのいる店に行きたいんだ? .....なんかガッカリ; でも、楽師様だから、純粋に歌や踊りに興味があるだけかも?

アントニオ
「じゃあ、普通の高級レストランでいいかな? 1人7,000イェ二の予算で行ける1番いいお店をご紹介いただけますか?」

キャロライン
「その予算なら、ジーンシャンで1番の最高級レストランにも入れますよ!」

アントニオ
「最高級レストラン!」

バルド
「それでいい。」

リン
「キャロライン。今日は、そこまで送ってくれたら、終わりでいいからね!」

 あ、流石に一緒に入れないか、馬車もあるし.....残念。

 キャロラインは馬車を走らせ、ジーンシャンで1番と言われる最高級レストラン「パラディズ」に送り届けた。

アントニオ
「有難うございました! お陰様で楽しい1日になりました。」

バルド
「感謝する。」

リン
「キャロライン、元気でな!」

キャロライン
「こちらこそ! ご利用有難う御座いました! また、馬車がご入り用の際は是非、ウチを使って下さい!」

 これで、お別れか.....と残念がっていると、リンがキャロラインの片腕を掴んで、顔を近付けてきた!?

 え? キスされる?

 キャロラインはドキドキして目を瞑った。

 暖かい体温が頬をかすめ、耳元に低い声で囁きが聞こえてきた。

リン
「それと、今日、見聞きしたことは誰にも内緒な!」

キャロライン
「は、はい!」

 体が離れて、温もりが去っていく。

 御三方は手を振って、パラディズに消えていった。

 はぁ~~っと、キャロラインは溜息をついた。さっきまでリン様に掴まれていた左腕を右腕でさすると、何か硬いものが.....

 キャロラインの腕には小ぶりでシンプルな金の腕輪がはまっている。

 キャロラインの顔が赤くなったのは、夕日の所為なんかではないことは確かだった。

 キャロラインが帰宅すると、父親である馬車屋の主人や同僚達は、何があったのかを聞き出そうと、必死になって話しかけてきた。しかし、キャロラインは「何にもなかったのよ!」とキレて父親と同僚を蹴散らすと、溜息をつくばかりだった。

 同僚達が、キャロラインのそんな様子を見て「フラれたらしいぞ」と口々に噂するので、キャロラインは家にいるのが煩(わずら)わしくなり、1人ぶらっと夜の街へ飲みに行く事にした。

 すっかり日が落ちて、街の彼方此方(あちらこちら)に街灯や店の明かりがついている。

 一際(ひときわ)陽気な声のする、行きつけの飲み屋に入ると、仕事終わりの憲兵達が飲みに来ており、すでに出来上がって、盛り上がっていた。この店は壁一面に魔導騎士団のポスターが貼ってあり、憲兵達の気軽な立ち寄り場になっている。

 キャロラインが適当にオカズを頼んで、チビチビお酒を飲んでいると、大きな声で憲兵達が興奮気味に話す声が聞こえてきた。

「突然いらっしゃったから、ビビって口もきけなかったんだよ俺は! 残念だ!」

「でも、大きくなられたよなぁ。図鑑片手にヨチヨチ歩いていらっしゃったのが昨日のことのようだ。」

「全然、似ていないと思っていたけど、光魔法で髪色を変えると、グリエルモ様にあんなに似ているんだな!」

「あ、それ、俺も思った! やっぱり、親子だったんだなぁって!」

 憲兵達が噂しているのは、恐らく領主様の一人息子であらせられるトニー様こと、アントニオ・ジーンシャン様の事だ。

 キャロラインは、私には縁のない話だなぁ~と思って、憲兵達とは逆方向の壁の方を向いた。すると壁に貼ってある勇者様のポスターと目があった。

キャロライン
「う......そ......!?」

 坊ちゃんそっくりの、精悍な顔つきが微笑んでいる。

 一気に身体中に血が巡る。お酒の所為なんかじゃない。

飲み屋の主人
「ちょっと! キャルちゃん! 鼻血出てるよ!」

 キャロラインは、飲み屋の主人に差し出されたペーパータオルで鼻血をおさえつつ、金の腕輪とポスターを交互に見比べるのであった。
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