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第三幕 学生期
117.自己紹介の失敗
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教室に到着すると、リッカルドとヴィクトーは教室の前に立って護衛を続ける。
廊下で2人きりになるとリッカルドが、小声で話しかけてきた。
リッカルド
「ねぇ、ねぇ、ルナール(ヴィクトーの苗字)さん! 何か、うちの坊ちゃん、あんまり歓迎されていないような気がするのですけど、気のせいですかね?」
ヴィクトー
「.......。」
リッカルド
「それとも、うちの坊ちゃんが偉すぎて、緊張しているんですかね?」
ヴィクトー
「仕事中だ。私語を慎め。」
リッカルド
「えぇ~、固い事言わないで下さいよ。一応、仕事に関係ある事じゃないですか。」
ヴィクトー
「いいから黙れ。」
リッカルド
「はぁ~...それに俺、ルナールさんの部下じゃないし。」
ヴィクトー
「......。」
リッカルド
「感じ悪いなぁ~。これから、一緒に護衛とか、マジで憂鬱だわ。」
ヴィクトー
「弱い癖に仕事が出来ない奴と一緒で、俺も憂鬱だ。」
リッカルド
「は? 俺を舐めてんの? 去年まで学生だった新兵だと思って舐めてるんでしょ? だけどジーンシャン魔導騎士団だぜ? 王立魔導騎士団のおっさんよりは、仕事が出来るし、弱くないと思うけど?」
ヴィクトーは鼻で笑った。
ヴィクトー
「なら、足を引っ張るなよ。」
リッカルド
「そっちこそ!」
アントニオよりも後から教室にやってきた学生達は、2人の護衛騎士の張り詰めた空気に怖れを感じることとなる。
_______________________
アントニオのクラスの入り口には濃淡二色の黄色の市松模様のクラス旗がかかげられている。
ヤン
「それでは、アントニオ様、私は自分の教室に戻りますね。俺は3年の菱(ひし)クラスですので、何かあった際は、護衛騎士に申し付けるか、グレーの菱型が並ぶクラス旗がある教室に来て頂ければと思います。」
アントニオ
「ヤン有難う。また、お昼に!」
ヤン
「はい! また、お迎えに上がります。」
アントニオが教室に入ると豪華な西洋アンティーク風のインテリアが目に入ってくる。
王立学校の教室は、いわゆる地球の学校とはまったく違う。
アイボリーの壁と天井、床にはブルーとグリーンの幾何学模様が描かれたグレーを基調とする絨毯が敷かれている。会社の社長が使うような重厚感のあるデスクと、座面が布張りのチェアが学生10人と先生1人分、11個ずつ置かれている。照明は天井埋め込み式の魔道具ライト。カーテンもグレーとベージュの縞のベルベット製だ。黒板やホワイトボードのようなものは見当たらない。
アントニオが教室に入ると、やはり、それまで会話していた学生の会話が止まる。
名乗っていいものだろうか? 友達になる前に調べると言われたけど、具体的なアプローチ方法をジュン様に聞きそびれてしまった。
でも、俺は1番身分が高いから、自分から挨拶しないと絶対に皆からは挨拶してくれないのだし、クラスメイトだし、挨拶はしよう!
アントニオ
「おはようございます。」
出来るだけ笑顔を作って挨拶した。
クラスメイト達は、困った顔になってお互いの顔を見渡した。
やはり名乗らないと挨拶を返してもらえないのだろうか?
クラスメイト達は、ジーンシャン領内とは文化が違う場所から来ている学生達ばかりで、イマイチ感覚が分からない。きっと、クラスメイト達もそうなのだろう。
ここは人生経験が豊富な自分が何とかしなくては!
アントニオ
「アントニオ・ジーンシャンです。同じクラスでお世話になります。宜しくお願い致します。」
勇気を出して名乗ったのに、他の学生達は、やはり一言も発しなかった。
え!? 名乗ったのに、名乗り返して貰えなかったけど? どうすればいいの? 結構、大きな声で挨拶したのに...誰一人として聞こえなかったって事がある?
アントニオ
「あ、あの、アントニオ・ジーンシャンです。宜しくお願い致します。」
もう一度、さらに大きな声で話すが、皆、硬直して返事を返さない。
ジュン様が以前教えてくれたように、名乗っても名乗り返されなかった場合は、護衛に言いつけて処分させないといけないの?
だが、アントニオは致命的なミスを犯していることに気が付いていなかった。
それは、1人ずつに声をかけるのではなく、皆同時に声をかけてしまったということである。
クラスメイト達は、初日の授業日で、まだ、お互いの事を把握していなかった。自分より誰の身分が上で、誰の身分が下か、知らなかったのである。
つまり、アントニオ様の自己紹介に、誰から返事を返していいのか、分からなかったのである。
アントニオはパニックになった。クラスメイト全員が揃っているわけではないが、今いる6人の学生達が焦茶の自分を無視しようとしていると思ったのである。
この時に冷静でいれば、護衛騎士に相談出来たかもしれないが、アントニオは蒼白になり、完全に思考が停止してしまった。
暴力を受けて育った子供には、暴力的な行為が行われる可能性がある場面に出くわすと、思考を停止して、痛みに耐えようとする本能が働くことがある。
今まさに、前世の負の遺産が発動してしまったのである。
アントニオまでの動けなくなってしまい、その場に立ち尽くした。
誰も動けず、口も開けない時間がしばらく続いた。
そこに、2人の男子学生が新たに入室してきた。
その2人も異様な雰囲気を感じて入り口付近で立ち止まった。
アントニオは、僅かな希望を抱いて、もう一度勇気を出し、新たに入室した2人に挨拶した。
アントニオ
「おはようございます。アントニオ・ジーンシャンです。宜しくお願い致します。」
ラドミール
「おはようございます。ラドミール・ベナークです。ベナーク伯爵家の次男です。次男ですが魔力が190ありますので、次期伯爵となるでしょう。」
アントニオは返事がもらえてホッとした。
ルーカス
「おはようございます。私はルーカス・ミラーです。ベナーク伯爵家にお仕えする騎士の息子です。魔力は110です。」
アントニオ
「ベナーク様とミラー様ですね。」
ラドミール
「アントニオ様とお呼びしても?」
アントニオ
「はい。大丈夫です。あの、でしたら、私もお名前でお呼びしても?」
ラドミール
「もちろんです。」
アントニオ
「有難うございます。では、ラドミール様とルーカス様と呼ばせて頂きますね。」
ラドミールとルーカスは驚いていた。伯爵家子息のラドミールはともかく、騎士の息子でしかないルーカスに『様』をつけて名前を呼ぶ大貴族などいない。
ラドミール
「アントニオ様は辺境伯家の御子息様でいらっしゃるのですよね?」
アントニオはラドミールの疑問を聞いて納得した。
王立学校で焦茶なんて他に誰もいないし、ジーンシャン家を名乗れば誰もが次期辺境伯だと分かると思っていたが、まだ12歳の子供だし、自分よりも身分が上の相手でも名前を覚えていないのかもしれない。
確かにさっきは次期辺境伯だとは名乗らなかった。良かった! 不敬罪とか言って処罰しなくてもいいのだ!
アントニオ
「はい。1人息子でして、次期辺境伯でもあります。魔力は測定不能だそうで分かりません。」
そういうと、先程まで黙っていた他のクラスメイト達のほうから、誰かの吹き出し笑いが聞こえた。
それにつられるように、皆がクスクス笑った。
魔力が測定不能だなんて恥ずかしいことをよく自分から言えたものだと思ったからだ。
アントニオは、真っ青になった。明らかに馬鹿にされている。それに、とても嫌な予感がした。
しかし、12歳の子供達に笑われたからといって、不敬罪で処罰するなんてアントニオには出来なかった。
ヘラっと、引き攣るように笑うことしか出来ず、アントニオはなんの注意もしなかった。
それで、クラスメイト達は、アントニオに多少の無礼を行なっても大丈夫なのだと認識した。
アントニオ様は魔力が少ないだけでなく、臆病な性格なのだ。ちっとも怖くなんかない。
廊下で2人きりになるとリッカルドが、小声で話しかけてきた。
リッカルド
「ねぇ、ねぇ、ルナール(ヴィクトーの苗字)さん! 何か、うちの坊ちゃん、あんまり歓迎されていないような気がするのですけど、気のせいですかね?」
ヴィクトー
「.......。」
リッカルド
「それとも、うちの坊ちゃんが偉すぎて、緊張しているんですかね?」
ヴィクトー
「仕事中だ。私語を慎め。」
リッカルド
「えぇ~、固い事言わないで下さいよ。一応、仕事に関係ある事じゃないですか。」
ヴィクトー
「いいから黙れ。」
リッカルド
「はぁ~...それに俺、ルナールさんの部下じゃないし。」
ヴィクトー
「......。」
リッカルド
「感じ悪いなぁ~。これから、一緒に護衛とか、マジで憂鬱だわ。」
ヴィクトー
「弱い癖に仕事が出来ない奴と一緒で、俺も憂鬱だ。」
リッカルド
「は? 俺を舐めてんの? 去年まで学生だった新兵だと思って舐めてるんでしょ? だけどジーンシャン魔導騎士団だぜ? 王立魔導騎士団のおっさんよりは、仕事が出来るし、弱くないと思うけど?」
ヴィクトーは鼻で笑った。
ヴィクトー
「なら、足を引っ張るなよ。」
リッカルド
「そっちこそ!」
アントニオよりも後から教室にやってきた学生達は、2人の護衛騎士の張り詰めた空気に怖れを感じることとなる。
_______________________
アントニオのクラスの入り口には濃淡二色の黄色の市松模様のクラス旗がかかげられている。
ヤン
「それでは、アントニオ様、私は自分の教室に戻りますね。俺は3年の菱(ひし)クラスですので、何かあった際は、護衛騎士に申し付けるか、グレーの菱型が並ぶクラス旗がある教室に来て頂ければと思います。」
アントニオ
「ヤン有難う。また、お昼に!」
ヤン
「はい! また、お迎えに上がります。」
アントニオが教室に入ると豪華な西洋アンティーク風のインテリアが目に入ってくる。
王立学校の教室は、いわゆる地球の学校とはまったく違う。
アイボリーの壁と天井、床にはブルーとグリーンの幾何学模様が描かれたグレーを基調とする絨毯が敷かれている。会社の社長が使うような重厚感のあるデスクと、座面が布張りのチェアが学生10人と先生1人分、11個ずつ置かれている。照明は天井埋め込み式の魔道具ライト。カーテンもグレーとベージュの縞のベルベット製だ。黒板やホワイトボードのようなものは見当たらない。
アントニオが教室に入ると、やはり、それまで会話していた学生の会話が止まる。
名乗っていいものだろうか? 友達になる前に調べると言われたけど、具体的なアプローチ方法をジュン様に聞きそびれてしまった。
でも、俺は1番身分が高いから、自分から挨拶しないと絶対に皆からは挨拶してくれないのだし、クラスメイトだし、挨拶はしよう!
アントニオ
「おはようございます。」
出来るだけ笑顔を作って挨拶した。
クラスメイト達は、困った顔になってお互いの顔を見渡した。
やはり名乗らないと挨拶を返してもらえないのだろうか?
クラスメイト達は、ジーンシャン領内とは文化が違う場所から来ている学生達ばかりで、イマイチ感覚が分からない。きっと、クラスメイト達もそうなのだろう。
ここは人生経験が豊富な自分が何とかしなくては!
アントニオ
「アントニオ・ジーンシャンです。同じクラスでお世話になります。宜しくお願い致します。」
勇気を出して名乗ったのに、他の学生達は、やはり一言も発しなかった。
え!? 名乗ったのに、名乗り返して貰えなかったけど? どうすればいいの? 結構、大きな声で挨拶したのに...誰一人として聞こえなかったって事がある?
アントニオ
「あ、あの、アントニオ・ジーンシャンです。宜しくお願い致します。」
もう一度、さらに大きな声で話すが、皆、硬直して返事を返さない。
ジュン様が以前教えてくれたように、名乗っても名乗り返されなかった場合は、護衛に言いつけて処分させないといけないの?
だが、アントニオは致命的なミスを犯していることに気が付いていなかった。
それは、1人ずつに声をかけるのではなく、皆同時に声をかけてしまったということである。
クラスメイト達は、初日の授業日で、まだ、お互いの事を把握していなかった。自分より誰の身分が上で、誰の身分が下か、知らなかったのである。
つまり、アントニオ様の自己紹介に、誰から返事を返していいのか、分からなかったのである。
アントニオはパニックになった。クラスメイト全員が揃っているわけではないが、今いる6人の学生達が焦茶の自分を無視しようとしていると思ったのである。
この時に冷静でいれば、護衛騎士に相談出来たかもしれないが、アントニオは蒼白になり、完全に思考が停止してしまった。
暴力を受けて育った子供には、暴力的な行為が行われる可能性がある場面に出くわすと、思考を停止して、痛みに耐えようとする本能が働くことがある。
今まさに、前世の負の遺産が発動してしまったのである。
アントニオまでの動けなくなってしまい、その場に立ち尽くした。
誰も動けず、口も開けない時間がしばらく続いた。
そこに、2人の男子学生が新たに入室してきた。
その2人も異様な雰囲気を感じて入り口付近で立ち止まった。
アントニオは、僅かな希望を抱いて、もう一度勇気を出し、新たに入室した2人に挨拶した。
アントニオ
「おはようございます。アントニオ・ジーンシャンです。宜しくお願い致します。」
ラドミール
「おはようございます。ラドミール・ベナークです。ベナーク伯爵家の次男です。次男ですが魔力が190ありますので、次期伯爵となるでしょう。」
アントニオは返事がもらえてホッとした。
ルーカス
「おはようございます。私はルーカス・ミラーです。ベナーク伯爵家にお仕えする騎士の息子です。魔力は110です。」
アントニオ
「ベナーク様とミラー様ですね。」
ラドミール
「アントニオ様とお呼びしても?」
アントニオ
「はい。大丈夫です。あの、でしたら、私もお名前でお呼びしても?」
ラドミール
「もちろんです。」
アントニオ
「有難うございます。では、ラドミール様とルーカス様と呼ばせて頂きますね。」
ラドミールとルーカスは驚いていた。伯爵家子息のラドミールはともかく、騎士の息子でしかないルーカスに『様』をつけて名前を呼ぶ大貴族などいない。
ラドミール
「アントニオ様は辺境伯家の御子息様でいらっしゃるのですよね?」
アントニオはラドミールの疑問を聞いて納得した。
王立学校で焦茶なんて他に誰もいないし、ジーンシャン家を名乗れば誰もが次期辺境伯だと分かると思っていたが、まだ12歳の子供だし、自分よりも身分が上の相手でも名前を覚えていないのかもしれない。
確かにさっきは次期辺境伯だとは名乗らなかった。良かった! 不敬罪とか言って処罰しなくてもいいのだ!
アントニオ
「はい。1人息子でして、次期辺境伯でもあります。魔力は測定不能だそうで分かりません。」
そういうと、先程まで黙っていた他のクラスメイト達のほうから、誰かの吹き出し笑いが聞こえた。
それにつられるように、皆がクスクス笑った。
魔力が測定不能だなんて恥ずかしいことをよく自分から言えたものだと思ったからだ。
アントニオは、真っ青になった。明らかに馬鹿にされている。それに、とても嫌な予感がした。
しかし、12歳の子供達に笑われたからといって、不敬罪で処罰するなんてアントニオには出来なかった。
ヘラっと、引き攣るように笑うことしか出来ず、アントニオはなんの注意もしなかった。
それで、クラスメイト達は、アントニオに多少の無礼を行なっても大丈夫なのだと認識した。
アントニオ様は魔力が少ないだけでなく、臆病な性格なのだ。ちっとも怖くなんかない。
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