元オペラ歌手の転生吟遊詩人

狸田 真 (たぬきだ まこと)

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第三幕 学生期

147.弓術の授業2

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アントニオ
「有難うございます! オグウェノ先生は祖父を知っているのですか?」

オグウェノ
「知っているも何もないわい! 戦争を知る世代ならば、黄金の狂戦士(バーサーカー)を知らない者はおらんわ!

魔王軍が王都まで攻め入って来たとき、ワシも含め、国中の人々が何日も眠れぬ夜を過ごしたんじゃ。

魔族どもがやってくるのは大抵、夜じゃ。光に弱く闇に強いからだ。

強力な魔王軍を前に、多くの友が力尽き、倒れていった。

1人、また、1人...。

泣いている暇なんかなかったわい。

自分が死なないだけで精一杯だったんじゃ。

突然、強い風が吹き、上空に13頭の飛竜が現れた。

敵の援軍か!?

もう、ダメだ! と思ったそのとき!

強く吹いた、その風は、多くの敵を切り裂き、薙ぎ倒していった。

飛竜と共に、夜の闇を照らす黄金の騎士が舞い降りた。

その人物こそが、黄金の狂戦士ロベルト・ジーンシャン様であったのじゃ!

奇跡が起こる瞬間を、ワシは瞬きもせずに見つめた。

戦況は一変した。

僅か、13人のジーンシャン魔導騎士は、それ程までに強かった。

そんなジーンシャン魔導騎士団の活躍を目の当たりにした、ワシら王立騎士団の胸にも、再び希望の火が灯り、活気付いた。

魔王軍は蜘蛛の子を散らすように逃げていったわい!

そして、間も無く夜が明けた。

暁の太陽を背負って笑うロベルト様のお姿は、まさに英雄そのものであった。

あの時の、ワシらの気持ちなど、今時の若者には決して分かるまい!」

 アントニオは昔話に感動して涙ぐんだ。オグウェノは、そんなアントニオの顔をみて、大きく息を吸った。

オグウェノ
「メソメソするんじゃないわ! お主も、グリエルモ同様に、一人前の戦士として育ててやるから覚悟するのじゃ!」

 アントニオは悟った。

 あ、この授業、強制履修で体罰つきの恐ろしい授業だけど、もう、逃げられない? 失敗した? でも、この先生...なんだか昔の自分の歌の師匠に似ていて、なんだか、とっても懐かしい感じがする。

オグウェノ
「ところで、お前は誰じゃ?」

 オグウェノは戦士科のバドゥルディーンの顔を覗き込んだ。

バドゥルディーン
「バドゥルディーン・オドゥオールです。さっきも言いました!」

オグウェノ
「名前が長い! 覚えられん!」

 今度は小枝をバドゥルディーンに向かって投げつけた。

 バドゥルディーンは、すかさず横に避け回避した。

 だが、バドゥルディーンの視線が小枝に向けられた瞬間に、オグウェノはしゃがみ、バドゥルディーンの軸足をすくい上げるような足払いを入れた。

 バドゥルディーンはたまらず倒れ込む。

オグウェノ
「愚か者が! 一点だけを見るな! 全体を見ろ! 戦場では常に360度から同時に複数の攻撃が来るのじゃ!

まぁいい...それで、お前の名前は何じゃったっけ?」

 一件、理不尽な暴力だが、これも授業の一部なのかもしれない...しかし、アントニオは激しく後悔した。

 もう、帰りたい! 怖い!

バドゥルディーン
「バドゥルディーンです!」

 バドゥルディーンは、もう、半ばヤケになりながら答えた。

オグウェノ
「バドだな。」

バドゥルディーン
「はい?」

オグウェノ
「今からお前の名はバドだ! 今度からはそう呼ぶ!」

バドゥルディーン
「はい!」

オグウェノ
「では、早速、弓を使って的に矢を真っ直ぐに当ててみよ!」

 アントニオは、ジーンシャン領で使っていた矢と弓を持って来ていた。

 それを構える。

 重心を意識し、呼吸を落ち着けていると、オグウェノ先生の怒声が響いた。

オグウェノ
「遅い! そんなに、時間がかかったら、戦場で死ぬぞ! もういい! 次! ...チビ!」

バドゥルディーン
「え!? チビ!? ...バドじゃないのですか?」

オグウェノ
「そうじゃった! ...いちいち、学生の名前など覚えていられるか! ワシに何人、弟子がいると思っているんじゃ! 早(は)よ射(う)て!」

バドゥルディーン
「は、はい。」

 バドゥルディーンは、呆れながらも、弓を構え、矢を放った。

 的までの距離は50mほどだ。

 バドゥルディーンが放った矢は綺麗な弧を描き、的のド真ん中に命中した。

オグウェノ
「馬鹿もーーーーーーん!! なんじゃその弓は!」

 バドゥルディーンもアントニオも目が点になった。命中したのに、怒られた!? 何故!?

オグウェノ
「誰が弓なりに射っていいと言った!? ワシは真っ直ぐにと言ったはずじゃ!」

 オグウェノは的の方に移動しながら、喋り続ける。

オグウェノ
「もう一度、同じように弓なりでワシに向かって討ってみろ!」

 アントニオはドキッとした。

 え!? 弓術も人に向かって射つの?

 的の前に立ったオグウェノ先生に向かって、ためらいながらもバドゥルディーンは矢を放った。

 矢は先程と同じように弧を描いて飛んだ。

 パシッ!

 オグウェノ先生は超人的な身体能力で飛んで来た矢を素手で掴んだ。

オグウェノ
「ほれ見ろ! 威力も速度も足りん!」

 ぷりぷり怒りながら、オグウェノ先生は帰ってくると、矢をバドゥルディーンに投げつけた。

 バドゥルディーンは、上手にキャッチする。

バドゥルディーン
「すみません。」

オグウェノ
「次! グリエルモ !」

アントニオ
「アントニオです。先生...グリエルモは父の名です。」

オグウェノ
「どっちでも、構わん! さっさと射て!」

アントニオ
「はい!」

 アントニオは、釈然としないながらも、先生が的(まと)じゃないことに安心して、弓を構えた。

 威力とスピードね!

 アントニオの瞳がキラッと虹色に光る。

 放たれた矢は、大気を震わせ、見えないほどのスピードで的に当たった。

 当たった的は砕け散った。

 実はアントニオの使っている弓は、ジーンシャン製の魔道具で風魔法の補助が付いている。込めた魔力によって矢の速度や軌道が変えられるのである。

 唖然とするバドゥルディーンと護衛騎士の2人。

 だが、先生の反応は違っていた。

オグウェノ
「馬鹿もーーーーーん!! 誰が魔法の補助を使っていいと言ったんじゃ!? 魔力が枯渇した時の為の弓矢だというのに、お前は本当に馬鹿者じゃ! しかも、備品を壊すなんて以ての外じゃい! 加減を知れ! そして、的の中心に当てろ! 見てみろ! 中心から10cm以上も離れたところが割れておる! 戦場だったら味方を殺していたぞ! 威力が強くてコントロールが悪い奴なんか、実戦で使えるか! 何度言ったら分かるんじゃ!?」

アントニオ
「も、申し訳ありません。ですが、教えて頂くのは今日がはじめてで、魔力も枯渇の心配は...」

オグウェノ
「口答えするな! 次! そこのデカイの!」

ヴィクトー
「あ、いや、私は学生では...」

オグウェノ
「そんなもん知っておるわ! 王立騎士団の装備をした学生がおるか! 先程ワシは、お前も学べと言ったであろう!」

ヴィクトー
「しかし、今日は弓矢を持って来ておりませんので...」

オグウェノ
「何故じゃ!? お前は、それでも警備兵か! 今、魔王軍や諸外国が攻めて来たらどうするのじゃ!? たるんでおるぞ! たわけが! ワシのを貸してやるから勉強しろ!」

ヴィクトー
「しかし、トニー様の警護が...」

オグウェノ
「何じゃと!? ワシがいるのに、敵に遅れをとるとでもいうのか! そこに直れ!」

 オグウェノ先生はヴィクトーに向かって、弓と矢を投げつける。

 リッカルドが、まさかの展開に噴き出すと、オグウェノ先生が睨んだ。

 そして、口角が上がる。

オグウェノ
「何を笑っておる! お前もじゃ!」

 途端にリッカルドの顔に恐怖が浮かんだ。

 こうして4人は、ボコボコに扱(しご)かれた。

 経験のあるアントニオやバドゥルディーンよりも、経験のない護衛騎士2人の方が出来が悪く、余計に大変な目にあっていた。

 授業の時間を若干オーバーし、レッスンが終わる頃には、皆、クタクタだった。
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