元オペラ歌手の転生吟遊詩人

狸田 真 (たぬきだ まこと)

文字の大きさ
159 / 249
第三幕 学生期

157.勘違いの襲撃事件 ♠︎

しおりを挟む
 あれ ?楽になった?

 目を開けると、美しい花々が咲いているし、甘い匂いがする。それに、優しい風が木の葉を揺らす音がしている。

 目も見えるし、耳も聞こえる、鼻も効くみたいだ。

 ん?

 あれ? さっきまで、俺は教室にいなかったっけ?

 よく周りを見渡してみると、懐かしい場所に立っている。

 お!?

 ここは、俺がアントニオとして生まれて間もないベイビーの時に、ルドと一緒に暮らしていた場所だ。

 大きな木の家が建っている。

 うん。

 大変だ!

 よく見たら、自分の身体がありません!

 え!?

 死んだの俺????

 エストは急いで、バルドの住む大木の家に駆け込んだ。

エスト
「ルドォーーー!! 助けて! アントニオが死んじゃう! 死んじゃった? 大変だぁーーー!!!」

 バルドは、突然の訪問者に目を丸くした。

バルド
「エスト!? どうした? 何故、ここにいる?」

エスト
「息が出来なくて、苦しくて、死ぬ! って思ったら、ここにいたんだ。どうしよう...アントニオの身体が死んじゃったかも?」

バルド
「落ち着け! お前が死んでいたら、封印が解けて、この空間は無くなる筈だ。まだ、生きている。」

エスト
「そっか! じゃ、じゃあ、死にそうなんだ! 早く、早く行って助けて!」

バルド
「敵に襲われたのか!? 相手は何人で誰だ?」

 バルドは魔法で黒燐のフルフェイスの全身鎧を装着し始めた。

エスト
「違うんだ! 皆は悪くないんだ! むしろ、俺が悪くって...頼むから、学校の皆を皆殺しとかにしないで! 俺の身体を寮の部屋のベッドに連れて帰って、あったかくしてくれればいいから!」

バルド
「分かった。」

 バルドはそう言うと、封印の間から消えていった。

 良かった! ルドなら、何とかしてくれるだろう。これで安心だ。死ななくてすみそう。

 問題は山積みだが、今はネガティブな事を考えてはいけない。何か、楽しい事を考えなくては!

 せっかく、久しぶりに来たんだから、リンの家でも見に行こう!

_________


 バルドは、教室に降り立った。

 壁一面に書かれたアントニオの悪口が目に飛び込んで来る。

『お前が勇者様と聖女様の子供であるはずがない』
『拾われた捨て子の癖に王様気取り』
『ゴキブリらしく地面に這ってろ!』
『同じ空気を吸いたくない』
『頼むから息をしないで!』

 何だ!? これは!?

 急いで、アントニオの体を探すと、床に倒れているのを見つけた。

 アントニオの体は、血の気が引いて、真っ白な顔になっており、弱々しい呼吸を浅く繰り返している。

 バルドが駆け寄ってアントニオを抱き上げようとした、その時、怒声が響いた。

リッカルド
「触るな! 離れろ!」

 息を荒げてリッカルドが、教室の入り口に立っていた。

 黒燐の鎧に身を包む大男が、倒れたアントニオに手を伸ばしている。

 リッカルドは、すぐに氷の拘束魔法を発動させた。

 しかし、バルドの光の反射魔法が発動する。

 何だ!? 何かが変だ!?

 リッカルドの身体は動かなくなった。

 少し遅れて駆けつけたヴィクトーとディーデリックも、その瞬間を目撃した。

 300以上の魔力を誇るジーンシャンの魔導騎士が、一瞬で戦闘不能になる、その瞬間を。

 2mを超える黒い騎士が、横たわるアントニオを背にして立ち上がる。

 その圧倒的な闘気に、ヴィクトーとリッカルド、ディーデリックは戦慄した。

 何だ!? この化け物は? まるで、物語に出てくる魔王のようだ!

バルド
「お前達か? こんな落書きをしたのは?」

 3人が壁に視線を移すと、一面に胸糞が悪くなるような言葉が綴られている。

ヴィクトー
「違う! 何だこれは!?」

 バルドは、驚き憤慨する3人の様子を見て、こいつらは、エストが話していた護衛2人と、赤毛の友達だと、すぐに理解した。

バルド
「俺が知るはずがない。」

 バルドが後ろを向いてアントニオを触ろうとするので、ヴィクトーは、すかさず炎の魔法で熱い空気を作り、バルドが伸ばしている手を弾こうとした。

ヴィクトー
「トニー様から離れろ!」

 だが、やはり光の反射魔法が発動し、熱風は3人に襲いかかった。

リッカルド
「あちっ!」

 動けるようになったリッカルドは、剣を抜いて構えた。

ヴィクトー
「ディーデリック、下がっていろ!」

 ヴィクトーも剣を抜く。

 バルドは、アントニオを優しく抱き上げ、大きく溜め息を吐いた。

バルド
「愚かだな。無駄死にするのが希望なのか?」

 威圧感に3人は息を飲んだ。

 だが、そんな事を言われても引くわけにはいかない。自分達はトニー様の護衛騎士である。トニー様は、命に代えても守らなくてはいけない!

 リッカルドとヴィクトーが、無言で一歩間合いを詰めると、バルドは、2人に戦闘の意思があると認識し、再び溜め息を吐いた。

 次の瞬間、稲妻が走り、護衛騎士2人に電気ショックが襲った。

 一瞬の出来事だった。

 リッカルドとヴィクトーは、そのまま床に倒れ、動かなくなる。

 トップクラスの魔導騎士である2人が一瞬にして倒され、ディーデリックは唖然とした。

 自分の叶う相手ではない。

 どうして、こうなったんだ? この化け物は一体なんなんだ? 何故、トニーを連れて行こうとしている?

 ディーデリックは恐怖しながらも、逃げ出す事が出来ず、黒い騎士を見上げた。

ディーデリック
「トニーを連れて行かないで!」

バルド
「何故だ?」

 ディーデリックは恐怖で頭がガンガンした。立っている足に力が入らず、全身がブルブルと震えた。

ディーデリック
「うっ...」

 何故だと言われても、自分が何故、そう言ったかなんて、ディーデリックには分からなかった。
深くは考えられず、自然と思いついた言葉を口にした。

ディーデリック
「と、友達なんだ!」

バルド
「そうか...だが、ここには置いておけない。ここには、どうやらコイツを傷付ける奴がいるらしい。」

 そう言うと、黒い騎士は一瞬壁に視線を向けた。そして、アントニオを抱えたまま、消え去ってしまった。

 ディーデリックは、呆然と立ち尽くした。

 改めて教室に書かれた文字に目を向ける。

『焦茶の能無し』

 ディーデリックは、ドキッとした。

 そして、自分の心臓が潰れるのではないかと思うほどの痛みを感じた。

 ここに書かれている、アントニオを傷付ける言葉は、ディーデリックが自分も心で思っていた言葉だった。

『愚かだな』

 黒い騎士の声が、ディーデリックの胸の奥にこだました。
しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

異世界召喚された巫女は異世界と引き換えに日本に帰還する

白雪の雫
ファンタジー
何となく思い付いた話なので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合展開です。 聖女として召喚された巫女にして退魔師なヒロインが、今回の召喚に関わった人間を除いた命を使って元の世界へと戻る話です。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

処理中です...