元オペラ歌手の転生吟遊詩人

狸田 真 (たぬきだ まこと)

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第三幕 学生期

204.音楽の授業再び

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 再び、音楽の授業の日がやってきた。

 アントニオは事前に、クラス全員に手紙を出していた。音楽の授業では歌魔法は使わないので、授業は安全に受けられるといった内容の手紙だ。

 次期辺境伯の手紙を無視することは不敬になるため、クラスメイトは全員、承知したという内容の手紙を返送してきている。だが、音楽の授業を履修すると明記してあったのは、ディーデリックと、元から履修しているエーリクからの手紙だけであった。

 でも、ディーデリックが履修してくれることになったんだ!

 アントニオは喜びと残念な気持ち半分ずつで、学校へと向かった。

 今日も寮の自室に立ち寄り、バルドに髪と目の色を染めてもらう。今日の髪は黄金色の髪、瞳はスカイブルーだ。

 これなら、レオと一緒だし、俺を嫌いな学生も悪口を言い難(にく)いはずだ!

 寮の部屋を出ようとすると、部屋の前に、先に出発したはずのメアリーが立っていた。

メアリー
「トニー! これはどういうことなの!?」

アントニオ
「は、母上...先に職員室へ向かったはずでは?」

メアリー
「何やら、こそこそとしているからおかしいと思ったのです! どうして髪や目の色を変えているのです!?」

アントニオ
「お、お洒落をして、女子学生からの人気を得ようと思いまして...」

メアリー
「焦茶の髪や目の方が可愛いわ! どうして、色を変えてしまうの!? トニーの良さが分からない女の子からモテても意味がないでしょう!?」

アントニオ
「は、母上が思っていらっしゃるほど、焦茶は人気がある色ではないのです...レオと同じ色にした方がモテるかなぁ~と思いまして...」

メアリー
「戻しなさい!!」

アントニオ
「で、ですが...」

メアリー
「私が焦茶に生んだ事を嘆いているのね?」

 メアリーがハンカチを取り出して泣き始める。

アントニオ
「あ、いえ、私は焦茶も綺麗な色だと思うのですが...」

メアリー
「トニーは私を恨んでいるんだわ!」

 メアリーの悲痛な涙にアントニオは心が折れた。

アントニオ
「戻します」

 アントニオは結局、本来の色に戻して学校に通うこととなった。

_________

 音楽室にたどり着くと、すでにエーリクが来ていた。

アントニオ
「おはようございます。」

エーリク
「おはようございます! 誘拐がどうとかお聞きしたのですが、大丈夫だったのですか?」

アントニオ
「あれはただの勘違いでして、実際は体調不良のため寮で寝ていただけなのです。お騒がせして申し訳ありません。」

エーリク
「具合は、もう、大丈夫なのですか?」

アントニオ
「はい。お陰様で、すっかり良くなりました。」

エーリク
「それは良かった!」

 しばらくすると、ディーデリックがクリスタと一緒にやってきた。

アントニオ
「ディック! おはようございます!」

ディーデリック
「おはようございます!」

 クリスタは頭を下げて挨拶をする。

アントニオ
「ヒューゲル嬢(クリスタ)も来て下さったのですね!」

ディーデリック
「クリスタは、私とダンスのペアでして、昨日、一緒に出てみないか誘ったのです」

アントニオ
「嬉しいです! 人数が増えれば合奏なども出来ますね!」

 音楽室の扉を開けてリアナ・ジャニエスとマークが入って来た。

リアナ
「おはようございまぁ~す!」

 今日のリアナの髪には小さなピンクのお花の髪飾りがついていて、襟元には学校の指定ではないピンクのスカーフをリボン結びしている。スカートの丈もいつもの様に短めで、ぶりっ子モード全開である。

マーク
「おはようございます!」

アントニオ
「おはようございます! マーク様もいらっしゃったのですね! 嬉しいです! ジャニエス嬢も! 昨日は大丈夫だったのですか?」

リアナ
「はい!」

 アントニオに問われて、リアナはぶりっ子で答えた。

 心配して下さるなんてお優しいのね! だけど、今日は焦茶でガッカリ。でも、いつも本当(銀髪)の姿だとライバルが増えちゃうから、いつもは焦茶くらいでいいのかも?

マーク
「あの後、誰よりも元気に踊っていましたから...」

アントニオ
「本当に? それは良かった!」

 アントニオが笑うと太陽の光がさしたように、その場が明るくなった。

 心からリアナの無事を喜んでいることがわかる。

 醜い焦茶だと思っていたのに、人間というものは不思議である。一度、美しい姿を認識すると、もう、焦茶でも格好良く見えてしまうのである。

 むしろ、白銀色で非の打ち所がない美しい姿であるよりも、焦茶の髪でシミそばかすのある顔の方が可愛くて、好きかもしれないとさえ思えるのだった。

 リアナはなんだか自分が恥ずかしくなって、自分の顔を手で覆いながら、頭でコクコクと頷くだけの返事をアントニオにかえすと黙りこんだ。

 クリスタは、そんなリアナの変化に気が付いた。

 焦茶だと毛嫌いしていた癖に、どうして態度が変わったのかしら? あの後の誘拐事件騒ぎで、少しは反省したのかも? あれには私も肝が冷えたわ。皆でアントニオ様の悪口を言っているところを聞かれてしまって、その後で、アントニオ様が行方不明になられて、絶対に刑罰が与えられると思ったのに、クラスメイトの誰も処罰されなかった。それどころか、音楽の授業を受けませんか? と、私達を気遣う手紙が来て、本当に驚いた。

 今日も、リアナの体調を気にされていたみたいだし、アントニオ様って、本当に優しい人なのね。今なら、護衛騎士の2人が心酔しているのも分かる気がする。

 音楽室の扉が再び開き、ラドミールとルーカス、フィオナ、ユーリも入室した。

ラドミール
「アントニオ様、おはようございます」

ルーカス
「おはようございます!」

アントニオ
「皆様、来て下さったのですね!」

ラドミール 
「はい。アントニオ様からお手紙を頂きましたので、御意向にそうべく参りました」

ルーカス
「同じく! 御意向にそうべく参りました!」

アントニオ
「あ、申し訳ありません。あの手紙に書いた内容は命令ではないのです!」

ラドミール 
「ご命令でも、ご命令でなくとも、アントニオ様のご希望にそって、音楽の授業に参加することは大変な光栄でございます」

 ラドミールは命令でなかったとしても、アントニオからの誘いを断ることは、実質的に出来ないと思っていた。自分が悪口を言った訳ではないが、一週間前の事件は、そうとられてもおかしくない状況だった。不敬罪に問われないで済んだのはアントニオ様が処罰を望まなかったからだという。その上、アントニオ様が魔力を使わないなどの約束をして、皆が授業に参加できるように配慮して下さったのに、出席しないとあっては、ジーンシャン家や王家と敵対する意思があると思われかねない。

 フィオナもラドミールと同じ様に考えていた。ジーンシャン家を敵に回すことは、絶対に避けなければいけない事だ。

 どうやら、リアナやユーリも、今回ばかりは反抗的な態度をとらずに従うようね。本当は、音楽の授業には出たくなかったけど仕方がないわ。

 ユーリは、そこまで考えていたわけではなかった。ユーリの両親は、ジーンシャン家から手紙が届いた事で、ユーリが勇者様の息子と仲良くしていると勘違いした。そして、『絶対に音楽の授業を履修しろ』とユーリに言い渡したのだ。そういう事情で、ユーリは音楽の授業をとらざるを得なかったのだ。

 結果的に、1年の市松クラスの皆が音楽の授業を履修することになった。

 音楽教師のフランチェスカは、履修者が増えたことを喜んだ。
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