元オペラ歌手の転生吟遊詩人

狸田 真 (たぬきだ まこと)

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第三幕 学生期

211.新聞の特ダネ5 ♣︎

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 ベンジャミンが肩を落として庭園の道を歩いていると、取材前に会った若い竜騎士がベンチに座っていた。庭に咲く薔薇の花を眺めてリュートを爪弾いている。

 若い竜騎士は、ベンジャミンに気が付くと立ち上がって会釈した。

アントニオ
「取材をおえられたのですね? お疲れ様です」

 ベンジャミンは警戒した。

 先程、出し抜かれたばかりで、油断してはいけない! この若い竜騎士も、第二のリッカルド・ロッシかもしれない! だが、やり返すチャンスでもある!

 こんなに若くして竜騎士ということは、とんでもない魔力の持ち主に違いない! そういう兵士は、大抵、リッカルド・ロッシのような小細工は苦手なものだ。しかも、若い兵士は情報戦でやり込められた経験がなく、罠にハマりやすいものだ! まぁ、リッカルド・ロッシも若いが、アイツは普通じゃない。よし、この愚直そうな若い竜騎士から情報を引き出してやる!

アントニオ
「大丈夫ですか? 元気がないご様子ですが...もしかして、新製品が期待外れだったのですか?」

ベンジャミン
「いえ、大変気に入りましたよ。あ、ですが、トニー様にお会い出来なかった事が残念なのです」

 若い竜騎士は首を傾(かし)げた。

アントニオ
「会いたいのですか!? 何故?」

ベンジャミン
「だって、勇者様と聖女様の御子息ですよ!? 誰だって、そのご尊顔(そんがん)を拝見したいと思うでしょう!?」

アントニオ
「あぁ...そうですよね...でも、会ったらきっとガッカリしますよ」

ベンジャミン
「何故ですか!?」

アントニオ
「いや、その...見た目が残念といいますか...」

 お? やはり、この若い竜騎士は口が軽いぞ! 次期領主であるはずのトニー様の悪口を簡単に口にするとは! これは、面白い話が聞けそうだ!

ベンジャミン
「不細工なのですか?」

アントニオ
「うぅ~ん。はっきりと不細工という程ではないと思うのですが、女性からは壊滅的にモテませんね」

 とうとう、トニー様に関する情報をゲットした! だが、油断は禁物だ。善良そうな顔をして、上司の悪口をいうくらいだ。嘘をついている可能性もある。

ベンジャミン
「女性にモテないということは、ダンスパートナーが見つからなかったということですか? 確か、トニー様の通われている王立学校では、ダンスの授業は必修でしたよね?」

アントニオ
「パートナーは見つかったのですが...」

 アントニオは、ダンスのパートナー選びの時に、女子生徒が誰1人としてパートナーを希望してくれなかった事を思い出した。

 あの時の寂しくて恥ずかしい思いを思い出してしまった所為で、アントニオは言葉につまって、目尻にジワっと涙がたまった。

ベンジャミン
「何か、嫌な思いをされたのですね?」

 アントニオは黙って頷く。

ベンジャミン
「学生でも、女は女ですからね。少しでも自分が傷付けられると、セクハラだ! パワハラだと烈火の如く騒ぎ立てる癖に、男のことは平気で傷付けて来ますからね」

 ベンジャミンは、若い竜騎士を慰めながら自分の幸運に感謝した。

 この竜騎士は、どうやらトニー様付きの護衛騎士だ! 学校でのトニー様の様子を知っている! それに、どうやら真っ直ぐで、心優しい性格の様だ。自分の主に同情して涙ぐんでいる。先程、俺にトニー様の悪口を言ったのも、きっと、トニー様のハードルを事前に下げて、出会ったときにトニー様が傷付けられないようにする為だろう。

 ベンジャミンがアントニオの肩をポンポンと叩いて元気付けたその時、花壇の後ろから飛び出してくる影があった。

エドアルド
「止まれ!」

 普通の金髪とは異なるメタリックな輝きを放つ黄金の髪の少年が現れた。ジーンシャン家特有の髪色だ。身長は148cmほどで12歳の平均的な背の高さである。

 氷属性の魔法でベンジャミンは拘束され、身動きがとれなくなる。

エドアルド
「お前は誰だ!? 何をした!?」

 トニー様だ! この方が勇者と聖女の息子トニー様に違いない!

アントニオ
「誤解です! この方は新聞記者のベンジャミン・ターナーさんで、思い出し泣きをしていた私を慰めてくれた、とっても優しい方なのです!」

エドアルド
「そうなの?」

 魔法の拘束が解かれベンジャミンは自由になる。

エドアルド
「だけど、新聞記者と話すのはダメだよ! もっと自分の立場とか、身分とかを考えて! 」

 やはり、この若い竜騎士はトニー様付きの護衛騎士のようだ。だから、立場をわきまえろとお叱りを受けているのだろう。

アントニオ
「新聞記者さんですが、ゴシップ記事狙いではなく、ジーンシャンの魔道具を取材しに来て下さった方なのですよ?」

エドアルド
「新聞記者っていうのは、油断ならない相手なの! その所為で、僕が迷惑をこうむっている事を知っているでしょ!? 」

アントニオ
「あの『アントニオ様、王立学校にご入学』という記事や、『アントニオ様は焦茶だった』という記事のことですか?」

エドアルド
「そうだよ! あの記事の所為で、僕は変装なしには外を出歩けなくなったし、暗殺者に襲われる羽目になったんだから!」

 トニー様は変装をして街を歩く事があるし、暗殺者に襲われた事もあるのか!? 凄い情報だ! それにどうやら、トニー様は新聞記者が嫌いなご様子だ。まぁ、ろくに調べもしないで記事を書く奴が多いから仕方がないか。

アントニオ
「その節はすみません」

エドアルド
「謝らなくていいから、気を付けてよ!」

アントニオ
「はい。でも、そんなに邪険にしないで、記者さんも人間なんですから。食べていくために、スクープ記事を書きたいと思うのは当たり前のことですよ。それに、こちらの記者さんは、せっかくジーンシャンのために魔道具の記事を書いて下さるのですから、ジーンシャン邸から笑顔で気分よく帰って頂きたいじゃないですか」

 おぉ! この若い竜騎士、分かっているじゃないか! 見かけによらず大人だな。物事の関係性が見えているじゃないか。俺は平民だが、気分を害してジーンシャン家の悪口を記事にすれば、下手な軍隊よりもジーンシャン領にダメージを与えられるんだ! 丁重に扱って欲しいね! それに比べて、トニー様は、わりと普通の子供だ。言う程不細工ではないし、それどころか、見た目は良い方だと思うが、確かに、レオナルド・ジーンシャンと比べると地味な顔かもしれない。勇者様の弟君のアルベルト様も、学生時代は比べられて苦労したと聞くし、王立学校の女子学生は、よほど選民意識が高いのだろう。

エドアルド
「うん...まぁ、そうか」

アントニオ
「記者さん、今日の楽しい思い出のために、1曲いかがですか?」

ベンジャミン
「1曲?」

アントニオ
「はい! 私はこう見えて、吟遊詩人に適正があるのです!」

 吟遊詩人に適正? 聞いた事がないが、もしかして、ジーンシャン魔導騎士団には、軍楽隊があるのか?

ベンジャミン
「へぇ、そうなですか...では、お願い出来ますか?」

 軍事力で他を圧倒する武闘派のジーンシャン領が、どれほどの文化水準をもっているのか、これは、面白い情報だぞ!

 若い竜騎士はリュートを構え、静かに目を閉じて奏ではじめた。

 マスカーニ作曲の「アヴェ・マリア」。この曲はオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲をマスカーニ自身が編曲して作られた曲である。

アントニオ
「☆Ave Maria madre santa ...♪」

(いとめでたきマリア様、聖なる母よ。罪悪に苦悩する哀れな人間を支えて下さい。そして、信仰と希望を心に吹き込んで下さい。)

 ロマン派後期の粘り強く雄大なメロディーに、成長したアントニオの豊かなアルトの響きが芽吹いていく。

 上行(じょうこう)する音は燃えるように力強く、過ちに苦悩する人間の激情が歌われる。

 下行(かこう)する音は繊細で儚(はかな)い響きを持ち、許しを請う人間の悲しみが歌われる。

 この歌に、同情と哀れみを感じない人間がいるのだろうか?

 スクープ記事を書くために、目の前にいる善良な若者を欺(あざむ)き、情報を奪おうとしていた。ベンジャミンは、そんな自分に罪悪を感じ、歌の心に同調した。

 曲の終わり、最後の高音で、一瞬、竜騎士の目が開き、虹色の光が溢(あふ)れ出たように見えた。

 その美しい輝きにより、ベンジャミンの心は苛立ちや焦りから解放され、今日の不幸の原因を作った人間達を許したい気持ちになったのだった。
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