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序章

第1話

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「眠い。」


 まだ覚醒しきってない頭で起き上がり外の様子を見る。日は既に真上近くに来てる事からもう昼頃なのだろう。道理で眩しい訳だ。時計は有るが時間を気にして生活する必要性が無い。周りから見れば怠惰と思われるのは避けられない、そんな生活リズムである。

 昨夜というより夜中までずっと仕事をしていた。自分の部屋から研究部屋と自称している様々な資料が置いてある地下室が存在し、自由に行き来することが出来る。何時もの様に地下室で夢中になり過ぎて自室に戻りベッドに入った記憶が無い。しかし、今ベッドの上で目が覚めたのでわざわざ地下室から出て無事辿り着けた事を示している。(7~8割位は地下室の資料に埋もれて寝ている事が多い。)段々と昼夜逆転の生活になりつつあるので流石に直したい。何て思いつつも仕事に没頭するあまり毎度の如く思うだけで終わっているのがここ最近の生活になっている。


 そんな生活を送るノトこと、俺は異世界人だ。元々は地球という名の星である日本という国に住んでいた。ある事をきっかけに此方の世界に来てから大分経った。日本の事を含め地球に関しての知識はあるものの自分の事となると全く覚えていない。そして、今はこの世界”ルーセンユラ”で不規則な生活をしているものの割りと楽しく充実した毎日を過ごしていた。記憶が無く故郷に対する未練が無いせいなのかどうかは判断が付かない所なのだが。


「さてと……取り合えず飯にするか。」


 そう言ってベッドから出て欠伸をしつつ頭を掻きながらキッチンへ向かう。自慢では無いが家事は色々と面倒なので料理を含めて殆どしない。なので、キッチンに置いてある保存食を手に取る。勿論美味い飯が食いたい時もあるが「食べる事は生きていく上で必要な事だけど、腹に入れば美味いも不味いも同じなので別に良いか。」という考えになるので最近はまとも(?)な食事を摂っていない。

 最近起きているのが昼頃なので、起床直後という事も有り、やる気が湧かなくて二度寝と洒落こむのだが現在没頭して取り組んでいる仕事が終わらなそうなのでこれから二度寝するか、やる気が湧かないまま集中して出来る事を祈って仕事をするかのニ択を思い浮かべる。どっちにしようかなと、ぼけーっと考えながら食べていると、

 ―――――トントン。

 玄関の戸を叩く音が聞こえ食べていた手を止めて「どうせいつもの依頼か。」とまだ終わっていない仕事を思い返して溜息を吐きながらも食べていた手を動かそうとして何時もと様子が違う事に気付いた。

 何時も俺は面倒で返答しない事や寝ている事が多いせいか仕事の依頼は声を掛けてから依頼物を玄関先に置いて帰っていく(様に暗黙のルール的なので決まっているらしい-俺も置いていく事に関して何も言わないので了承と捉えられこういう事になったらしい-)のだが気配が何時までも玄関前にいるし中々入って来ないし声も掛けてこない。それに住んでいる所がかなり街から離れているので仕事依頼以外では人なんて滅多に来ない筈なのだが。


「………すみません、誰かいますか。」


 普段と違う様子に警戒していると戸を叩いたと思わしき人物から声が掛けられる。声の感じからして女。それに若い感じだ。というか何でこんなに冷静に分析しているんだ、俺は。そもそも此処に女が来る事なんて普段無かったのだがどうすれば………ん? ちょっと待て。これは出ないといけない奴なのか? 玄関を開けずに声を掛けてきた位だし知らないふりを通して返事しなきゃ帰ってくれるかなとか思ってたけど戸を叩く直前まで食べるものを探して物音を立てていたし、もしそれが聞こえていたら居留守は出来ないだろう。多分というかきっと反応が返ってくるまで帰ってくれなそうだよな.....。未だに玄関から動いてくれる気配が無いし。それにしても勝手に物を置いてく事を知らない若い女の来客か。とても嫌な予感がするのだが覚悟を決めつつも溜息を再度漏らし食べていた物をキッチンに置いて玄関に向かう。そして、恐る恐る戸を開ける、勿論だが相手の顔が確認できるだけの隙間だけ。


「あっ。」


 「何だ、その反応は。」と内心思いつつそれを顔に出さず対応する、出来れば早く帰って頂ける様に。来客者はローブの様な物を羽織っている上にフードも被っている。だが、覗かせる顔は若い女の人、というより女の子。また、手には篭があるが本人の荷物が見当たらない。何故こんな格好をしてまで俺の家に来たのか、街でその格好は目立つだろうと思いながら記憶を探りながら考える。思い当たる節が見当たらず、何故こんな所に女の子が来る必要性が有ったのかという事に疑問が強く出た。

 そんな疑問は有ったがそれを急に初対面の人に尋ねるほど常識が無い訳でも無いので色々な考え事を一旦置き少々笑顔を見せて丁寧に対応する。ドアを全開にせず覗き込むように対応している時点で印象はあまりよろしくないであろう事には気付かずに。


「どちら様で、此方に何の御用でしょうか。」

「えっと、あの……。」

「? すみませんが用が無いなら帰って頂けませんか。何時までも家の前に居られるのはとても迷惑なのですが。」


 俺の懇切丁寧な対応にも関わらず、どもる様子を見せる彼女に首を傾げつつも明確な用が無いと自分で勝手に判断し一応声を掛けて少しだけ開けていた戸を閉めようとしたのを察したのか彼女は慌てて用件を伝えてきた。


「待って下さい! 静かで人がいる気配が無かったので出てきて驚いてしまったんです。すみません。私も詳しく教えてもらって無いんですけど此方に来る様言われたんです。後、向かうついでにと街の皆さんからこれを渡してくれと。何か渡し方について放置的な感じだったんですけどそもそも目的地が此処なので待っていました。まさか街からこんなに遠いとは思っていなかったんですけど。」


 と、結構な早口で言われた。要するに報酬を持ってきたというのと彼女自身が此処に来る必要性が有ったという事か。成る程、分からん。いや、前者に関しては彼女が手に持っている篭の事を示しているのだろう。よく見ると色々と入っているのが見える。報酬に関しては分かったものの後者に関して「此処に来なければ行けなかった。」という理由が余計分からない。じっと彼女の顔を見ても前に知り合ったという記憶も無いから余計困惑して対応が遅れてしまった。閉じかけていた戸すら力が抜けてほぼ全開に開け放たれてしまった。


「………あ、ああ。この前の依頼に対する報酬か。受け取ろう。だが、此方に来る様に言われたとは何の事だ。俺の見知った顔でも無いし今日君が来る事なんて聞いていないんだが。」

「………?」


 俺の言葉を聞いて何で首を傾げるんだ。正しい事を伝えた筈なのだが俺の方には来客の事なんて知らされていないのだから有りの侭を言ったのにこの反応は何だ? というよりすごーく厄介な事になりそうな気がすると先程より強く伝えてくる。何がと言われれば唯の勘としか言いようが無いが。それよりもこれ以上彼女を此処に居させるのは不味い。どうにか帰ってもらう為にどうするかと策を巡らせていると家の方に歩いてくる人影が見えた。今日は来客が多いな、本当に面倒だ。

 内心溜息を吐きつつ歩いてくる人物には見覚えが有った為知り合いという事に安心した。が、何故だかどんどんと嫌な予感が強くなってくる。心労も増えていく。やっぱり戸を開けたのが間違いだったと後悔さえしてきている。


「また夜更かしでもしていたんですか。凄く窶れてますけど……取り敢えずノトさん何時も通り仕事の依頼しに来ました。だけどこの状況は………フフッ。何だか仕事以外でも忙しそうですね~。」

「………。」

「あの、露骨に嫌そうな顔して殺気飛ばすの止めてください。少しの殺気でも私では耐えられなくて死んじゃいますよ? では、これ以上は怒らせたく無いのですから改めて聞きしましょうか。これは一体どういう状況なんですか?」

「はあ、俺が聞きたい位なんだが。カノ、お前らの差し金じゃないのか。それ以外に考えられないんだが。」


 見覚えがある人物は、カノと言ってこの街にある魔術師教会に所属している。普段は長の補佐官、秘書的な感じで書類の整理やらで事務の仕事をやっているそうなのだがたまに俺の所まで来て仕事を持ってくる事もある。俺からしたらお手伝いさん(笑)に見えるが結構仕事はハードだったりするらしく就任しては辞める人が多い。

-仕事が大変というのは勿論有るのだが辞める理由の一つにあの目付きが怖い人と話せないしそんな人が女性に人気とか妬ましいとか、割りと私情から辞める人が多い事を未だにそしてこれからも知り得ないノトがいる。-

   その中でもカノは二番目に長く続いているらしく俺が内心賞賛している。一切口に出していないが。何でも交代の理由が数年前になるが、割りと歳を召してきて此処まで来るのが大変になったし隠居したいとか堂々と宣言したらしく複数の人が交代するのを経て今カノが勤めている。まあ最初に此処に来たときはカノは息が絶え絶えで元気な様子を見せているアンタがいるのに交代する必要性が有るのかと不安視したが今は文句を垂れつつもこうして此処に来るくらいだし大分体力もついた様だ。軽く冗談を言う位になってきて明らかに調子をこいてきてるのでをする必要性が有るかもしれない。

 と、閑話はこれ位にしてカノが来てくれた事でこの来客が帰ってくれる訳では無い。若干現実逃避気味になっているなあ。嫌な予感が段々と強くなってきているし早く追い返したいんだが。そうしないと俺が忌避している面倒事になりそうだ。此処はカノと一緒に帰って頂く様にすれば良いな!と名案を思い付いてその旨を本心を隠して話し始めようと思ったら俺よりも先にカノが口を開いてしまった。俺ではなく来客者に。そしてその発言によって俺の予感は最早避けられない所まで進んでいた。その事に目を逸らし始めた自分もいた。


「あれ? よく見たら貴女はユリナさんではないですか。確かファーリア魔術師長と一緒にいた大勢の人の中の一人ですよね。偶々名前を呼んでいるのが聞こえてきて。あ、話している内容までは流石に聞きませんでしたが。申し遅れました。僕は魔術師長の補佐官でカノと言います。魔術師長と一緒にいることが多いので知ってしまったのですが不快にさせてしまったらすみません。」

「あ、いえ、聞こえてしまったなら仕方無いので大丈夫です。そのファーリア、さん、という方に此処に行きなさいと言われまして。今朝方、急にお城から出る様に言われて何が何だか分からない内に此処に来たんですけど。」


 若干気落ちした様子で話す彼女、ユリナと呼ばれた来客者はどうやら理由が色々と有るらしいがそれよりも今”魔術師長ファーリア”と言ったか。

 何となくその人の役職と名前で察してしまった俺は表情を取り繕うのも忘れて頬を引きつらせていた。もう避けられない事案である事を否応なしに認識させられてしまった。


「あ、そういえば忘れていました。今ので思い出したんですけど………。」


 と、彼女はローブの下に持っていた小さなバッグから手紙を取り出して俺に差し出してきた。

 何となく察し始めた俺としては受け取りたく無かったが彼女は俺の顔を見て中々受け取らない事に首を傾げているしカノもじっと此方を眺めてきている。カノは完全に面白がって見ている気がするというか笑いを堪えている様にも見えるので後でしばく。と決意し今はそんな事を気にしている場合でも無い。此処まで来たら引き下がれないので渋々受け取り手紙の留め具を見ると魔術師長の証が有って増々現実味を帯びてきて思わず溜息を吐いて意を決して開けると一通だけ手紙が入っていて中に書かれた内容が簡素だったものの俺の頭を抱える面倒な事案だった。


『ノト様
  貴方の事なので単刀直入に申し上げます。
  ユリナを任せました、これで貸し借り無しにします。
  なので断るという選択肢は有りませんからね。
  よろしく頼みました。  ファーリア=エルシル 』


「は? まじかよ。」


 若干脅迫とも取れる様な手紙で有る事と嫌な予感が的中してしまい来客の前にも関わらず思わず素の声が出てしまった。




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