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第7章

交錯する世界1

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始まりはある者の言葉から。他の世界の視察に行ってこい。逆らえぬ立場にあるノトは差し出された資料の世界をさして中身を確認せずテキトーに取り、行く事にした。ついでに旅行しようと仕事をある程度片付けてユリナに声を掛けると喜んで準備していた。




そうして着いたその世界で私は第一声を上げる。


「ケモ耳いっぱいですー!」


私が無邪気に言ったその言葉に周囲にいた10人は苦笑いを浮かべている。苦笑が少し、微笑ましそうに見ているのが大半と言った方が適切かもしれない。別に獣人を見るのも初めてでは無いけれどやっぱりケモ耳は良い。そう思い思わずぐっと握り拳を作ってしまう。

ここはビーストという名前の街らしい。いかにもな名前の通り、獣人が多く住む街なのだそうだ。ルーセンユラと比べるとこの世界は差別意識が少なく、各地で獣人を見ることが出来ると聞いている。そんなうんちくを思い出してうんうんとひとりでに頷いていると今まで黙っていた横にいるノトさんが声を出す。


「何度も見てるだろうに。俺の街で。いや、今は俺のでは無いけど。」


と呆れるような声音で私に声を掛ける。ルギシニラは今やノトさんの手を離れ、ミリアちゃんに一括されているので確かにノトさんの、では無い。
周囲からは様々な会話がされているのが聞こえ、ザワザワとする雰囲気が楽しさを増長させていた。


「お腹が空きましたねー。オススメのお店聞いたので行きましょう。」


「あー、そうだな。」


何とも歯切れが悪い返しをするノトさんは気になっている方へ視線を向けている。私はなんの事か分かってしまったため、思わず溜息を吐いてしまう。そして、若干諭すような口調になりつつノトさんに声を掛ける。


「私にも分かってますけど異世界なんですから好奇の目の一つや二つくらいはありますし抑えてくださいね。」

「分かってるさ。別に誰が相手でも負ける気しねえし。」

「戦闘狂。」

「うるせえな、法に外れなきゃ問題ねえだろうが。」


そう思っている時点でかなり物騒で戦闘狂いに思えるのだが本人的には気に食わないようで全力で否定してくる。が、ノトさんは今まで見ていた屋台から離れ踵を返すと気になっていた所へ強引に歩いていく。私もついて行かざる負えないので一緒に目的地へと歩いていくと目が合った二人組がやや焦ったような表情を浮かべて何やら話している。少し聞き耳を立てて聞く。混雑していたものの発達された聴覚は寸分違わず音を拾ったことだろう。


「彼らの会話盗み聞きでもしてた?」

「してたけど何も能力は使ってない筈だ。どうしてバレたんだ?」

「それは、聞くだけでなく注視して居たからね。」

「それホント?」

「本当。」


人間の男性から指摘されて獣人の女性?が頭を抱えている。そんな彼らを私はじっと見つめる。

人間の男性は強い力を秘めている。凡そ人間らしい力では無さそう。私たちと同じ黒髪を持っている。外見だけを見たら普通という言葉がしっくりきそう。
獣人の女性?は女性に見えないようなイケメンだ。男性と言われても疑わない。けれど纏う雰囲気や仕草が男性に寄せている感じがしなくもない。何となくの勘。

段々と彼らに近付き、目の前で立ち止まる。


「すみません。私たちに何か御用がおありでしょうか?」


そう声を上げて質問すると困ったような表情を浮かべて事情を語る獣人の女性。


「あ、いえ。私は獣人故に耳が人よりも少し良いのですが獣耳が、と言っていたのが気になりまして。」

「おい、ユリナのせいじゃねえか。」

「えー、ノトさんだって物珍しそうに辺りをキョロキョロ見渡していたじゃないですか、田舎者だと思われてましたよ、きっと!」

「あ?俺だって望んでこんなことしたく無かったから少し気が紛れるように誘ってやったのに。」

「それそっちの都合じゃないですかっ!」


ぎゃーぎゃーといつも通りの子供と言われても仕方ない低レベルの喧嘩を始める。そんな私たちに彼らが絶句しているのも分からず人間の男性が咳払いをしてくれるまで続いた。ただただ、恥ずかしいところを見られたと思う。彼らも私たちに興味があったのか迷いながら声を掛けてくれる。


「良かったら食事しながらお話しませんか?」

「んー、どうしますか?」

「任せる。」

「それではお邪魔で無ければご一緒させてください。何分この街について詳しく知らないので。」


素直に彼らの言葉を受け入れ、目指していたこの街の1番のオススメのお店に入り昼食をとることになった。運ばれてくるまでの間に自己紹介を済まし、人間の男性はカツヤと名乗り、獣人の女性はマーリと名乗った。私たちが夫婦であることを言うと驚いたため苦笑いを浮かべて言葉を返す。


「意外って良く言われます。私はこの顔ですから幼く見えてしまうんですよ。それにノトさんの様相は他から見ると随分恐ろしく見えるようですし。」

「..........。」

「あ、素っ気ない感じは何時もですしあまり気になさらないで下さい。」


ニコニコと笑顔を浮かべマーリさん達を不安がらせないように配慮する。誰から見てもノトさんは凶悪に見えるそう。そんなノトさんは本当に些細なことであると割り切って気にしてないので気遣ってか声を上げる。


「なあ、今度は俺からあんたらに聞きたいんだが。」


ただ肘をついて態度を悪そうにしていたのでマーリさんたちからしたら不機嫌に見えただろう。申し訳ない気持ちをいっぱいにしながらもノトさんの相手の返事を律儀に待つ感じはルーセンユラの傍若無人からは考えられない思慮深さと思い、黙っていた。まあ、マーリさんたちがどう感じるかは分からないけれど。


「私たちで答えられる事でしたら。」


そうマーリサンガ言うと間髪入れずノトさんは質問というか確信を持った言い方で言葉を続ける。


「あんたら転生者だろ?」

「「!?」」


いきなり核心をついたらそういう反応をするだろう。彼の言葉にマーリさんもカツヤさんも明らかに動揺を露わにした。その様子を見て納得したような表情を浮かべるノトさんは一言。私は呆れて言葉を返す。


「やっぱりか。」

「ノトさん力使いましたね?」


ノトさんが息をついたのを見てジト目で見つめる。否定しなかったところを見ると使用したのだろう。


「力?何の事ですか?」

「もしかしてですけど異世界がどうとか関係ありますか?」

「異世界!?」


私たちの会話が聞こえていたマーリさんはこれまでの情報から答えを導き出す。カツヤさんは分からなかったみたいでマーリさんの言葉に驚き唖然としている。マーリさんはじっとノトさんの返答を待っていると、ノトさんが諦めたように溜息を吐き、頷く。


「俺はあんたらと同じ転生者。ユリナは転移者。ルーセンユラという世界にいた。元は地球の日本という国だ。」

「元住んでた場所は同じですね。」

「それじゃあ俺たちが転生者と知った力って?」


カツヤさんがノトさんをじっと見ながら聞くと悩んだ様子でいたノトさんだったがただ一言、らしい言葉を返す。


「黙秘する。」

「あ、そこはあまり聞かないで貰えると有難いです。」


ノトさんのまたも素っ気ない言葉にマーリさん達が気分を悪くしてしまうと思い、私はすぐ様取り繕う。

暫く何気ない会話していると注文した昼食が届き食べ始める。片腕しか無いノトさんはいつも通り魔法を駆使して面倒な動作を省いて食事をしている。その様子を驚きの表情で見ているマーリさんとカツヤさん。私にとっては見慣れた光景だったため気にしてなかったが他から見たらそうだった。と何かを私が言う前にノトさんが流暢に喋り出す。


「この世界にも科学では説明できない様な力があるだろう?どのようなものかは詳しくは知らないが魔法や魔術などと称されているだろう。それを日常生活に使用しているに過ぎない。使えるものは使わなくては宝の持ち腐れというものだろう?」

「確かにそうですね。」

「マーリさん。騙されないで下さい。この人面倒くさがってるだけです。本来であれば左腕1本でなんでもこなせますし。」


真顔で食べ物の方を見ながら喋る私はチラッと表情を伺うとマーリさんはキョトンとしている。


「何か今日はやけに突っかかるじゃないか。」

「気の所為ですよ。」


本当にいつも通りの事だ。



「それでこれからはどのように過ごすおつもりでしたか?」


マーリさんが聞くとノトさんは表情を変えず、私は悩む。


「何も考えてなかったんですよねー。取り敢えず来れたから来てみたという行き当たりばったりでしたから。」

「それでは案内しましょうか?ビーストでしたら私は詳しいと思いますし。カツヤはそれでいいか?」

「俺は構わないよ、マーリが決めた事なら。」

「折角お二人でお出かけしていたのに邪魔したみたいで申し訳無いですがお言葉に甘えさせて頂きます。あ、後私たちの方がマーリさんとカツヤさんよりも歳下でしょうから敬語は無しでお願いします。私は癖みたいなものなので難しいので要求されても困ってしまいますが。」

「ああ、俺も堅苦しいの面倒だしテキトーで良い。」


私は確認の意味でノトさんを見ると了承された。ふふっと笑い合いマーリさんとカツヤさんもこれ以降は砕けた感じで話してくれた。


「それじゃあ、よろしく頼むよ、ユリナ、ノト。」


私たちは特に滞在期間を決めておらず行き当たりばったりで来ていた。食べ物も寝る場所も必要なものは常に私自身のバッグかノトさんの収納に入っていたから。いざとなったら帰れるのでそれ程重大にことを構えずに楽観視していた。
マーリさん達とは、共に旅をしている仲間も紹介されたり、仲が良くなって色んな複雑な事情を腹を割って話したりした。





そうして2週間があっという間に過ぎ去った。


「急ですが帰ることにしました。」


彼らに私は突然そう告げた。


「まだ回ってない場所はあるが。」

「ええ、行きたいのは山々なんですがかなりの仕事が溜まってきたみたいで。事前にある程度急務の仕事は片付けて来たんですけど何せ世界の情勢が仕事に直接絡んできてますからあまり放っておくと不味いのです。」

「そうか。あまり引き留めるのも悪いな。」

「ごめんなさい、マーリさん。」

「気にするな。カツヤ含めて私たちは気にしないさ。それにこれきりということもないだろう?」


ニヤリとした表情を浮かべるマーリさんは私を気遣ってくれたのかもしれない。心配させないよう笑顔を浮かべる。


「勿論です。楽しかったですし、まだまだ回り足りないですから。まだこの世界の他の街も訪れたいですし。その時はまたお願いします。」


マーリさんと話しているのを黙って聞いていたカツヤさんとノトさん。ふと何かを思い出したのかノトさんは言葉を発する。


「あんたらが持ってる、首に提げてる指輪は何で付けないんだ?」

「見せたことあったっけか!?」

「無いが。」

「ノトは本当になんでもありだね。付けないんじゃなくて付けられないんだ。元々魔力が少し上がる力が付いているせいか他の魔法の重ねがけも出来ないから効力だけ得ながらお揃いを持っているという訳だ。」


カツヤさんが簡潔に説明してくれると何かを考えてた後、ノトさんはそれを見せてくれと言った。不思議そうな表情をマーリさんもカツヤさんも浮かべながらも指輪が見えるようにノトさんに見せる。ノトさんは暫く凝視したあと左腕を掲げ指輪を見つけたまま何かをしていた。


「.......付けてみるといい。」

「「?」」

「やればわかる。」


言われるがまま2人は指輪を首から下ろし指に嵌めるとすんなりと入っていった。


「な、何で!?」

「自動調節機能を付与した。それでどの指にもピッタリと嵌る筈だ。付ける付けないは任せるけどな。」

「ノトさんツンデレ。」

「うるせえな。」


素直にお礼を言えないノトさんなりの彼らのお礼だろうと思いマーリさんに耳打ちする。その耳打ちから離れてニコッと笑うとノトさんに声をかけられる。


「ユリナ、そろそろ行くぞ。」

「はーい。ではまた会いましょう。田久勝弥さん、柚切真理さん。」


私はわざと怪しい笑みを浮かべて言い終わるとノトさんと共に元いた世界へと帰っていく。



「ユリナ、多分俺より恐怖の目で今頃見られてるだろうよ。」

「酷いですね!ちょっとしたサプライズというか驚愕のプレゼントだったんですけど。」

「そうか。で、楽しかったか?」

「ええ、また行きたいですね。あの人たちにもまた会いたいです。」

「今度はちゃんとした休暇を取って行くとしようか。あいつらに恐れられてないと言いな。」


面白がるような表情と声音で言うノトさんに私は否定する。


「喜んで迎え入れてくれると思いますよっ!..............多分。」


そう、否定した。自信なさげに。




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