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3章 ルダマン帝国編
第337話 予期せぬ急襲
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「く……クソッ! 何が起きてるん――」
何とか矢から急所を守った者が、木にもたれながら苦悶の声と共に悪態を吐く。
しかし、その言葉が終わるよりも早く、彼の額を鋭い矢が正確に射抜いた。
命の灯火が瞬く間に消え、ずるりと体が崩れ落ちる。
十数秒に渡って降り注いだ矢の雨がぴたりと止むと、辺りには沈黙と死の気配だけが残された。
地に伏すのは、すべてスティルド王国の追手たち。
捕らえられていた静華たちの方には、一矢たりともかすっていなかった。
「クソッたれが!」
怒声が森の奥深くへと響き渡る。
その声の主、黒ずくめの男が血走った目で辺りを睨めつける。
無理もない。
生き残って立っているのは、彼一人だったのだから。
「どこから狙っていやがる!?」
叫んでも返答はない。
木々の間を風が抜ける音すら、今は不気味に感じられた。
黒ずくめの男は再び矢が飛んでくることを警戒してか、動けないでいた。
その瞬間――
「無暗に森へ侵入した報いだ」
ぬるりと背後に現れたエルフが、男の首筋をかすめるようにナイフで切り裂いた。
男の首筋に一線の血が流れる。
「この……ッ!?」
反射的に剣を抜き反撃に転じようとするも、男の足元がぐらつき、次の瞬間には膝を地に突いていた。
「これはお前のナイフだ」
「なんだと……!?」
男は腰に手を伸ばすが、鞘は空っぽだった。
気づけば、奪われた自分のナイフがエルフの手の中にある。
その刃には、ほのかに紫がかった光沢――痺れ毒の兆しが浮かんでいた。
じわじわと体が重くなり、力が抜けていく感覚が男を襲う。
呼吸が浅くなり、指先も震える。
「くっ……くそ……が……」
痺れ毒が体に回ったのか、黒ずくめの男はゆっくりと地面に倒れる。
動けなくなったその姿からは、もはや先ほどの威圧感は消え失せていた。
痺れ毒が塗られたナイフを持つエルフは地面に転がった黒ずくめの男への興味を失ったのか、視線を変える。
その視線が止まったのは、倒れているクリューカだった。
歩み寄ったエルフの男は、皮肉を放つ
「昔のあんたならこんなことにはなってなかっただろ。人間ごときに捕まるなんて外に出て弱くなったな」
「そう見えるならそうなのかもしれないな。そんなことより、こんお縄と腕を外してもらえないか?」
クリューカは煽りにも動じず、落ち着き払って答える。
その様子に、エルフの男は肩をすくめ、やれやれとため息交じりに応じる。
手にしたナイフで縄を断ち、魔力封じの腕輪も無造作に砕いた。
「さっさと里に戻るぞ」
クリューカを解放してその場を離れようとするエルフの男。
クリューカはそれを見過ごせず――、
「彼女たちを置いていくことはできない」
「はあ? そいつらは人間だぞ。里じゃ歓迎されねぇよ。見捨てて当然だ」
呆れたように言い捨て、エルフの男は背を向けかけた――が、
「生意気な口を利くようになったな」
静かに、だが確かな怒気を込めたクリューカの声に、エルフの男が足を止める。
背筋がわずかに震えているのを隠しきれない。
「昔とは違う。凄んでも無駄だ。見限れ!」
動揺が見えたことでクリューカの気が晴れたのか声から怒気が収まり、落ち着きを取り戻す。
「それは長が決めることだ。アルデル、お前が決めることじゃない」
視線がぶつかり合う。
一拍、二拍。
互いに言葉を挟まず睨み合った末、アルデルが先に視線を逸らす。
そして、深々と息を吐き――
「わかった。だが、長が決めたことには従えよ」
「当然だ」
端的な返答を残し、クリューカは未だ麻痺が残る足を引きずるようにして静華たちに近づく。
縄を解き、魔力阻害の腕具を一つひとつ外していく。
自由になった者から、また他の者を助けていく。
体はまだ完全ではないが、新手が来られても困る。
若干の麻痺が残る状態で解放していった。
「ありがとう」
クリューカに解放された静華は礼を言うが――、
「礼を言うのはまだ早い。エルフの里を治める長との交渉が残っているから」
クリューカの言葉に、静華は表情を引き締めてうなずく。
「そうね」
彼を助けたエルフたちは、すでにその場から離れていた。
余計な関わりを避けたいのだろう。
人間に対する警戒心は、彼らの根底に深く刻まれているようだ。
「この者はどうしますか?」
アンジュが静かに問いかけながら、地面に倒れた男の動きを封じる。
麻痺毒の効果が長くは続かないことを、彼女たちは身をもって知っていた。
わずかに震える男の指先や、焦点を失いかけた視線もすぐに回復し始めるだろう。
体から毒が抜けきる前に処理しなければ、危険が再燃する。
警戒心を高めている中、エリザが静かに歩み寄る。
瞳には冷たい光が宿り、その声は淡々としていながらも、鋭さを含んでいた。
「彼には聞きたいことがあるわ。アンジュ、大き目の木に縛り上げてちょうだい」
「はい。承知しました」
アンジュは即座に頷き、無駄な動きなく男の体を引きずり、近くの太い木の根元に縛りつける。
その手際には、一切の情けもためらいもなかった。
何とか矢から急所を守った者が、木にもたれながら苦悶の声と共に悪態を吐く。
しかし、その言葉が終わるよりも早く、彼の額を鋭い矢が正確に射抜いた。
命の灯火が瞬く間に消え、ずるりと体が崩れ落ちる。
十数秒に渡って降り注いだ矢の雨がぴたりと止むと、辺りには沈黙と死の気配だけが残された。
地に伏すのは、すべてスティルド王国の追手たち。
捕らえられていた静華たちの方には、一矢たりともかすっていなかった。
「クソッたれが!」
怒声が森の奥深くへと響き渡る。
その声の主、黒ずくめの男が血走った目で辺りを睨めつける。
無理もない。
生き残って立っているのは、彼一人だったのだから。
「どこから狙っていやがる!?」
叫んでも返答はない。
木々の間を風が抜ける音すら、今は不気味に感じられた。
黒ずくめの男は再び矢が飛んでくることを警戒してか、動けないでいた。
その瞬間――
「無暗に森へ侵入した報いだ」
ぬるりと背後に現れたエルフが、男の首筋をかすめるようにナイフで切り裂いた。
男の首筋に一線の血が流れる。
「この……ッ!?」
反射的に剣を抜き反撃に転じようとするも、男の足元がぐらつき、次の瞬間には膝を地に突いていた。
「これはお前のナイフだ」
「なんだと……!?」
男は腰に手を伸ばすが、鞘は空っぽだった。
気づけば、奪われた自分のナイフがエルフの手の中にある。
その刃には、ほのかに紫がかった光沢――痺れ毒の兆しが浮かんでいた。
じわじわと体が重くなり、力が抜けていく感覚が男を襲う。
呼吸が浅くなり、指先も震える。
「くっ……くそ……が……」
痺れ毒が体に回ったのか、黒ずくめの男はゆっくりと地面に倒れる。
動けなくなったその姿からは、もはや先ほどの威圧感は消え失せていた。
痺れ毒が塗られたナイフを持つエルフは地面に転がった黒ずくめの男への興味を失ったのか、視線を変える。
その視線が止まったのは、倒れているクリューカだった。
歩み寄ったエルフの男は、皮肉を放つ
「昔のあんたならこんなことにはなってなかっただろ。人間ごときに捕まるなんて外に出て弱くなったな」
「そう見えるならそうなのかもしれないな。そんなことより、こんお縄と腕を外してもらえないか?」
クリューカは煽りにも動じず、落ち着き払って答える。
その様子に、エルフの男は肩をすくめ、やれやれとため息交じりに応じる。
手にしたナイフで縄を断ち、魔力封じの腕輪も無造作に砕いた。
「さっさと里に戻るぞ」
クリューカを解放してその場を離れようとするエルフの男。
クリューカはそれを見過ごせず――、
「彼女たちを置いていくことはできない」
「はあ? そいつらは人間だぞ。里じゃ歓迎されねぇよ。見捨てて当然だ」
呆れたように言い捨て、エルフの男は背を向けかけた――が、
「生意気な口を利くようになったな」
静かに、だが確かな怒気を込めたクリューカの声に、エルフの男が足を止める。
背筋がわずかに震えているのを隠しきれない。
「昔とは違う。凄んでも無駄だ。見限れ!」
動揺が見えたことでクリューカの気が晴れたのか声から怒気が収まり、落ち着きを取り戻す。
「それは長が決めることだ。アルデル、お前が決めることじゃない」
視線がぶつかり合う。
一拍、二拍。
互いに言葉を挟まず睨み合った末、アルデルが先に視線を逸らす。
そして、深々と息を吐き――
「わかった。だが、長が決めたことには従えよ」
「当然だ」
端的な返答を残し、クリューカは未だ麻痺が残る足を引きずるようにして静華たちに近づく。
縄を解き、魔力阻害の腕具を一つひとつ外していく。
自由になった者から、また他の者を助けていく。
体はまだ完全ではないが、新手が来られても困る。
若干の麻痺が残る状態で解放していった。
「ありがとう」
クリューカに解放された静華は礼を言うが――、
「礼を言うのはまだ早い。エルフの里を治める長との交渉が残っているから」
クリューカの言葉に、静華は表情を引き締めてうなずく。
「そうね」
彼を助けたエルフたちは、すでにその場から離れていた。
余計な関わりを避けたいのだろう。
人間に対する警戒心は、彼らの根底に深く刻まれているようだ。
「この者はどうしますか?」
アンジュが静かに問いかけながら、地面に倒れた男の動きを封じる。
麻痺毒の効果が長くは続かないことを、彼女たちは身をもって知っていた。
わずかに震える男の指先や、焦点を失いかけた視線もすぐに回復し始めるだろう。
体から毒が抜けきる前に処理しなければ、危険が再燃する。
警戒心を高めている中、エリザが静かに歩み寄る。
瞳には冷たい光が宿り、その声は淡々としていながらも、鋭さを含んでいた。
「彼には聞きたいことがあるわ。アンジュ、大き目の木に縛り上げてちょうだい」
「はい。承知しました」
アンジュは即座に頷き、無駄な動きなく男の体を引きずり、近くの太い木の根元に縛りつける。
その手際には、一切の情けもためらいもなかった。
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