ポテトバサー

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 僕が見たのは幻だったのだろうか。いや、確かにこの目で見た。だが幻というものも、この目で見るものなのかもしれない……



 今から100年前、地球にあることが起きた。まさかの宇宙人襲来である。ただ、まさかと思ったのは当時の地球人だけだろう。僕が生まれたときには当たり前のことで、その環境での生活が普通なのだ。

『現宇宙憲章・現宇宙連加盟惑星』

 地球は『水の惑星』という肩書の前にそれをつけることになった。それからというもの、地球では様々なものが変化していった。特に変わった事といえば職業だ。

「おーい、タモタモ! これで全部か?」

 タモタモとは僕のことである。

「はーい! それで全部です!」

 僕は指定期間中に運ばなければならない荷物を宇宙船へと積み込んだ。様々な地球外生命体による技術提供により、宇宙への行き来が簡単なものとなった。昔は多くの知恵、労働力、資金をかけなければいけなかったが、今となっては動力炉を始動させればいいだけだ。

「よし、それでは出航する。各自、チェックを怠るなよ」

 ほどなく全長四百メートルを超す宇宙配送船は地球を飛び立った。ワープシステムが標準装備されているとはいえ長旅になる。瞬間休眠に頼らざるをえない。
 しかしながら何故、ワープシステムで配送品そのものを送らないのか。僕は常々疑問に思い、それこそ配達先の様々な星の住人に質問をしてみた。だが皆は決まってこう返す。平和の為なのだと。
 規定エリアのワープを繰り返し、流星群や小惑星地帯をすり抜け、僕らは全配達行程の半分を完了した。

「ようやく半分を終えたな!」

「そうですね!」

 上司も同僚も、そして僕も上機嫌。あの物静かな艦長でさえ頬を緩ませてしまう。その訳は最後の配達先であるタウォタウォ星という惑星にあった。
 その言いづらい名前の星は、宇宙では珍しい地球と同じ『水の惑星』で、現宇宙でも指折りの、種族によっては触手折りの美しい星と評されていた。また、僕ら人間とほとんど変わらない哺乳類が栄えた星でもあり、ほとんどの住人が地球人好みの容姿をしているということだった。

「ムフフ……」

 艦長は自身三度目となるタウォタウォ星の配送に、心の声が口から溢れ出てしまっていた。僕を含め、他の乗組員たちも『ムフフ』と笑い、可笑しな一体感が船に蔓延し始めたその時だった。宇宙の船乗りが絶対に聞きたくない、『正常航法維持装置損傷警告音』が突如として船内に鳴り響いた。

「損傷箇所を直ちに修理! また原因を探し出し直ちに処理をしろ!」

 今度は艦長の真面目な声が船内に響き渡り、乗組員全員で迅速に調べた結果、ワープシステムの暴走が維持装置損傷の原因だった。ワープシステムが故障、暴走するのは天文学的な数字の確率で起こらないとされていた。だがそれはあくまで、確率は低いということを言っているだけに過ぎない。それに宇宙にいるのだ、天文学的数字が仇となっているのではないだろうか。

「全員、船尾にある脱出船に乗り込め! このままでは、エネルギーが尽きるまで、どこまでもワープを続けてしまう!」

 僕たちは全身全霊で急いだ。ワープシステムを開発できる科学力があっても、宇宙はいまだに判明していないことが多い。宇宙の広さも完全に測定されていない。それゆえの現宇宙という呼び名。現宇宙の外へ飛び出すことは、死を意味する。

「全員乗り込んだか?」

 艦長は脱出船の入り口に立ったまま僕たちに聞いた。

「はい! 全員乗り込みました!」

「そうか…… それでは出発しろ。私はこの船を止めなければいけない義務がある……」

 誰も艦長を止めなかった。艦長命令は絶対だからだ。もちろん、心の中では一緒に脱出したい気持ちでいっぱいだ。だが艦長は義務を果たさなければならない。義務を果たせる者しか艦長にはなれないのである。たとえ配送船の艦長であろうとも、義務を果たすことは誇りそのもの。私は心の底から誇りというやつを恨んだ。
 かくして脱出船の扉は閉ざされた。僕らは艦長の分まで生きなければならない。急ぎ脱出船を起動させた。が、ここで問題が起きた。脱出船の型が古く、今いる乗組員では上手く操作が出来ないのである。こんな事が現実に起きるとは思ってもみなかった。

「くそ! これでもない!」

「そっちはどうだ!」

 焦りと緊張の汗で濡れる声が飛び交う中、ようやく母船上部が開き、脱出船は少しずつ上昇していった。だが、またしても問題が起きた。脱出船の安全装置が解除できないのだ。解除が出来なければ脱出船は母船とつながったままなのである。

「これか? いや、これか!」

 僕の同僚がある機器に触れたときだった。コクピット部分の壁が透明になり、ガラス張りのようになった。肉眼で星を確認するときに使用する機能だった。僕たちはある意味、宇宙に放り出された。

「いったいどれなんだ!」

 そう言った僕は、母船の船首のほうへと視線をやった。母船の先端部分は紫色と緑色のオーラに包まれ、未だワープを続け、形容しがたいスピードで進んでいく。その光景に僕が視線を外せずにいる時だった。
 ものすごい衝撃が二つの船を、僕らを襲った。前進を衝撃で痛めながらも、僕は再び船首のほうへと視線をやった。その時はすでに、すべての光景がスローモーションになっていた。

「なっ……」

 僕にはそれしか言えなかった。母船の先端部分が爆発をしながら宇宙の中にめり込み、宇宙は割れたガラスのように飛び散っていった。飛び散っていく宇宙の欠片。似たような光景を以前見たことがある。
 僕の町にあった巨大な広告ディスプレイ。嘘と偽善を映し出していた巨大な広告ディスプレイ。業者の手抜き工事が原因で落下し粉々になった。今、目の前にある宇宙はその時のディスプレイ同様に粉々になっていく。

「そんな……」

 母船はスピードを緩めることなくその現宇宙ディスプレイを突き破っていく。だがその時点で母船の前半分は爆発と衝突とで無くなっていた。

「………………………」

 言葉なんて出るわけがなかった。母船と脱出船は現宇宙を完全に突き抜けた。そしてその先には見慣れた世界が広がっていた。
 子供部屋である。どこにでもあるような、ドラマや映画でよく見るような、僕らが過ごしてきたような子供部屋が広がっていた。
 僕は気配に気が付き、透明になった床に目をやった。二人の巨大な子供がゆっくりと笑っていた。手をたたき、僕らを指をさして笑っている。僕は振り返りながら思った。

 僕が見たのは幻だったのだろうか。いや、確かにこの目で見た。だが幻というものも、この目で見るものなのかもしれない。

 それを確かめるために振り返ったのだが、間に合わなかった。母船の爆発に巻き込まれ、僕らと脱出船は宇宙の彼方に消えていった。
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