3 / 14
第3話 二人の名前
佐藤優斗は、妻の絵里と三歳の息子の大地、一歳の娘の美桜と会社の社宅で暮らしている。
優斗は、小さな建設会社の課長をしていた。仕事はあまり忙しくないため、たまに残業するくらいだった。
水野奈々と吉田美咲には、医大生と言っているが嘘であった。
優斗は、嘘をつくことに敷居が低く、波風立てない、自分の欲求に忠実なタイプであった。
何より、悪気を持っていなかった。
本人の中では、それは《誰も傷つけないための調整》だった。
面倒を避けるための、ただの処世術だと思っている。
子供が寝静まった後、洗濯物を畳みながら、絵里が優斗に訊ねた。
「この前の日曜日、高橋さんの奥さんがあなたのこと見たって言うのよ」
「日曜日は突発の仕事だって言っただろ」
「駅前のホテルから女の人と一緒に出てきたって。他人の空似ならいいけど……」
「仕事なんだからあり得ないだろ」
優斗は少し声を荒げた。
「ならスマホ見せてよ」
「仕事の機密情報が入ってるからダメだよ」
「あ、そう……」
優斗は絵里のところに行き、洗濯物を一緒に畳む。
「気になるのはわかるけど、やましいことなんて何もないからさ」
「そんな話聞いて、もしかして……って思って嫉妬しちゃった? 意外と可愛いな。お前」
優斗は優しく絵里にキスすると、押し倒した。
◇
深夜。
優斗と絵里は同じベッドで寝ていた。
絵里はベッドから起き出して、優斗のスマホを探した。
優斗の枕元、絵里の反対側にそれはあった。
そっと手に取った。
絵里は息を止めて指紋認証を優斗の人差し指に当てる。
(お願いだから、起きないで――)
なかなか反応せず、額に汗が滲んできた。
「う……ん」
いびきが止まる。と同時に、絵里は手を離して止める。
(お願い――寝て)
優斗のいびきが聞こえてくると、また再開した。
やっとロックが解除された。
ラインのログを漁ろうとしたが、綺麗に削除されていた。
ラインの友だち一覧を開く。
見慣れない女の名前は見当たらない。
——非表示にしている?
設定画面を開き、非表示リストを確認する。
《みさ》《なな》があった。
その名前を自分のスマホにメモした。
電話帳を探したがそれらしい名前は見つからなかった。
ふと、いい案が浮かんだ。自分の指紋も認証登録することにした。しかし、PINコードがわからない。
優斗のいびきがまた途切れた。胸の鼓動が速くなる。
(……起きた?)
絵里は焦って優斗を見ると、寝返りしただけだった。
ホッと息をついていると、ふと昔のことを思い出した。
スマホを買った頃、一緒にPINコードを設定していたことがあった。
(いつもと同じコード使ってるのかしら……?)
確かあの時は、私の誕生日だ。
……ハズレ。
大地の誕生日は?
……ハズレ。
美桜の誕生日は? これで外すと、ロックがかかってしまう。
美桜の誕生日――ビンゴ。
自分の指紋を登録して、そっとスマホを元のところに置いた。
優斗の子供のような寝顔を見ると、頬をつねってやりたくなる衝動に駆られた。それから、子供の様子を確認してからベッドに戻り、息をついて横になった。
優斗は、小さな建設会社の課長をしていた。仕事はあまり忙しくないため、たまに残業するくらいだった。
水野奈々と吉田美咲には、医大生と言っているが嘘であった。
優斗は、嘘をつくことに敷居が低く、波風立てない、自分の欲求に忠実なタイプであった。
何より、悪気を持っていなかった。
本人の中では、それは《誰も傷つけないための調整》だった。
面倒を避けるための、ただの処世術だと思っている。
子供が寝静まった後、洗濯物を畳みながら、絵里が優斗に訊ねた。
「この前の日曜日、高橋さんの奥さんがあなたのこと見たって言うのよ」
「日曜日は突発の仕事だって言っただろ」
「駅前のホテルから女の人と一緒に出てきたって。他人の空似ならいいけど……」
「仕事なんだからあり得ないだろ」
優斗は少し声を荒げた。
「ならスマホ見せてよ」
「仕事の機密情報が入ってるからダメだよ」
「あ、そう……」
優斗は絵里のところに行き、洗濯物を一緒に畳む。
「気になるのはわかるけど、やましいことなんて何もないからさ」
「そんな話聞いて、もしかして……って思って嫉妬しちゃった? 意外と可愛いな。お前」
優斗は優しく絵里にキスすると、押し倒した。
◇
深夜。
優斗と絵里は同じベッドで寝ていた。
絵里はベッドから起き出して、優斗のスマホを探した。
優斗の枕元、絵里の反対側にそれはあった。
そっと手に取った。
絵里は息を止めて指紋認証を優斗の人差し指に当てる。
(お願いだから、起きないで――)
なかなか反応せず、額に汗が滲んできた。
「う……ん」
いびきが止まる。と同時に、絵里は手を離して止める。
(お願い――寝て)
優斗のいびきが聞こえてくると、また再開した。
やっとロックが解除された。
ラインのログを漁ろうとしたが、綺麗に削除されていた。
ラインの友だち一覧を開く。
見慣れない女の名前は見当たらない。
——非表示にしている?
設定画面を開き、非表示リストを確認する。
《みさ》《なな》があった。
その名前を自分のスマホにメモした。
電話帳を探したがそれらしい名前は見つからなかった。
ふと、いい案が浮かんだ。自分の指紋も認証登録することにした。しかし、PINコードがわからない。
優斗のいびきがまた途切れた。胸の鼓動が速くなる。
(……起きた?)
絵里は焦って優斗を見ると、寝返りしただけだった。
ホッと息をついていると、ふと昔のことを思い出した。
スマホを買った頃、一緒にPINコードを設定していたことがあった。
(いつもと同じコード使ってるのかしら……?)
確かあの時は、私の誕生日だ。
……ハズレ。
大地の誕生日は?
……ハズレ。
美桜の誕生日は? これで外すと、ロックがかかってしまう。
美桜の誕生日――ビンゴ。
自分の指紋を登録して、そっとスマホを元のところに置いた。
優斗の子供のような寝顔を見ると、頬をつねってやりたくなる衝動に駆られた。それから、子供の様子を確認してからベッドに戻り、息をついて横になった。
あなたにおすすめの小説
繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜
まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。
出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。
互いに意識しながらも、
数年間、距離を保ち続けた。
ただ見つめるだけの関係。
けれど――
ある夏の夜。
納涼会の帰り道。
僕が彼女の手を握った瞬間、
すべてが変わった。
これは恋でも、友情でもない。
けれど理性では止められない、
名前のない関係。
13年続いた秘密。
誓約書。
そして、5年の沈黙。
これは――
実際にあった「夜」の記録。
指輪を外す夜― 横浜・雨の馬車道で ―
La Mistral
恋愛
その恋は、
横浜の雨の日に始まった。
広告代理店に勤める水瀬亜矢(32)。
穏やかな結婚生活の中で、彼女は小さな孤独を抱えていた。
ある夜、
横浜駅で傘を差し出してくれた男。
高坂恒一(46)。
落ち着いた声、微かな香水、
そして彼の左手にも結婚指輪があった。
再会したのは
石畳の街 馬車道 の古い喫茶店。
触れてはいけない距離。
それでも、二人は何度も会ってしまう。
港町の夜景と海風の中で、
静かに始まる大人の恋。
それはきっと、
長く続くはずのない恋だった。
エブリスタにも連載中
もてる錯覚? 44歳主婦・好美の冒険
MisakiNonagase
恋愛
「もてている」という錯覚。その出口で、私は本当の恋を知った。
45歳の誕生日を前に、好美は自らを納得させるように複数の男たちと情事を重ねる。
高いヒールのロングブーツと、短すぎるスカート。それは、乾いた日常と無関心な夫への、ささやかな反逆だった。
主導権を握っているつもりだった。男たちを転がしているはずだった。
――実は、都合のいい女として扱われていることに薄々気づきながらも、彼女はあえてその事実に蓋をし続けてきた。そうしなければ、自分の輪郭を保てなかったから。
けれど、22歳の大学生・優希の真っ直ぐな瞳と、包み込むような「ため口」が、彼女の頑ななプライドと虚飾を溶かしていく。
保身を捨て、一人の女として彼を求めた時、好美が見つけた「本当の居場所」とは――。
巨乳のメイドは庭師に夢中
さねうずる
恋愛
ピンクブロンドの派手な髪と大きすぎる胸であらぬ誤解を受けることの多いピンクマリリン。メイドとして真面目に働いているつもりなのにいつもクビになってしまう。初恋もまだだった彼女がやっとの思いで雇ってもらえたお屋敷にいたのは、大きくて無口な庭師のエバンスさん。彼のことが気になる彼女は、、、、
密会~合コン相手はドS社長~
日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。
秘められた薫り
La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位
55位を獲得した作品です。
「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。
欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。
クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。
指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。
完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。
夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。
一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。
守るべき家庭と、抗えない本能。
二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。
欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。
先輩の溺愛にはウラがある
七瀬菜々
恋愛
憧れの先輩エリック・ド・モンフォールに絶賛片思い中のエチカ・ロアンは、先輩の卒業式の日に最後の告白をすると決めて眠りについたのだが……
翌朝、目が覚めたら――そこは五年後の世界だった!
困惑するエチカに告げられたのは、自分が憧れの先輩エリックと結婚しているという事実。
理解が追いつかない彼女をよそに、エリックはまるで夢のように甘く優しく溺愛してくる。
だが、彼の微笑みの奥には、言葉にできない違和感があってーー!?
思い出せない五年間。
変わってしまった環境。
そして、完璧すぎる先輩の愛情。
幸せなはずなのに、胸の奥に小さなざわめきが残り続けーーやがてエチカは、先輩の優しさの裏に隠された“真実”へと近づいていく。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。