水底に華の燭を~祟りの龍神と生贄の若君~

相原罫

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二十一『再会』①

「龍神様の社で祭があるんだが、行ってみないか?」

 すっかり顔馴染みとなった集落の男――名前を良郎よしろうという――に誘われ、いつもより川下の里に出向いたのは、雨月うづきから結界を越える力を貰ってから、ひと月と少しが過ぎた頃だった。

 夏も盛りの頃。
 木の葉が地面に落とす影は色濃く、蝉の声が四方八方から聞こえる山道を行く。

 あの嵐の日の一件から、清高は「時折どこからともなくふらりと現れて、集落の人々と一言二言かわし、またふらりと去って行く」という怪しいことこの上ない行動を繰り返していた。
 奥まった地域で閉鎖的に暮らす民は、得てしてよそ者に対する警戒心が強いものだが、「おみなを助けた英雄」の威光がまだ保たれているのか、元来持ち合わせている物怖じしない性格の甲斐あってか、今のところ、清高は人々から好意的に接してもらえている。
 今日もこうして「龍神様に興味があるなら」と、良郎の方から誘ってくれたのだ。

 龍神様の社とやらがあるというのは、山奥にしてはなかなかの規模と賑わいを見せる里だった。
 聞けば、近隣の他の集落からも人が集まる祭だそうで、人々の交流の場としても愛されている行事なのだそうだ。

「随分活気があるな」
 人々が活き活きと笑い合う様子に清高が感心していると、良郎が不思議そうに言う。
「祭ってのは盛り上がるものだろ? 月夜野つきよのでは違うのか?」
「月夜野でも夏の祭はそれなりに賑やかだけど……春秋の龍神に関連する儀式は、もっと厳かな感じだな」

 月夜野で龍神をまつる行事が行われるのは、雪解けと野分のわきの、どちらも瑞千川みずちがわの水嵩が増し、荒れる季節だ。
 「どうか川を氾濫させないでください」と祈りを、時には生贄を捧げるそれを、祭と呼んでいいのかは微妙なところだろう。
 少なくとも、こんな風に屈託なく笑えるものではない。

 通りの脇に台を並べ、ここぞとばかりに酒やちょっとした食べ物を売ろうとする商魂たくましい人々を見て、清高は柔らかい気持ちになる。
 土産に少し買って帰ろうか。
 これらも広い意味では龍神のために用意されたものだから、少しは彼の力になるかもしれない。

 思い浮かべるのは、水底で清高の帰りを待つ相手のこと。
(あいつも一緒に来られたら良かったのにな)
 一応、誘いはしたのだが、あたりまえのように断られた。
 結界の内に身を置くことで龍の力を押さえている彼にとって、水面の上に姿を現すことは危険な行為。
 余程のことがない限り、軽い好奇心でできることではないのだ。

 ――私のことは気にせず楽しんでくるといい。
 龍神の口ぶりは、まるで清高が単に遊びに行きたがっているだけ、と思っているかのようで。
 心外だ。
 その気がまったくないとは言わないけれども。
(それでも、少しおまえのためなんだからな!)
 人々から龍神への信仰心を集める絶好の機会だから、わざわざいつもより足を延ばしているのだ。
 それを、忘れないでほしい。

「とにかく、まずはお参りからだな」
 良郎の言葉に頷く。

 社に近づくにつれ人の数も増えていき、境内は大賑わいを見せていた。
 本殿、拝殿以外に、神楽殿まであり、しっかりとした鳥居がかまえてある。手水舎の水には花が浮かべられていて、普段から手入れが行き届いていることが思わされた。
「へぇ。こんな山里の割に、立派な社なんだな」
「龍神様をお祀りする社の中では、一番川上だからな」

 水の流れは上にいくほど清く、源に近いほど神にも近いと言われている。
 もっとも川上になるということは、そのまますなわち、もっとも神聖な社という扱いなのだろう。
(月夜野とは大違いだな)
 人気のない山中にひっそりと佇む『竜臥淵りゅうがふち』の祠を思い出し、そんなところでも真庭まにわと月夜野の違いを噛みしめる。

 毎日当人と顔を合わせているのに、何を今更、という感は拭えないが、形式に則り、拝殿の前で手を合わせる。
 礼を終えて次の人たちに場所を譲った後、
「さて、せっかく来たんだし、いろいろ回ろう。何が見たい?」
「うーん。そうだなぁ」
 良郎に聞かれ、考えていた清高は、

「……若様?」

 久しく耳にしていなかった呼称に、はっ、と顔を向けた。

 驚いた清高よりもっと衝撃を受けた様子で、雷に打たれたように硬直した男を、周囲の人々が迷惑顔で避けていく。
 他の山里の人々と比べ、見るからに一段格上の立派な身なりに、刀を下げた清高と同じ年頃の青年。
 たった今、頭に思い浮かべたばかりの『竜臥淵』で別れて以来の――二度と会うこともないと思っていた相手は――

「――藤生ふじう

「若、様。生きて……」

 感極まった彼はそれ以上の声が出ない様子で、見開いた目を潤ませる。
 が、清高は再会の感動以上に、湧き上がる疑念に体を震わせた。

 ――どうしておまえが真庭にいる?
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