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番外編
勇者の物思い
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*「いやだと言ったら、いやです。―2」の直後の話です。
「もういやあああ」
星の巫女アルテナが錯乱して建物の中に逃げ入ってしまう。
(……やってしまった)
アレス・ミューバッハは大きくため息をついた。彼女を傷つけるために来訪したわけではなかったのに。
『勇者様は、この結婚に反対してくださるのでは?』
そう問うてきたときの切実な目。巫女は本気で追い詰められているのだ。
「……」
もう一度ため息をついて、友人の元まで歩いて行く。
ヴァイス・フォーライクは敷地ぎりぎりの位置で、もどかしそうに足踏みをしている。
「何をしているんだヴァイス」
「気持ちだけでも巫女を追おうかと」
「阿呆か」
「お前こそ何をしにきたんだアレス? 何の役にも立ってなかった気がするが」
それはお前の方だ――と言いかけて、アレスは口を閉ざした。実際今日の自分に何の意味もなかったことに思い至ったからだ。
ヴァイスは「ううむ」ときつく眉間にしわを寄せた。
「今日は何が悪かったのだろうか。分かるか、アレス?」
「ああ。全部が悪かった」
ざくっと剣を振り下ろすように言ってやると、ヴァイスは再度「ううむ」とうなった。
放っておけば普通に容姿のいい若者だと言うのに、ヴァイスはむやみにおっさん臭い。
「ところで、今日の魔物狩りを断ったかと思えばお前はイノシシ狩りに行っていたのか」
「む? おお。イノシシ汁食うか?」
「朝食はもう済ませてしまったんだよ」
「そうか。西の山は厄介だったぞ。魔物だらけだ」
ヴァイスはあっけらかんとそんなことを言う。
しかしそんなに軽い内容ではない。アレスは真顔になり、「西の山もか……」とつぶやいた。
――彼らが魔王を倒してから一年。各地の魔物が再び活発化しつつある。
国の政治もかんばしくなく、隣国との関係がぎくしゃくしている。それらの状況が国民の不安を二重に煽っている。
アルテナの「救世主の誕生」の託宣は、そんなときにくだされたのだ。
(イノシシ狩りのついでに、魔物も狩ってきたわけだな)
アレスは内心で苦笑した。ヴァイスはそういうやつだ。
「こいつはどうするか」
ヴァイスは自分が担いだイノシシを見やった。「孤児院にでもやってくるか」
「自分で食わないのか」
「巫女にやることしか考えてなかったんでな。興がそがれた」
よし行くかとさくさく歩き出すヴァイス。アレスは何となくその後ろをついていく。
背の高さも体格もどっこいどっこいの二人だが、ヴァイスのほうが大柄に見えるだろう。何せヴァイスは常に威風堂々としている。何をどう考えたらこんなに自信満々でいられるのか、アレスにはまったく分からない。
二人は幼なじみだ。気づいたときから一緒にいるが……まったく分からない。
だから、ヴァイスにつきまとわれる巫女の気持ちも少しは分かる気がしている。だが……
(申し訳ない、巫女殿。俺はこの結婚に反対はできない)
ヴァイスの行為はたしかに唐突だ。巫女にしてみればヴァイスの気持ちが信じられるはずもないし、そもそも鬱陶しいことこの上ないだろう。
それでも。
早朝の風は心地よい。ヴァイスの担ぐイノシシを見ながら、「本当にイノシシ汁をヴァイスと巫女殿が一緒に食ったなら――」とアレスは考えた。
(そうしたら、少しは巫女殿の考えも動いたかもしれない)
興がそがれた。そう言ったあのとき、ヴァイスの腹の虫が鳴った。
けれど孤児院に向かう足に迷いはない。
そんな男だと、かの巫女が知ってくれたなら、あるいは……
(終わり)
「もういやあああ」
星の巫女アルテナが錯乱して建物の中に逃げ入ってしまう。
(……やってしまった)
アレス・ミューバッハは大きくため息をついた。彼女を傷つけるために来訪したわけではなかったのに。
『勇者様は、この結婚に反対してくださるのでは?』
そう問うてきたときの切実な目。巫女は本気で追い詰められているのだ。
「……」
もう一度ため息をついて、友人の元まで歩いて行く。
ヴァイス・フォーライクは敷地ぎりぎりの位置で、もどかしそうに足踏みをしている。
「何をしているんだヴァイス」
「気持ちだけでも巫女を追おうかと」
「阿呆か」
「お前こそ何をしにきたんだアレス? 何の役にも立ってなかった気がするが」
それはお前の方だ――と言いかけて、アレスは口を閉ざした。実際今日の自分に何の意味もなかったことに思い至ったからだ。
ヴァイスは「ううむ」ときつく眉間にしわを寄せた。
「今日は何が悪かったのだろうか。分かるか、アレス?」
「ああ。全部が悪かった」
ざくっと剣を振り下ろすように言ってやると、ヴァイスは再度「ううむ」とうなった。
放っておけば普通に容姿のいい若者だと言うのに、ヴァイスはむやみにおっさん臭い。
「ところで、今日の魔物狩りを断ったかと思えばお前はイノシシ狩りに行っていたのか」
「む? おお。イノシシ汁食うか?」
「朝食はもう済ませてしまったんだよ」
「そうか。西の山は厄介だったぞ。魔物だらけだ」
ヴァイスはあっけらかんとそんなことを言う。
しかしそんなに軽い内容ではない。アレスは真顔になり、「西の山もか……」とつぶやいた。
――彼らが魔王を倒してから一年。各地の魔物が再び活発化しつつある。
国の政治もかんばしくなく、隣国との関係がぎくしゃくしている。それらの状況が国民の不安を二重に煽っている。
アルテナの「救世主の誕生」の託宣は、そんなときにくだされたのだ。
(イノシシ狩りのついでに、魔物も狩ってきたわけだな)
アレスは内心で苦笑した。ヴァイスはそういうやつだ。
「こいつはどうするか」
ヴァイスは自分が担いだイノシシを見やった。「孤児院にでもやってくるか」
「自分で食わないのか」
「巫女にやることしか考えてなかったんでな。興がそがれた」
よし行くかとさくさく歩き出すヴァイス。アレスは何となくその後ろをついていく。
背の高さも体格もどっこいどっこいの二人だが、ヴァイスのほうが大柄に見えるだろう。何せヴァイスは常に威風堂々としている。何をどう考えたらこんなに自信満々でいられるのか、アレスにはまったく分からない。
二人は幼なじみだ。気づいたときから一緒にいるが……まったく分からない。
だから、ヴァイスにつきまとわれる巫女の気持ちも少しは分かる気がしている。だが……
(申し訳ない、巫女殿。俺はこの結婚に反対はできない)
ヴァイスの行為はたしかに唐突だ。巫女にしてみればヴァイスの気持ちが信じられるはずもないし、そもそも鬱陶しいことこの上ないだろう。
それでも。
早朝の風は心地よい。ヴァイスの担ぐイノシシを見ながら、「本当にイノシシ汁をヴァイスと巫女殿が一緒に食ったなら――」とアレスは考えた。
(そうしたら、少しは巫女殿の考えも動いたかもしれない)
興がそがれた。そう言ったあのとき、ヴァイスの腹の虫が鳴った。
けれど孤児院に向かう足に迷いはない。
そんな男だと、かの巫女が知ってくれたなら、あるいは……
(終わり)
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