託宣が下りました。

瑞原チヒロ

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本編

もう、迷いません。―6

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「あら、ミミたちの未来のお姉さんよ、リリ」
「本当、顔が違うけど間違いないわ、ミミ」
「……よく分かったねあんたたち」
 モラさんが呆れた声を出します。双子は再び「うふふ」と楽しげに笑いました。
「輪郭、口元、耳の形……そういったものは隠せない」
「第一平服が似合ってない。普段違う服装をしている証拠」
 彼女たちの後ろで――
 ベッドから、がばと跳ね起きた人物がいました。
「巫女! 本当に巫女なのか!?」
「ソラさん」
 わたくしは心をこめて騎士一家の末妹の名を呼びました。
 声だけは、もちろんわたくし自身です。双子の隙間からわたくしを見つめるソラさんの顔が、みるみる喜色に染まります。
「巫女……!」
 ソラさんはベッドから飛び降りようとしました。
 しかしそれを、双子が揃って引き留めました。
「だめよソラちゃん。お薬の時間」
「リリのお薬を飲んだら、安静にする時間」
「やだ! リリ姉の薬の実験体はやだ!」
「まあそれはリリに失礼よ。おかしなお薬を選んで飲ませているのはミミなのだから」
「まあミミ、さりげなくリリにも迷惑ね。リリはちゃんとソラちゃんの体を心配しているのに」
「わあリリごめんなさい。ミミはてっきり」
「てっきり何かしら? ミミ」
「うふふふ」
「うふふふ」
 ……そばで聞いていても、どっちがどっちの話をしているのかさっぱり分かりません。
 一人称が名前であることといい、この双子はわざとやっているのではないでしょうか。
「二人とも、やめなさい。薬は私が飲ませるから」
 モラさんがソラさんの体から、双子の手を引きはがしました。
 ソラさんは今にも泣き出しそうになっていました。見ていられず、わたくしはソラさんに駆け寄りました。
「ソラさん。お加減はどうですか?」
 手を差し伸べると、ソラさんはしがみつくようにしてその手を取り、
「平気! ミミ姉とリリ姉がいなければもっと元気!」
「わあソラちゃん、お姉ちゃんたちは傷ついたわ」
「そうよソラちゃん、傷つきすぎてミミが新しい毒薬を開発しそうよ」
 やだやだ恐いー! と当然の悲鳴をあげるソラさん。わたくしはソラさんを抱きしめて、双子からかばうような姿勢を取りました。
 モラさんがこほんと咳払いをして、
「ええと……紹介するよ。どっちかが姉のミミでどっちかが妹のリリ。ミミは毒薬、リリは薬を作るのを得意としてる――けどまあ、どっちがどっちかなんて覚えなくていいよ、無理だから」
 なんて投げやりな紹介でしょうか。うふふ、と双子は揃って笑いました。
「初めまして未来のお姉さん。変装楽しそうね」
「どうせなら男装したほうがよかったのではないかしら。ねえミミ?」
「だ、男装じゃなくても別人にはなれますから!」
 悔しまぎれにそんなことを言ってしまいました。やっぱり誰の目から見てもわたくしはそれが似合いそうなのでしょうか。
「怒らないで未来のお姉さん、でも変装は徹底的にやるほうが効果的よ」
「そうそう、愛すべきお馬鹿もといヴァイス兄なんて魔術で性別を変えてまで身を隠したのよ」
「あらリリ、あれは魔術の失敗であって意図した結果ではないわ」
「まあミミ、カイのその言い訳を信じているの? あれは絶対わざとだったわ」

 ……何だか、とんでもない話をしているような。

 わたくしの視線に気づいたのでしょうか、双子は一糸乱れぬ揃った動きでわたくしに顔を向け、
「どうしてヴァイス兄が変装なんかしたのかって? 王女様から完璧に隠れるため」
「魔術にも姿形すがたかたちを変えるものがある。それをカイに頼んだら、女性になっちゃった」
「騎士が……女性に……」
 わたくしは呆然とその単語を唇にのせました。あんまりな内容すぎて、言葉になっている気がしません。
「……けっこう美人だったよ。正直私たちの誰よりも」
 モラさんがぽつりとこぼしました。なぜでしょう、その一言が重い一撃となってわたくしの胸を痛打します。
「顔だけはいいのよヴァイス兄は。悪くないわよ、未来のお姉さん」
「いいのは顔だけなのよヴァイス兄は。他は目をつぶるのがいいわ、未来のお姉さん」
「き、騎士にもいいところはありますよ?」
 我ながらもっとマシなことは言えないものでしょうか。
 「まあ」と双子は嬉々として表情を輝かせ、
「思った通りよリリ、未来のお姉さんは本当に未来のお姉さんになってくれるわ」
「嬉しいミミ、これでふつうの人が我が家に染まっていくさまを観察できるわね」
「………」
 絶句するわたくしの隣で、モラさんが小さくつぶやきました。
「ほら……これでもうちに来る覚悟、ある?」
 ああ皆さん、わたくしはどう答えたらいいのでしょう。

 正しいお薬はモラさんが管理していました。
 わたくしがそれをソラさんに飲ませると、ソラさんはようやく安心したように寝入りました。モラさんいわく「怪我はもうほとんどないんだけど、眠れていないみたいで」とのこと。
「眠れない……? 何かあったのですか?」
「魔王が復活するだろ。兄貴がまた出て行くことになるから」
 お兄ちゃん子なんだよソラは、とモラさんは悲しげな声で言いました。
 わたくしはソラさんのすやすやとした寝顔を見下ろしました。お兄さんを大好きなのは、わたくしもよく知っています。
 騎士が出立してしまうことを、悲しんでいる人はここにもいるのです。
「でも出立は延びたわ、未来のお姉さんの妹さんのおかげで。王宮は今それどころじゃないもの」
「あらミミ、出立式なしで旅立つことだってありうるのよ。魔王討伐も最重要事項」
「どうするのかしらね、うふふ」
「どうなるのかしらね、うふふ」
 ……この双子姉妹は、軽快な声で無視できないことを言うから油断なりません。
「出立式なしで旅立つ……」
 そうなのです、その可能性も十分あるのです。それを思うと、気分が重く沈み込んでいきます。
 ラケシスのことが解決しないまま騎士が旅立つことになったとしたら――わたくしはいったいどうしたらいいのか。
 モラさんがじっとわたくしを見て、
「結婚はどうするの。兄貴が出て行く前にするの? それとも帰ってきてから?」
「それは――その」
「モラ姉追い詰めちゃかわいそうよ。未来のお姉さんは今人生の岐路なのよ」
「そうよいじめちゃかわいそう。ここで選択を誤ると人生もどん底」
 笑いながらそう言う双子のほうがよほどわたくしの精神を追い詰めてくれますが、それにしても。
 わたくしは振り切るように頭を振りました。
「……騎士の予定をちゃんと聞いてから考えます。わたくし一人で決めることではありませんから……」
 モラさんは小さく嘆息しました。
「……そうだよね。ごめん」
 私もちょっと動揺してる、と彼女は窓の外を見て、
「まさか兄貴に奥さんができる日が来るとは思わなかったからさ。現実味ないんだよね――兄貴はきっと一生独り身だと思ってたし」
 窓から見える木の枝から、鳥が一羽飛び立っていきます。
「――兄貴は魔王討伐から帰ってきても何も変わってなかった。だからこれからも変わらないんだと思ってた。兄貴も、我が家も、ずっとこのままだと思ってた」
 わたくしはモラさんの横顔を見つめました。
 ――騎士と結婚するのなら、それはこの姉妹にとっても大きな出来事。わたくしは彼女たちから大切なお兄さんを奪うことになる――
「なに感傷的になっているのモラ姉。あんな兄、ラッピングして送り出したいといつも言っているじゃない」
「そうそうタダでも貰い手なさそうだからどうしようって、いつも嘆いていたじゃない」
「うるさいミミリリ。それとこれとは話が別」
 わたくしは笑ってしまいました。ふだんの兄妹の様子が垣間見えるようで、何だか嬉しい。
 ソラさんの様子を見ると、変わらずすうすうと寝息を立てています。
 小さな部屋。けれど流れる空気が穏やかで、思ったより居心地がよくて。
 彼女たちとなら、家族になるのも悪くない――
「結婚するなら早くしてね未来のお姉さん。ミミ、早くヴァイス兄の子どもが見たいわ」
「子どもを作るなら早くしてね未来のお姉さん、リリ、ヴァイス兄がちゃんと子育てできるのか知りたいわ」

 ……悪くないはずです。たぶん、きっと。



 外に行きましょうよ――
 最初に言い出したのはミミさんだったのか、リリさんだったのか。
「お薬作る材料を買いに行きたいの。ソラちゃんのために」
「未来のお姉さん、一緒に行きましょうよ」
「わたくし……ですか?」
 困りました。騎士が迎えに来るまで、大人しく待っていようと思っていたのですが。
 しかし――肝心のソラさんは眠ってしまいましたし、ここは人の家ですし、やることがないのは事実です。
「行ってきたら」
 モラさんが腕を組み、改めてわたくしを上から下まで見ました。
「その姿だったらバレないよ。買い物くらい問題ないでしょ。ソラは私が見ているし」
「そうそう未来のお姉さん。未来の姉妹の親交を深めましょう」
「リリたちと一緒にいることで、町の人から不審な目で見られること請け合いよ」
「………………」

 考えてみましたが断る理由もなく、わたくしは双子と一緒に外出することになりました。
 双子は軽やかな足取りでわたくしの前を行きます。まるで羽が生えているかのよう。
 二人とも小柄ですし、顔立ちも白く可愛らしいですから、絵本に出てくる妖精にさえ見えます。
 ……口を開かなければ、ですが。
「ああいい天気。お薬調合日和」
「ああいい天気。人体実験日和」
「あ、危ない薬で人を実験台にしてはいけませんよ?」
 思わず注意すると、前を行く双子がくるんと振り向きました。
「すべての薬は実験から始まるのよ、お姉さん」
「すべての薬は犠牲から始まるのよ、お姉さん」
 ……それは心得ておりますが、この双子の口から出ると無性に否定したくなるのはなぜなのでしょう。
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