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一話
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「お休みをください!」
シャーロットは目の前の男に向かい、もう何度目になるかも分からない言葉を吐き出した。
王族特有の白銀の髪と紫の瞳を持つ美丈夫は、シャーロットの言葉に耳を貸すつもりなど毛頭ないようだ。
黙々と処理されていく書類と羽根ペンがたてる音だけが執務室を占領していた。
ダンハーフェン王国現国王陛下の弟であるこのにっくき男レオン・ダンハーフェン王弟殿下は、シャーロットより十歳年上の後見人だ。
文武両道で周囲からの信頼も厚く、端正な顔立ちで令嬢方からの人気も高い。
国王陛下との仲も良好で、臣下として十二分に仕えている。これ程までに非の打ち所がない男は滅多にいない。
最初は軽い気持ちだったと思う。
七歳で王城に連れて来られた日から、毎日休まずお勤めしてきた。
そろそろ休暇が欲しいかなぁとさり気なく呟いてみた所、レオン殿下に一笑に付され『今日の分だ』の一言と共に分厚い書類の束を渡されたのだ。
シャーロットはそれはもう憤慨した。憤慨に憤慨を重ね、憤慨の境地に辿り着いた時、負けられない戦いがここにあるのだと悟った。
事の始まりである。
休暇をもぎ取るまでは終われない、と事毎に打診して来たが、毎度煙に巻かれてしまう始末。
ならば勝手に出て行こうと躍起になって逃走の算段をすれば、レオン殿下直々に阻止されてしまう。
彼からしてみれば、シャーロットなど産毛に塗れた小猿同然、扱い易い存在なのだろう。
そんないたちごっこを一年も続け、シャーロットは十八歳になっていた。
「殿下、私ももういい歳です。夫とまでは言いませんが、せめて恋人の一人や二人作ってみたいんですよ!」
シャーロットだって乙女だ。
宮仕の乙女らとの会話は専ら殿方についてで、やれ騎士だ子息だと見目の良い者を上げてはキャッキャとはしゃいでいる。勿論流行り物の話題にも事欠かない。
それだけしか話題がない訳ではないが、良縁を望む乙女の前では些事でしかない。
「殿下、聞いていますか? ……寝てる?」
「はぁ……起きている。まさか君が休みたい理由がそんな理由だったとはな」
目を瞑ったまま反応がないから心配したのに、何処と無く嫌味が含まれていそうな返事をされた気がする。
不服を顔で表現してみれば、レオン殿下は片方の口角だけを上げてふっと笑った。
鼻で笑われたのだろうか。
「まあいい。君の気持ちは分かったが、そもそも結婚は許されているのか?」
「……え?」
「君は聖女だろう? 抱擁や接吻は? 夫婦になれば同衾するだろう……いいのか?」
二の句が継げなかった。
確かに大変不服ではあるが、一部の人からは聖女と呼ばれている。
シャーロットはただ単に人とは少し違う力を持って生まれて、それを活用出来る環境で生きてきただけ。
神から愛を囁かれたことなどないし、嫁いだつもりもない。
勿論、自分から聖女だと名乗った事など一度もない。
否定し続けているのに、十一年の間毎日顔を合わせ苦楽を共にしてきたと言える相手からもそう思われていたとは。
何故か昔から聖女と呼ばれる事が嫌で堪らなかった。
明確な理由として挙げることは何もない。
ただ、そう呼ばれる度に胸を鷲掴みにされた様な痛みと、込み上げてくる不快感があるだけ。
「……」
「いいのかと聞いているのだが?」
じっと見つめてくる鮮やかな紫色の瞳に気不味くなり慌てて視線を逸らす。
そんなにしっかり確認しなくてもいいのではと思うも、シャーロットが何かをやらかせば責任を問われるのはレオン殿下だ。
無闇に行動を起こされる前に確認する必要があったのだろうと思い直す。
ずっと壁を眺めている訳にはいかないので視線を戻すと、驚いた事にこちらを見ていたようで目が合った。
仕事を止めてまで相手をしてくれるのは珍しく、少しばかり嬉しく思った。
聖女扱いされた事を忘れた訳ではないけれど。
「いいんじゃないですか? 私聖女じゃありませんし」
「人々の怪我や病を癒し穢れや瘴気を浄化して、戦闘では結界を張り兵士を強化し魔物を弱体化する。聖女じゃなければなんなんだ」
「特異体質?」
「ほう……体質であると言うのなら遺伝するかもしれないな。試してみるか?」
レオン殿下は立ち上がるとシャーロットに近付き、緩く波打つ茶髪を一束手に取ると口付けた。
流れる様な動作に目を奪われる。
綺麗な人がやると絵になるものだと他人事のように思っていたが、自分が置かれた状況を理解するに連れて頭に血が上っていくのを感じた。
逃げようにも拘束されているかのように動けない。
「いいと言ったのは君だ……覚悟するように」
妖しい紫色に中てられ、平常心を失わない乙女はいるのだろうか。
シャーロットは為す術なく意識を手放した。
シャーロットは目の前の男に向かい、もう何度目になるかも分からない言葉を吐き出した。
王族特有の白銀の髪と紫の瞳を持つ美丈夫は、シャーロットの言葉に耳を貸すつもりなど毛頭ないようだ。
黙々と処理されていく書類と羽根ペンがたてる音だけが執務室を占領していた。
ダンハーフェン王国現国王陛下の弟であるこのにっくき男レオン・ダンハーフェン王弟殿下は、シャーロットより十歳年上の後見人だ。
文武両道で周囲からの信頼も厚く、端正な顔立ちで令嬢方からの人気も高い。
国王陛下との仲も良好で、臣下として十二分に仕えている。これ程までに非の打ち所がない男は滅多にいない。
最初は軽い気持ちだったと思う。
七歳で王城に連れて来られた日から、毎日休まずお勤めしてきた。
そろそろ休暇が欲しいかなぁとさり気なく呟いてみた所、レオン殿下に一笑に付され『今日の分だ』の一言と共に分厚い書類の束を渡されたのだ。
シャーロットはそれはもう憤慨した。憤慨に憤慨を重ね、憤慨の境地に辿り着いた時、負けられない戦いがここにあるのだと悟った。
事の始まりである。
休暇をもぎ取るまでは終われない、と事毎に打診して来たが、毎度煙に巻かれてしまう始末。
ならば勝手に出て行こうと躍起になって逃走の算段をすれば、レオン殿下直々に阻止されてしまう。
彼からしてみれば、シャーロットなど産毛に塗れた小猿同然、扱い易い存在なのだろう。
そんないたちごっこを一年も続け、シャーロットは十八歳になっていた。
「殿下、私ももういい歳です。夫とまでは言いませんが、せめて恋人の一人や二人作ってみたいんですよ!」
シャーロットだって乙女だ。
宮仕の乙女らとの会話は専ら殿方についてで、やれ騎士だ子息だと見目の良い者を上げてはキャッキャとはしゃいでいる。勿論流行り物の話題にも事欠かない。
それだけしか話題がない訳ではないが、良縁を望む乙女の前では些事でしかない。
「殿下、聞いていますか? ……寝てる?」
「はぁ……起きている。まさか君が休みたい理由がそんな理由だったとはな」
目を瞑ったまま反応がないから心配したのに、何処と無く嫌味が含まれていそうな返事をされた気がする。
不服を顔で表現してみれば、レオン殿下は片方の口角だけを上げてふっと笑った。
鼻で笑われたのだろうか。
「まあいい。君の気持ちは分かったが、そもそも結婚は許されているのか?」
「……え?」
「君は聖女だろう? 抱擁や接吻は? 夫婦になれば同衾するだろう……いいのか?」
二の句が継げなかった。
確かに大変不服ではあるが、一部の人からは聖女と呼ばれている。
シャーロットはただ単に人とは少し違う力を持って生まれて、それを活用出来る環境で生きてきただけ。
神から愛を囁かれたことなどないし、嫁いだつもりもない。
勿論、自分から聖女だと名乗った事など一度もない。
否定し続けているのに、十一年の間毎日顔を合わせ苦楽を共にしてきたと言える相手からもそう思われていたとは。
何故か昔から聖女と呼ばれる事が嫌で堪らなかった。
明確な理由として挙げることは何もない。
ただ、そう呼ばれる度に胸を鷲掴みにされた様な痛みと、込み上げてくる不快感があるだけ。
「……」
「いいのかと聞いているのだが?」
じっと見つめてくる鮮やかな紫色の瞳に気不味くなり慌てて視線を逸らす。
そんなにしっかり確認しなくてもいいのではと思うも、シャーロットが何かをやらかせば責任を問われるのはレオン殿下だ。
無闇に行動を起こされる前に確認する必要があったのだろうと思い直す。
ずっと壁を眺めている訳にはいかないので視線を戻すと、驚いた事にこちらを見ていたようで目が合った。
仕事を止めてまで相手をしてくれるのは珍しく、少しばかり嬉しく思った。
聖女扱いされた事を忘れた訳ではないけれど。
「いいんじゃないですか? 私聖女じゃありませんし」
「人々の怪我や病を癒し穢れや瘴気を浄化して、戦闘では結界を張り兵士を強化し魔物を弱体化する。聖女じゃなければなんなんだ」
「特異体質?」
「ほう……体質であると言うのなら遺伝するかもしれないな。試してみるか?」
レオン殿下は立ち上がるとシャーロットに近付き、緩く波打つ茶髪を一束手に取ると口付けた。
流れる様な動作に目を奪われる。
綺麗な人がやると絵になるものだと他人事のように思っていたが、自分が置かれた状況を理解するに連れて頭に血が上っていくのを感じた。
逃げようにも拘束されているかのように動けない。
「いいと言ったのは君だ……覚悟するように」
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シャーロットは為す術なく意識を手放した。
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