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『紫黄と雫』

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 帰路。

 御龍葬に於ける公属としての役目を程よくこなし、適当な理由をつけて抜け出した私は、会場の外で待っていたティヴ達と合流し、紫樹と黄樹を使徒教会へと連れていた。

 最初の日程を終えた御龍葬の会場から続く人の流れ。
 私達が歩く街路も、家路に着く家族連れや観光客らしき人の姿がチラホラ。

 そんな中で、私は隣を歩くティヴに小さな声で言う。

「ティヴ、私の腕が無くなった時は……世話頼むかもしれないから、その時は宜しくな」

「……──っ……?」

 妹は一瞬目を見開き、何かを言い返そうとしたようだが……思い直した様に息をついた。

「兄様の下の世話を焼くのは、もっと年を取ってからだと思ってた」

 緩やかな風に髪を遊ばれながら、俯いたティヴが独り言の様に呟く。

「思い直しちゃったか」
「思い直しちゃったな」

 何も、突然の心変わりと言う訳ではない。ティヴ達から離れ、ブレイドにちょっかいを出される中でも、しっかりと考えた。

 考えた結果──……やはり、あの二人を龍信教会から引き剥がす事しか助ける方法は無いと思うに至る。

 そして、それが出来うる機会は一ヶ月後の祭事。
 再び紫樹と黄樹との接触が叶う瞬間。

 その時に、何をどうしょうとまでは考えられていないけれど、機会を作れるなら手放してはいけない。だから、私は一先ず、あの人の言う『贄』の役目を買おうと思い至ったのだ。

 そうする事で、私は望みを叶えられずに流されるかもしれない。あの子らを助けられず、自分の体を欠損するだけに終わる道も十分にあり得る。


 ──それでも、私は紫樹と黄樹を……果ては、こんな地に落ちた龍を生かしたいと思ったのだ。


 ……きっとこれは、私自身、龍殺しを働く生の中で……不意に訪れた機会──救われたいと縋る我が儘なのかもしれないが。


 ……と、ジッと私を見ていたティヴが唐突に、


「──手、繋いで帰ろ!」


 有無を言わさぬ感じで、私の手を掴み取ってきた。


「……おいおい」
「照れちゃダメ。子供のころの延長だと思えばいいじゃん。大人になったら繋がないなんてナンセンスだって」


 照れてはいないんだって。
 ただ単に、動きに制限をかけると二人の龍を促しにくいってだけで……なんて言おうとしたが……。

 変に楽しそうに微笑む妹を見て、私は溜め息を溢すだけにとどまる。


「──次の曲がり角までだぞ」
「やだやだ、あたしは寮までこのまま行く所存」


 我が儘を聞けとでも言うかのように握り合った手を強く振られ、より周囲の目を集める状態に。これには流石に私も降参せざるを得ないわけで。
 ……これでは、本当に子供時分に戻ったみたいだ。

(寮までって……途中で使徒教会に寄るんだが)

 いくらなんでも、そこでははしたない真似はしないだろうが……どうだろうな。ティヴの楽しそうな顔を見る分には、この状態のまま使徒教会に突撃しそうでゾッとする。


「はぁ……。紫樹と黄樹の真似事みたいだな」
「あ、そうだね。手が空いてる時は、ずっと手を繋いでるもんね……あの二人」


 私達は揃って、前を歩く二つの小さな背中を眺める。
 一見、龍だとは思えない、よくある子供の後ろ姿。

 それについて私はそれ以上特に何も思わなかったが、隣の人が「アガルタ、あたし、紫樹、黄樹……パッと見、普通の家族みたいだね!」などと言い出してしまって……。
 私は何と返したら良いんだと、パニックになりかけた。

「お前な……」

 とりあえず、数呼吸置いた後に「さぶかるの浸り過ぎだ、お前は」と……呟いてみた後、そんな自分の言葉を塗りたくる様に話を戻す。


「──……ティヴは、どうする?」

「……ん?」


 所謂『普通』の時間に浸る事から引き離す質問だった。

 どうする──とは、勿論紫樹と黄樹の事。

 私は、龍を堕心龍にさせない為に動くと決めた。

 その決意を見せられて、お前はどうするのか。


 その様な問いかけに、ティヴは──。


「一ヶ月後は……──あたしが今推してる作家さんの新刊が出るから先行発売される国に行かないと初版特典を逃すってゆう、一生後悔モノの事情が」
「あぁ、優先順位にブレがなくて憧れてしまうなー」
「いやだって聞いてよ兄様、あたしがその作家さんの作品との邂逅がまた劇的でね? その日はあたし何となしに旅支度してたんだけど──」


 のびのびと生きてらして大変嬉しい限りで御座いますな。
 こんな感じで、私の妹が私の妹ムーヴをし始めたので、私は話を聞くフリをしつつ、遠くの空に目を移す。


 ……改めて思う。


 龍信家系に生まれ、物心つく前から龍を尊び、憧れ……偽物を憎み、紛い物を壊して呪いらしきモノを受けて父を失った幼少期。

 青年となってからは、地に落ち人を喰らう龍の成れの果てを殺める組織『龍撃のマルドク公国』に身を置いて、ずっと私は救われたいと願っていた。


 それは曲がりなりにも『龍』を殺した事?

 それとも、人が望む『龍』を下卑した事?

 では、これより堕心龍になるかもしれない二人の幼い龍を助ける事は、私に救いを与えてくれるのか?


 ──……わからないけど……それが、私の救いとなるのなら必ず成し遂げよう。成し遂げてみよう。……成し遂げてみれば、きっと何か掴めるモノがあるはず……。と、


「 ──そうね。救いになると良いわね 」


 龍の去った雲泥満ちる空から、あの人の声で……そう聞こえた気がした。


「…………フフ」


 あの呪具は燃やすだけでは足りなかったのだろう。
 落ちてきた雫がまだあれば、あの残骸に塗りたくっていただろうに残念だ──なんて事を思いながら、私は苦々しくも、鼻で笑っておいた。


「兄様聞いてる? その作家さんの凄いところはね、物語の構成も去る事なんだけど何よりヤババなのがぁ──」
「あぁもーはいはい、聞きましょう聞きましょう……」



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